勇者を討伐した魔王様は魔力を封じられた為に解雇される。

吉樹

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第3章 『エルフ国編②』

第6話 「魔王様、世界樹の正体を知る」

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「出たな、め」


 意外なことに、レインクレイの声は忌々しさに満ちていた。


「にゃはは~♪ 久しぶりに会ったっていうのに妖怪扱いとか。ヒドすぎ~」


 かつて魔王という立場だった以上、彼女たちは面識があったらしく。
 ネミルは愉し気に笑った後、顔を引きつらせているドーエンスに緩んでいる瞳を向ける。


「ドーエンス坊も、大きくなったね~」
「……ネミルさん。子供扱いはやめてください。俺はもう大人なんですから」
「にゃはは~♪ 自分を大人って言い張る内は、まだまだ子供だよ~ン」


 場の空気が、たった一瞬で壊れていた。
 私は頭が痛くなる思いに駆られ、こめかみを押さえる。


「……ネミル殿。貴女がいきなり現れたことについては、もはや何も言わないが。さっきの発言の真意は聞いておかなければならない」
「真意って?」
「世界樹『ガイア』が魔獣──いや、魔物と言ったことについてだ」
「ああ~そのことね。言った通りだけど?」
「いや、だから。なんでそんなことを、貴女が知っているのかという話なんだが」
「だって、知ってるし」
「だから……なぜ?」
「この目で見てきたことだからだもん」


「「「……はあ?」」」


 私だけではなく、ドーエンスとデモナもが目を見開く。
 ただ、アテナとレインクレイは淡々としていたが。
 王母は知っていたからだと思うが……アテナに関しては、興味がないのだろう。


「ネミル殿。冗談は──」
「クレアナード。その妖怪が言っていることは事実だ」


 苦虫を噛み潰した声で、レインクレイが言ってくる。


「不老不死とは……なんともチートな能力だと思わないか?」
「な……っ」


 絶句する私を前に、ネミルはなぜか照れたように頬を赤らめる。


「やだなーレインちゃん。その言い方だと、私がとんでもないおばあちゃんみたいじゃない?」
「事実だろう?」
「まあ、そうなんだけどね~♪」


 何やら私たちが知らない情報を共有しているようで、ネミルとレインクレイのふたりだけで会話が成立しており、置いてけぼりの私たちは唖然とするばかり。


「ありゃ? なーんかみんなが引いてるっぽいから、本題に戻るけどさ。そもそもがさ、現代で認識されてる魔獣ってのが、魔物が劣化した形なんだよね~」
「劣化……?」
「そ。神々の時代に魔神側によって生み出されたのが魔物。聖神側に生み出されたのが精霊ってわけ。最終戦争の末に何もかもが終わったけどさ、生命力が強かった魔物がちょびっと残ったって感じかな? んで、遥かな時間の流れの中で主を失った魔物は退化していって、劣化しちゃったってわけ」


 魔神と聖神による最終戦争──『神々の黄昏』。

 ほとんどの人間にとっては、古代の文献くらいでしか聞いたことがない遥か古の大戦争。
 その大戦争の結末は聖神側の勝利に終わったのだが、大戦争の影響で世界は焦土と化しており、神々が自分たちの身を大地と同化させたことで世界が再生するも、そのことで神々がこの世界から消え失せ、勝者側の精霊はそのまま大地に根付いた、というのが史実ということになっていた。


 ……そう。現代においては、もはや史実なのである。


「……疑うわけじゃないが、ネミル殿。貴女は本当に不老不死なのか? そんな魔法が存在するのか……?」
「むう……疑ってるね? 私を信じてないね?」
「仕方ないだろう? 不老不死になる魔法なんて聞いたことがないからな……」
「ってか、別に魔法じゃないんだけどね」
「どういう意味だ?」


 私が問うと、ネミルは空中でくるりと意味もなく旋回してから、もったいぶった口調で言ってくる。


「あの時代さぁ、いまほど多くないけれど人間も生きてたんだよね。んで、神々の戦争に巻き込まれちゃってさ。みんな生き残るために、どっちかの陣営についたってわけ。魔神側についた人間が魔人となって、聖神側についた人間が勇者となったってわけさ。要は、魔人と勇者は神々の尖兵だね」
「……では現在の勇者というのは、その神の尖兵の再来ということなのか……?」
「クレアナード、それは厳密には違う」


 私の言葉を、学者顔のレインクレイが否定してきた。


「現代においての勇者と位置付けられる者たちは、当時から比べるとかなり劣化していることが伺える。文献などでは、その戦闘力は想像を絶したというからな。現代の勇者は、精霊と同化するというシステムを構築したことで、微々たるが神の尖兵としての力を再現できたというだけに過ぎない」
「だね~。思いっきり劣化してるよね。当時なんてさ、魔人か勇者になったらオマケで不老不死を得られたもん。それなのに現代の勇者じゃ、精霊の力を得られるだけだもんね~」


 学者の顔をする彼女の補足を受けて、ネミルがおどけるように肩をすくめた。
 ついていけない話題に驚きながらも私は、宙を浮遊する彼女を改めて見やる。


「では、ネミル殿。貴女は、当時の勇者の生き残りということなのか?」
「んーん? 違うよーン。私は、魔人だったりして♪」
「「──!?」」


 レインクレイとアテナを除く一同が驚愕する。
 そんな一同を前に、ネミルは「にゃはは~」と楽し気に笑う。


「あの当時はさ、本当に混迷を極めてたからねー。それこそ、生き残るのに手段なんて選んでられなかったって感じ? でも魔神勢が負けて、ほとんどの魔人や魔物が駆逐されちゃったけどさ、運がよかったんだろね、私。なーんか生き延びちゃったんだよね~」
「「…………」」
「あー警戒しなくていいよン? 今の私は、別に魔神復活とか企んでないし。ってか、魔神とか聖神とか、そもそも興味なかったしネ。あくまでも生き残るための手段ってだけ」


 そう語るネミルは、どこまでも飄々とした態度だった。


「んでま、戦争を生き残ったはいいけどやることもなくてさ~。しばらくの間無意味に過ごしてたら、なんか魔族が虐げられてたっぽいからさ、保護して建国したってわけ」
「……同姓同名かと思っていたら、初代王本人だったのか」
「そだよー」
「なぜ一度王の座から退いて、また王として戻ったんだ?」
「ん~~~……私にもいろいろ事情があるってことで、ノーコメント♪ いまの話の流れだと、私の行動なんてそんなにカンケーないしね」
「……まあ、そうだが」


 まあ、事情は大なり小なり、人それぞれにあることだろう。
 根掘り葉掘り聞くのも無粋だろう。


「まあ、とにかくさ!」


 ネミルが、パンっと手を叩く。


「時代の流れでみんな劣化しちゃって当時の力なんて欠片しかなくなっちゃったけどさ、魔物の『ガイア』は当時の生き残りで、眠りについたことで退化も劣化も免れてたみたいだネ」
「……魔獣を生み出していたのは、魔物としての本能だったということか」
「だねー。巨大樹木型は、眷属を生み出す能力を持ってるからね。眠ってても、その能力自体は低下していたとしても、機能してたんだろネ」

 私の指摘にそう答えてから、ネミルは感心したような眼差しをレインクレイへと向けた。


「それにしてもレインちゃん、よく頑張って調べたね~♪ ノーヒントで『ガイア』が魔物だってことにたどり着くなんてさ。まあ、魔獣の一種って言ってたようだけど、オマケで正解ってことにしておいてあげるよン」
「ふん。妖怪の貴様に評価されたところで、何も嬉しくはないな」
「にゃはは~。褒められたら素直に喜びなよ~」


 忌々しげに顔をしかめるレインクレイと楽し気に笑うネミルを前に、私は傍らにいるアテナに小さい声で問いかける。


「お前は、どのくらいまで知っていたんだ?」
「どのくらいと申されましても。全てが初耳です」
「意外だな。てっきり全てを知っていて、お決まりの「聞かれませんでしたので」と答えると思っていたぞ」
「……クレア様。私を何だと思っているのですか? ただの精霊のひとりに過ぎませんよ、私は」


 そんなやり取りを交わす私とアテナの一方では、話についていけない様子でドーエンスがぽかんとしており、デモナは途中から意識を切り替えたようで、ずっと熱い視線をアテナに注ぐのみ。


 再び、ネミルが両手を叩いた。


「はい! ってなわけで、ネミルちゃんの歴史の授業はこれにて終了~~。後は各自、ちゃんと自習しておくように! なーんてネ♪ にゃはは~~、んじゃバイナラ~~~」


 言うだけ言って、ネミルの姿は忽然と掻き消えていた。



 ※ ※ ※



「……まるで嵐だったな」


 どっと疲れが押し寄せてきた私は、溜め息ひとつ。
 どうやら疲れたのは私だけではないようで、レインクレイも同様だった。


「妖怪のせいで変に疲れたな。妾はこの辺で帰るとしよう」


 まだいろいろと聞きたいことがあったのだが、私も憔悴しており、もうそんな気力も残っていなかったので、いまは見過ごすことにする。

 疲れを見せるドーエンスの傍らに来たところで、レインクレイがおもむろに彼に顔を近づけるや、ひと目も気にしないで口づけを交わしていた。
 そして私をちらりと見てから息子にしな垂れ、熱っぽい声音で耳元で告げる。


「ドーエンス、愛しい我が子。実は妾は最初から、お前が女と一緒にいたことに嫉妬していたのだ。だから後程、で待っているぞ。いまはまだ、お前の”味”を知っているのが妾だけだという優越感を、味あわせておくれ」
「……わかりました、母上」


 まるで娼婦のような眼差しと態度で、侍女を連れたレインクレイは悠然とその場を後にしていった。


「…………」
「そんな目で見てくれるな、クレアナード」


 苦い顔で言ってくるドーエンスに、私はことさら感情を込めない声で。


「他人の親子関係に、しかも種族が違う以上、下手に口出しする気はないが……」


 一拍間を置いてから、今度は感情を込めて。


「このマザコンめ」


「──っ」


 顔を引きつらせるドーエンスは、苦々しい口調で弁明してきた。


「……母上は、俺を溺愛しているんだ。いまだにな。ゆえに……母上には頭が上がらない」
「さっさと誰かを娶って母親離れしたらどうだ」
「……わかっているさ。だが……なまじ”最高の女”母上が近くにいることで、誰も抱く気にはなれないんだ」
「マザコンもここに極まれり、だな」
「だからこそ……だからこそだ、クレアナード。母上以外の女で抱きたいと思える女は、お前が初めてなんだ。だからお前が妻になってくれれば、俺は母離れできることだろう」
「お前のマザコン治療のために抱かれろと? 私を馬鹿にしているのか?」
「わかってくれ、クレアナード。俺は本気なんだ。母上以外の女にこれほど惹かれるのは初めてなんだ」


 どこまでも真摯でいて熱っぽい眼差しを向けてくるドーエンスの態度からは、嘘は言っていないということがわかるが……


(姑があの毒婦とか、勘弁してくれ……)


 掛け値なしに、本気で嫌だった。
 毎日がストレスの連続となることだろう。
 まあそれ以前に、マザコン治療で抱かれるということ自体、在り得ないことだったが。


 保留にしてくれ、と場を濁した私は、足早に王城を後にするのだった──


 
 ※ ※ ※



「しかし驚きましたね。まさかエルフ族が信仰する世界樹が、精霊ではなく魔獣──いえ、魔物だったとは」


 城下町の宿泊街、そのひとつの宿屋で借りている部屋で、アテナが感想を言ってきた。


「魔物を信仰していたとなると、これはとんでもない事態かと」
「……だな。おいそれと言えないぞこれは」


 歴史の生き証人ネミルが断言していた以上、世界樹『ガイア』は精霊ではなく、古代からの生き残りである魔物ということは、もはや確定だろう。

「白と黒、どっちのエルフ族の国民に知られても、大パニックは必然だな」
「では、どうなさるのですか?」
「レインクレイが伏せていた以上、私たちが公言するわけにもいかないだろう」
「では、ドラギア様への報告は如何いたします?」
「んー……彼女からの依頼は、あの黒エルフの背後関係をはっきりさせることだしな。世界樹の正体は、依頼には含まれていない。だから、このまま伏せておこうと思う」
「ですが良いのでしょうか? 魔物である以上、このまま放置していては危険ではありませんか?」
「これまでずっと大丈夫だったんだし、”核”が奪われるような事態でも起きない限り、『ガイア』は眠ったままなんじゃないか? せいぜい不規則に魔獣を生み出す程度だろうさ」

 ”核”を戻してからは世界樹は静かになっており、魔獣も鎮静化していることから、私はそう判断する。
 今回の騒動を受けて、白エルフ族も世界樹の警戒は強めることだろうし、もう今回のような事件は起きないだろう。
 ネミルが介入してきたことで事の真相を突き止めることはできなかったが、仮にレインクレイが黒幕だったとしても、一応は釘をさすことはできたはずである。


(弱体化しているいまの私が、どれほどの抑止力になるかはわからんけどな)


「ではクレア様、今後は如何するおつもりなのですか?」
「んー……そうだな……ドラギアの依頼を完遂することが出来なかったのは残念だが、半分程度までなら達成したとみてもいいんじゃないだろうか」
「おやおや。ご自分に激甘ですね」
「そうイジメるな。いまの私に出来ることなんて、タカが知れてるんだからな」


 せいぜいが、元魔王という肩書きを使って黒エルフ王と会い、情報交換をする程度であり。
 いまの私には、直接どうこうできるような力なんて……ないのである。


「だからそうだな……もうしばらく適当にこの国で冒険者として動いてから、別の国にでも行こうか」
「黒幕かもしれない毒婦に、釘を刺しただけですか」
「おいおい。『だけ』って、いまの私の身分を考えれば、それだけでも十分評価に値すると思わないか?」
「おやおや。ご自分に激甘ですね」
「同じセリフを二回とか。お前は、私に厳しくないか?」
「甘やかさないというのが、私のモットーですので」
「……たまには、甘やかしてくれ」
「おやおや。では、甘やかしてあげましょう。さあ、私の胸に飛び込んできてください」
「意味合いが違う」


 両手を広げてくるアテナに、私は嘆息ひとつだった。



 ※ ※ ※

 ※ ※ ※



「ふう……」


 半裸状態で汗だくのドーエンスが、レインクレイの寝台から降りた。
 ベットにひとり残されている艶母も半裸状態だったが、こちらは汗のひとつもかいてはいなかった。


「いつもよりも心が篭っていなかったな。やはり……クレアナードが気になるか?」


 色気が増している様子で頬杖をつく艶母が問いかけると、その息子は服を着ながら苦い顔に。


「……母上には関係ない話だ」
「ほう……お前にそこまで言わせるとはな。母として、嫉妬してしまうぞ?」
「母上、俺は本気なんです。だから……クレアナードには手を出さないでほしい。母上を……嫌いにはなりたくない」


 揺れる瞳はあらぬ方向を向いており、母親を直視できない様子だった。
 そんな息子の姿に、レインクレイは薄っすらと笑みを浮かべた。


「勘違いするな、愛しい我が子。お前がどこぞの女を娶ろうとも、母である妾のお前への愛は変わらん」


 慈愛に満ちた言葉を受けて、思わずといった感じで、ドーエンスが彼女へと目を向ける。


「母上……」
「なんなら、妻共々可愛がってやろう。それもまた一興と思わんか?」
「…………」
「くっくっく。その様子は、妻を独り占めしたいようだな?」
「それは……」
「そこまで本気とは。本気で嫉妬しそうだな」


 そう告げるものの、レインクレイは実に愉し気である。


(クレアナード……愛しい我が子をここまで誑かすとは。なんとも女よ。息子と共にベットで乱れさせれば、どれほど甘美であろうか)


 あの澄ました顔が、快楽と恥辱に染まる姿を想像すると……また身体の奥が熱くなってきてしまう。

 さらに妖艶さが増した艶母へと、何やら思い詰めた様子のドーエンスが問いかけてきた。


「……母上。今回の世界樹の件、本当に無関係なのですか?」
「ドーエンス。母である妾の言葉を疑うのか?」
「いえ、そうではありませんが……」
「クレアナードになんぞ吹き込まれたか」
「……彼女は、関係ありません」
「相変わらず嘘が下手だな」
「──っ」


 顔を引きつらせる息子の姿に微笑した艶母は、半裸のままでベットから静かに降りると、着替え終わっている息子へと優しく抱き着いた。


「は、母上……?」
「ドーエンス。愛しい我が子。お前は何も心配することはない。すべて母に任せておけば良い。これまでも、そしてこれからも。数多の男女と交わろうとも、妾の寵愛を受けるのはお前ただひとりだけなのだから。お前は何も難しいことは考えず、妾の胸に顔を埋めていれば良いのだ」
「…………母上、俺は──」


 思い詰めた表情で何かを言おうとするドーエンスなれど、首の後ろに手を回され熱い口づけをされることで、その言葉は最後まで言えなかった。


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