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第3章 『エルフ国編②』
第12話 「魔王様、再度世界樹へ④」
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「……また、ここに来ることになるとはな」
複雑な心境で、私は呟く。
ようやく私たちは、世界樹の最深部である”核”の間に到着していた。
追随する白エルフ部隊は、すでに一桁程度である。
ここまでの道中と、そして先の黒エルフを模した魔獣との戦闘により、かなりの脱落者が出てしまっていたのだ。
しかし逆に、魔獣の集中攻撃の中を突き進んできたのだから、これだけよく生き残ったというべきかもしれない。
「なんとも禍々しいのう」
「……ですね。まるで怒り狂っているようです」
ドラギアとレイが感想を漏らして来る。
台座に浮遊する”核”は以前とは違い、毒々しいほどに真っ赤な光を放っていたからだ。
一方では、初めて”核”を見るドーエンスは、どこか感慨深げであった。
「あれが世界樹の”核”か……しかしどういうことだ? 聞いていた話だと、”核”には喰われた跡があるのではないのか?」
言われて気づくと、”核”には以前にはあった噛まれた跡がなくなっていた。
「再生した……ということでしょうかね」
ドーエンスとは違い、興味なさげな口調でデモナが指摘してくる。
彼にとってはアテナが全てであり、他のことは些事なのだろう。
「まあいずれにしても……どうしたものかな」
室内を見回しながら、私は思案する。
警戒の意味合いもあり、入口付近で私たちは歩みを止めていたからだ。
一見すると魔獣の姿はどこにもないのだが、油断はできないだろう。
「ですがクレア様。いつまでも、ここで足踏みするわけにもいかないかと」
「そうだな……ドラギア、どうする?」
「ふむ、そうじゃのう……」
ここから彼女の攻撃魔法で遠距離攻撃をすれば安全かもしれないが、先の魔獣同様に”核”も魔法耐性が高いのであれば、効果は見込めないだろう。
白エルフ部隊の弓で狙うという手もあるが……
事情を知らない彼らにとっては世界樹は未だに崇拝する精霊であるために、躊躇から正確な射撃はできないと予測できる。
「ドラギア様」
白エルフの面々が進み出てきた。
「ここは我々が先行偵察いたします」
「ほう? そうか。では任せるとしようかの」
王から許可を得たことで、白エルフたちが警戒しながら室内へと。
そして。
その瞬間は唐突に訪れた。
”核”付近の床や天井、さらには壁から、無数の枝が飛び出してきたのである。
「な──」
「ぐえ……」
「ごふ……」
「こ、後退! 後退しろ!!」
慌てて後退してくる白エルフたちだが、何人かが逃げ遅れ全身を貫かれていた。
辛うじて攻撃圏外へと逃れてきた彼らは、しかし身体の各所に傷を負っており、どうにか生き延びたことに安堵の息を吐く。
「これは……この部屋自体が、攻撃してくるということか」
私は顔がひきつってしまう。
なんて悪辣な攻撃方法だろうか。
唯一の救いは、攻撃射程が短いことか。
入口付近にいる私たちへは、枝が伸びてこないからだ。
「いや。見た所、”核”付近のあの一帯のみのようじゃの」
「ですがドラギア様、壁や床だけじゃなく天井からもとなると、かなり厄介かと」
「確かにのう」
レイからの言葉に同意を示した後、ドラギアはおもむろに片手を”核”へと向けるや、猛火吹き上がる火炎球を解き放っていた。
”核”を守るように天井や壁、床から伸びた枝が受け止めており、爆発がそれらを吹き飛ばす。
しかし、焼け焦げた断面を見せる枝が朽ち堕ちると、すぐに新たな枝が伸びてくるため、それほどの効果は見込めない様子だった。
「無尽蔵、と見るべきかの?」
「世界樹の中心なのだからな、それくらいのチートはしてくるんじゃないか?」
「ふむ……どうしたものかのう」
ドーエンスの指摘に眉間にしわを寄せるドラギアは、顎に手を当てる。
「遠距離が効果が薄いのでは、直接攻撃しかないわけじゃが……」
「……こんな時にダミアンが居てくれればな」
私は思わず名前を出してしまう。
彼の俊敏さがあれば、あの枝の群れを突破して”核”を破壊するなど容易い──とは言わないが、可能だったことだろう。
そして名前を出したことで、私は気づかされる。
(私は、こんなにもあの子を頼りにしていたのか)
どこまで健気に尽くしてくれる少年。
いつしか私は、無意識にでも彼を頼っていたのだろう。
言い換えれば、甘えていた、といったところか。
「そのセリフをダミアンさんが聞いていれば、嬉しさで顔が真っ赤になっていることでしょうね」
「……それはわからないが。現状だと、今ある戦力だけでどうにかするしかないな」
「簡単に言うがの、クレアナードや。どうするというのじゃ?」
「デモナが前衛、私が中衛、レイが防御で守りを固め、ドラギアとドーエンスは援護射撃、アテナは状況に応じて援護、といったところが無難だろう」
「ほう? お前さん、前衛から中衛に変わったの? どういうつもりじゃ?」
「……いまの私の戦闘力を考慮した結果だ。現状、いまの私じゃ前衛を務めるのは厳しいからな」
「なるほどのう」
「俺としても、クレアナードの作戦に異はない。デモナ、前衛を頼めるか?」
ドーエンスに問われたデモナは、静かに氷の魔剣を抜き放った。
「弱体化している彼女には、任せられませんからね」
足手まといだとばかりなセリフに私はムカっとしてしまうものの、その通りなので沈黙を守る。
(お手並み拝見といこうじゃないか)
危ない場面になっても絶対に助けてやらんからな! などと子供じみたことを思いつつ。
世界樹を巡る最後の戦いが始まる──
※ ※ ※
ドラギアとドーエンスの援護射撃を開始の合図として、近接組みがしかける。
デモナが飛び出し、僅かに遅れて私とレイが疾駆。
申し訳程度に白エルフ部隊からの射撃もありつつ、私たち近接組みは真っ向から”核”へと向かう。
私たちの接近を許す気はないようで、攻撃魔法や弓矢を防ぎながらも、枝の群れが私たちへと襲い掛かってくる。
前衛のデモナは魔剣から放つ氷や見事な斬撃で受け捌き、中衛の私も蒼刃で切り裂き、あるいはレイに防御されながら”核”へと中距離から下級魔法を叩き込むものの、まったくといっていいほど効果が見込めず。
デモナも肉迫を試みているようだったが、足元や左右、さらには頭上からの攻撃により、なかなか近づけない様子だった。
そして逆に、次から次へと新たな枝が襲い来るために、さすがに応戦するのが厳しくなってしまい、私たちは後退せざる得ないことに。
そんな私たちへと追撃が叩き込まれてくるも、それらは援護射撃によって爆砕や氷結し、その攻撃を搔い潜る枝は影で縫い止められていた。
「……ちっ。これじゃあ近づけない」
「確かにな」
「どうします?」
デモナが忌々し気に吐き捨て、同意する私へとレイが問いかけてくる。
(どうしたものか……)
脳裏を過るは、やはりダミアンだった。
デモナは彼ほどに機敏ではなかったようで(騎士だから仕方ないが)そのために、攻めあぐねていたのだ。
防御力が高いとはいえ、まとう白銀の鎧が彼の動きを鈍くしていたのである。
(騎士に向かってその象徴たる鎧を脱げなんて、さすがに言えないしな)
どのみち、私の言うことなど聞く耳もたないとは思うが。
と、そんな時だった。
部屋全体が揺れたかと思うと、唯一の出入り口が枝によって塞がれてしまう。
これにより、私たちの退路がなくなることに。
白エルフたちが動揺に慌てふためく中、追い打ちとばかりに部屋全体から、枝が飛び出してくる。
「「「な……っ!?」」」
絶句する私たち。
いつから私たちは、”核”の攻撃射程が短いと錯覚していたのだろうか。
まさに四方八方からの攻撃を前に、次々と白エルフの面々が倒れていく。
「ぬう……っ」
「ぐ……っ」
回避が遅れたドラギアの左肩に枝が直撃し、同じく躱し損ねたドーエンスの脇腹に枝が炸裂。
「……おやおや……」
床下からの枝に身体を貫通されて宙に縫い付けられたアテナが、何ら痛痒は示さないで嘆息ひとつ。
さすがは、実体のある肉体を持たない精霊といったところだろう。
これがもし人間だったならば、即死である。
「っう……っ」
「クレアナード様!」
蒼刃で切り払うものの死角から強襲してくる別の枝への対応が遅れてしまい、私の腰に激痛が走る。
辛うじて貫通はしていないが、深々と裂かれたことによる出血は、看過できないだろう。
さらにそんな私へと枝が襲い掛かってくるも、飛び込んできたレイの盾が受け止めてくれていた。
そんな彼女もまた、すでに傷を負っている様子だった。
「ちっ……!」
舌打ちする共にデモナは氷撃でもって的確に迎撃するものの、さすがに無傷とはいかないようで、身体の各所に裂傷が刻まれていく。
まさに部屋全体による四方八方からによる波状攻撃。
とはいえ、さすがに緩急がある為に、私達は辛うじて致命傷は防げてはいた。
だがこのまま一方的な展開だと、私たちが全滅するのは時間の問題だろう。
現に。
もはや”核”への攻撃は出来なくなっており、完全に防戦になっていたからだ。
なんとか応戦するものの、私たちは確実にダメージを蓄積させられてしまう。
さらには”核”付近の防御が厚くなり、私たちの戦線は後退させられることに。
後退した私は、すぐさまアテナを宙に縫い止める枝を両断。
どさっと床に落ちたアテナは、よろよろ立ち上がりながら自分を貫通している枝を引き抜く。
「大丈夫か?」
「お腹に穴が開いてしまいましたが、まあ問題ないですね」
「お前が精霊でよかったよ」
「とはいえ、この一戦が終わった後は、修復のために精神世界に戻らせて頂きますが」
「わかった。とりあえず、この戦いが終わるまでは我慢してくれ」
「承知いたしました。気持ち悪い感覚ですが、我慢しましょう」
腹部に開いている穴をさすりつつも、アテナはいつも通り無表情を貫いていた。
※ ※ ※
「鬱陶しい!」
苛立ちを見せたデモナが、床に魔剣を突き立てた。
その瞬間、冷気が吹きすさび、床全体が氷に覆われる。
床から伸びていた枝の群れは、それによって氷に閉ざされることに。
さすがに天井や壁は影響を受けなかったようだが、これにより、少なくとも足元からの攻撃に意識を割かなくて済むだろう。
もっと早くやれよ、と私は思うものの。
見ると、抜き放ったもう一方の剣で応戦する彼は、先ほどまでのように枝を切り裂くことができなくなっていた。
受け止めるか、受け流すかのみに。
魔剣ではなくただの剣ということから、攻撃力が落ちてしまったのだ。
(ここにきて、前衛の攻撃力の低下、か)
状況がどんどん悪くなっていくことに、私は焦りを覚える。
攻撃魔法で迎え討つドラギアとドーエンスもすでに傷だらけとなっており、”核”への攻撃はもはや放棄して自身を守ることに専念している模様。
魔法障壁を張る機会も増えており、この様子では、もう私たち近接組みへの援護射撃は無理だろう。
白エルフの面々も然り。
負傷した仲間を守るように応戦しており、彼らからも援護射撃は期待できないだろう。
腹に穴が開いているアテナは一見すると全然平気そうだったが、あまりその場から動かない彼女は自身を守るために影術を展開していることから、限界が近いのかもしれない。
まあ、本当に限界が来たら、問答無用で精神世界にさっさと帰るだろうから、心配はしていないが。
「っ……ちい!」
脇腹を浅く薙いでいく枝を蒼刃で切り捨てる私とて、疲れを隠せなくなってきていたりする。
アテナ印のドーピング剤が切れてきているのだ。
こうなってしまうと、私の戦闘力は激減することだろう。
弱体化していることで、ただでさえ疲れやすくなっているのだから。
「クレアナード様! もっと後退してください!」
私の援護に来てくれたレイが言ってくるものの、私は苦い笑いを浮かべる。
「現状、後退したところでもう安全圏はないだろう?」
「それはそうですけど……っ」
「……ここまで追い込まれるとはな」
ある程度の苦戦は予測していたが、まさかここまでとは予想外だった。
(どうする……どうすればいい……?)
ドラギアたちは自身を守るので手一杯の様子で、もう彼女たちの援護射撃はアテにできないだろう。
攻撃魔法の効果が薄いということもが、輪をかけて劣勢の原因といえた。
となると、現状では近接組みである私たち三人でどうにかするしかないわけだが……
”核”からの攻撃も当初に比べれば、だいぶ勢いがなくなってきてはいたが、それでも援護射撃がないと、私たち近接組みが接近するのは難しいだろう。
(頼りたくないが……私情で勝機を失うわけにはいかない、か)
苦渋の判断を出した私は、デモナへと声を飛ばしていた。
「デモナ! 作戦がある! こっちに来てくれ!」
「……なんだ?」
枝と交戦中だった彼は胡乱げにしながらも、追撃の枝を受け流しながら、素直に私のもとへと。
蒼刃で枝を両断した私は、一呼吸してから言う。
「私を気に喰わないと思っていても、今だけは協力してくれ。このままだと、お前がご執心のアテナにも害が及ぶ」
ここであえてアテナの名を使うのは、彼の私への反感を和らげるためである。
「……僕に何をさせる気だ?」
「現状、物理攻撃で特攻するしか突破口がない。私たちの中では、お前が一番動けるし早い。”核”の破壊を任せたい」
「何を言うかと思えば。そんな簡単に近づけるなら、とっくの昔に破壊しているだろうが」
私とデモナに襲いくる枝はレイが防御してくれており、私とデモナも枝を受け捌きながら。
「それでも早期にどうにかしなければ、私たちは全滅するだろう。私とレイが全力でお前を援護するから、お前は攻撃にだけ集中してほしい」
「……僕の剣では、もう枝すら切れない。”核”も破壊できるかどうか」
「私の力を付与しよう」
デモナの剣へと、私は蒼雷を付与した。
目を見開く彼は、まじまじと切っ先を見つめる。
「その力は他人にも付与できるのか……」
「これで攻撃力は上がったはずだ。……まあ、これでも”核”を破壊できなかったら、逃げる算段を本気で考えるさ」
「……いいだろう。僕も覚悟を決めよう。こんなところで死ぬ気はないからな」
慣らす様に蒼刃を払うデモナは、宙に刻まれた蒼の軌跡に満足そうに笑む。
「いい感じだ……あの氷の魔剣よりも切れ味が良さそうだ」
「私自慢のオリジナルだからな。魔剣にだって引けは取らない自信はある」
「さすがは最強魔王、か」
「元、だがな」
「作戦が決まったのでしたら、すぐに行動しましょう。もうあまり、私たちには時間はなさそうですので」
レイの指摘で見ると、私たち以外のメンツは完全に守勢に回っており、先ほどよりもダメージが増えている様子だった。
アテナに関しては、やはりもう満足に動けないようで、左肩に新たな穴が開いている始末。
「もうダメージ覚悟で特攻だ。覚悟はいいか?」
「私に異存はありません。もとより覚悟の上です」
「こんなところで死にたくないからな。多少のダメージはもう無視するさ」
こうして残された時間が少ない私たちは、決死の特攻劇へと身を投じる──
※ ※ ※
※ ※ ※
「……ちっ。囲まれたな」
アルペン宅のリビングにて、昼食を摂っていたレアンが鋭く舌打ちする。
「ふえ!?」
「どういうことです?」
両目を驚きで見開くウルと小首を傾げてくるアルペンを前に、レアンは表情を厳しくして立ち上がった。
「オレがクソガキを見つけ出したのと同様に、オレらの匂いでここを嗅ぎつけたんだろうさ」
獣人族の中でも狼族は特に鼻が利くために、狼族が本気で捜索を始めたら、安全に隠れられる場所などはないだろう。
つまり……ウルとレアンの一族が、本腰を上げたということである。
「アルペン、結界とか張れるか?」
「結界、ですか……まあ、一時的なものでしたら。さすがに何日も持続、というわけにはいきませんけど……」
「となると、追い払うしかねぇか」
「お、お姉ちゃん……」
心配げな眼差しを向けてくる妹の頭を、レアンは乱暴気味に撫でる。
「クソガキ、てめぇは家から出るなよ」
「で、でも……っ」
「足手まといはいらねぇ」
「……っ」
言葉に詰まるウルは、しかし反論できず、ただただ姉を見つめるのみ。
レアンはその視線からあえて目を逸らすように、森の魔女へと。
「ウルを頼むぜ」
「……お気をつけて」
武器である鉤爪を持たずにレアンが家から出るのと同時に、魔女宅が薄っすらとした光に包まれた。
レアンが軽くその光に触れると、硬い感触が伝わってくる。
かなりの強度があることを確認した彼女は、視線を前方へと。
「……この匂い、やっぱりアンタだったか」
忌々しげに顔をしかめるレアンの前方には複数の狼獣人の姿があり、その彼らを率いるように先方に佇む大柄の体躯を誇る狼獣人へと、レアンは凶暴な笑みを浮かべた。
「”勇者”レオ。まさか、アンタが駆り出されるとはな」
「……レアン殿。なぜ己の責務を放棄して逃げ出したのだ? この匂いから、家の中にはウル殿もおられるな。姉妹して、族長の娘としての自覚がないのか?」
その口調には苦々しい響きが帯びていた。
それを受けたレアンは、馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「なんで族長の娘だからって生贄にされなきゃなんねぇんだよ」
「”生贄”か……」
レオが小さく呟くと、その彼の身体から、すうっと浮き上がってきた女精霊が、厳しい声音でレアンを糾弾してきた。
「生贄だろうが何だろうがさ! 族長の娘であるアンタたち姉妹のどちらかが生贄にならないと、狼族は獅子族に潰されるのよ? それを避けるためにも、アンタら姉妹は生贄になる義務があるのよ。族長の娘として責任を果たしなさい!」
「はあっ? ミゲル、てめぇ、ふざけんなよ! なんでオレらがあの”贅肉”のガキを孕まねぇといけねぇんだよ!!」
「族長の血筋のみに受け継がれる”あの力”が、あの”贅肉”の目的だからでしょうが! 自分の血筋に”あの力”を取り入れる為にさ」
「ハッ! だからって。オレらが犠牲になる道理はねぇな」
「お話にならないわね。レオ、力づくで連れ帰りましょうよ」
「……そうだな。我等狼族を守るためにも戻ってもらうぞ、レアン殿。貴殿の意思に関係なく、な」
「上等じゃねぇか!!」
犬歯をむき出して闘争本能丸出しのレアンは、重心を落として戦闘態勢へ。
「勇者が相手だからな。最初から全力で行かせてもらうぜ」
レアンの髪の色がピンク色に変色──まさに怒髪天と化し、鋭い牙が伸び、瞳孔が細まる。
尻尾の毛が太くなり、全身の毛が逆立つ彼女の姿は、獰猛な獣そのものだった。
「……ふむ。いきなり”獣化”か」
「レオ、気を付けてね。──あなたには、常に私が共に」
すうっとレオの身体へと消えていく女精霊。
レオは背中に背負っていた大剣を抜き放ち、それに合わせて周囲にいた狼獣人たちがレアンを取り囲む。
「おいおい、オレひとり相手に多勢かよ?」
「”獣化”を使える貴殿相手に、油断はしない」
「ハッ! 勇者様がなんとも臆病なことだな!」
「戦いとは、勝たねば意味がない。負ければ全てを失う。よって俺は、負けるつもりはない」
「だから”贅肉”とは戦わねぇで、生贄を差し出すことで無様に延命ってか? 情けねぇ」
「……なんとでも言うがいい。獅子族は王族に連なる者。逆らうことは、国を敵に回すと同義の以上、従うしか他あるまい」
「知ったことかよ! 生贄を出さなきゃ延命できねぇ一族なんて、滅んぢまえ!」
「……もはや、言葉を交わす必要はないな」
レオの全身から圧倒的な闘志が吹き上がった。
レアンは顔が引きつるものの、持ち前の負けん気でもって吼えた。
「オレたち姉妹は言いなりにはならねぇ!!」
「こちらも最初から全力でいかせてもらうぞ。骨の1、2本は折れるだろうが我慢してもらおう」
「オレは負けねぇええええええええ!!!!」
全身のバネを使ったレアンが、大剣を静かに構える大男へと盛大に飛び掛かっていった。
複雑な心境で、私は呟く。
ようやく私たちは、世界樹の最深部である”核”の間に到着していた。
追随する白エルフ部隊は、すでに一桁程度である。
ここまでの道中と、そして先の黒エルフを模した魔獣との戦闘により、かなりの脱落者が出てしまっていたのだ。
しかし逆に、魔獣の集中攻撃の中を突き進んできたのだから、これだけよく生き残ったというべきかもしれない。
「なんとも禍々しいのう」
「……ですね。まるで怒り狂っているようです」
ドラギアとレイが感想を漏らして来る。
台座に浮遊する”核”は以前とは違い、毒々しいほどに真っ赤な光を放っていたからだ。
一方では、初めて”核”を見るドーエンスは、どこか感慨深げであった。
「あれが世界樹の”核”か……しかしどういうことだ? 聞いていた話だと、”核”には喰われた跡があるのではないのか?」
言われて気づくと、”核”には以前にはあった噛まれた跡がなくなっていた。
「再生した……ということでしょうかね」
ドーエンスとは違い、興味なさげな口調でデモナが指摘してくる。
彼にとってはアテナが全てであり、他のことは些事なのだろう。
「まあいずれにしても……どうしたものかな」
室内を見回しながら、私は思案する。
警戒の意味合いもあり、入口付近で私たちは歩みを止めていたからだ。
一見すると魔獣の姿はどこにもないのだが、油断はできないだろう。
「ですがクレア様。いつまでも、ここで足踏みするわけにもいかないかと」
「そうだな……ドラギア、どうする?」
「ふむ、そうじゃのう……」
ここから彼女の攻撃魔法で遠距離攻撃をすれば安全かもしれないが、先の魔獣同様に”核”も魔法耐性が高いのであれば、効果は見込めないだろう。
白エルフ部隊の弓で狙うという手もあるが……
事情を知らない彼らにとっては世界樹は未だに崇拝する精霊であるために、躊躇から正確な射撃はできないと予測できる。
「ドラギア様」
白エルフの面々が進み出てきた。
「ここは我々が先行偵察いたします」
「ほう? そうか。では任せるとしようかの」
王から許可を得たことで、白エルフたちが警戒しながら室内へと。
そして。
その瞬間は唐突に訪れた。
”核”付近の床や天井、さらには壁から、無数の枝が飛び出してきたのである。
「な──」
「ぐえ……」
「ごふ……」
「こ、後退! 後退しろ!!」
慌てて後退してくる白エルフたちだが、何人かが逃げ遅れ全身を貫かれていた。
辛うじて攻撃圏外へと逃れてきた彼らは、しかし身体の各所に傷を負っており、どうにか生き延びたことに安堵の息を吐く。
「これは……この部屋自体が、攻撃してくるということか」
私は顔がひきつってしまう。
なんて悪辣な攻撃方法だろうか。
唯一の救いは、攻撃射程が短いことか。
入口付近にいる私たちへは、枝が伸びてこないからだ。
「いや。見た所、”核”付近のあの一帯のみのようじゃの」
「ですがドラギア様、壁や床だけじゃなく天井からもとなると、かなり厄介かと」
「確かにのう」
レイからの言葉に同意を示した後、ドラギアはおもむろに片手を”核”へと向けるや、猛火吹き上がる火炎球を解き放っていた。
”核”を守るように天井や壁、床から伸びた枝が受け止めており、爆発がそれらを吹き飛ばす。
しかし、焼け焦げた断面を見せる枝が朽ち堕ちると、すぐに新たな枝が伸びてくるため、それほどの効果は見込めない様子だった。
「無尽蔵、と見るべきかの?」
「世界樹の中心なのだからな、それくらいのチートはしてくるんじゃないか?」
「ふむ……どうしたものかのう」
ドーエンスの指摘に眉間にしわを寄せるドラギアは、顎に手を当てる。
「遠距離が効果が薄いのでは、直接攻撃しかないわけじゃが……」
「……こんな時にダミアンが居てくれればな」
私は思わず名前を出してしまう。
彼の俊敏さがあれば、あの枝の群れを突破して”核”を破壊するなど容易い──とは言わないが、可能だったことだろう。
そして名前を出したことで、私は気づかされる。
(私は、こんなにもあの子を頼りにしていたのか)
どこまで健気に尽くしてくれる少年。
いつしか私は、無意識にでも彼を頼っていたのだろう。
言い換えれば、甘えていた、といったところか。
「そのセリフをダミアンさんが聞いていれば、嬉しさで顔が真っ赤になっていることでしょうね」
「……それはわからないが。現状だと、今ある戦力だけでどうにかするしかないな」
「簡単に言うがの、クレアナードや。どうするというのじゃ?」
「デモナが前衛、私が中衛、レイが防御で守りを固め、ドラギアとドーエンスは援護射撃、アテナは状況に応じて援護、といったところが無難だろう」
「ほう? お前さん、前衛から中衛に変わったの? どういうつもりじゃ?」
「……いまの私の戦闘力を考慮した結果だ。現状、いまの私じゃ前衛を務めるのは厳しいからな」
「なるほどのう」
「俺としても、クレアナードの作戦に異はない。デモナ、前衛を頼めるか?」
ドーエンスに問われたデモナは、静かに氷の魔剣を抜き放った。
「弱体化している彼女には、任せられませんからね」
足手まといだとばかりなセリフに私はムカっとしてしまうものの、その通りなので沈黙を守る。
(お手並み拝見といこうじゃないか)
危ない場面になっても絶対に助けてやらんからな! などと子供じみたことを思いつつ。
世界樹を巡る最後の戦いが始まる──
※ ※ ※
ドラギアとドーエンスの援護射撃を開始の合図として、近接組みがしかける。
デモナが飛び出し、僅かに遅れて私とレイが疾駆。
申し訳程度に白エルフ部隊からの射撃もありつつ、私たち近接組みは真っ向から”核”へと向かう。
私たちの接近を許す気はないようで、攻撃魔法や弓矢を防ぎながらも、枝の群れが私たちへと襲い掛かってくる。
前衛のデモナは魔剣から放つ氷や見事な斬撃で受け捌き、中衛の私も蒼刃で切り裂き、あるいはレイに防御されながら”核”へと中距離から下級魔法を叩き込むものの、まったくといっていいほど効果が見込めず。
デモナも肉迫を試みているようだったが、足元や左右、さらには頭上からの攻撃により、なかなか近づけない様子だった。
そして逆に、次から次へと新たな枝が襲い来るために、さすがに応戦するのが厳しくなってしまい、私たちは後退せざる得ないことに。
そんな私たちへと追撃が叩き込まれてくるも、それらは援護射撃によって爆砕や氷結し、その攻撃を搔い潜る枝は影で縫い止められていた。
「……ちっ。これじゃあ近づけない」
「確かにな」
「どうします?」
デモナが忌々し気に吐き捨て、同意する私へとレイが問いかけてくる。
(どうしたものか……)
脳裏を過るは、やはりダミアンだった。
デモナは彼ほどに機敏ではなかったようで(騎士だから仕方ないが)そのために、攻めあぐねていたのだ。
防御力が高いとはいえ、まとう白銀の鎧が彼の動きを鈍くしていたのである。
(騎士に向かってその象徴たる鎧を脱げなんて、さすがに言えないしな)
どのみち、私の言うことなど聞く耳もたないとは思うが。
と、そんな時だった。
部屋全体が揺れたかと思うと、唯一の出入り口が枝によって塞がれてしまう。
これにより、私たちの退路がなくなることに。
白エルフたちが動揺に慌てふためく中、追い打ちとばかりに部屋全体から、枝が飛び出してくる。
「「「な……っ!?」」」
絶句する私たち。
いつから私たちは、”核”の攻撃射程が短いと錯覚していたのだろうか。
まさに四方八方からの攻撃を前に、次々と白エルフの面々が倒れていく。
「ぬう……っ」
「ぐ……っ」
回避が遅れたドラギアの左肩に枝が直撃し、同じく躱し損ねたドーエンスの脇腹に枝が炸裂。
「……おやおや……」
床下からの枝に身体を貫通されて宙に縫い付けられたアテナが、何ら痛痒は示さないで嘆息ひとつ。
さすがは、実体のある肉体を持たない精霊といったところだろう。
これがもし人間だったならば、即死である。
「っう……っ」
「クレアナード様!」
蒼刃で切り払うものの死角から強襲してくる別の枝への対応が遅れてしまい、私の腰に激痛が走る。
辛うじて貫通はしていないが、深々と裂かれたことによる出血は、看過できないだろう。
さらにそんな私へと枝が襲い掛かってくるも、飛び込んできたレイの盾が受け止めてくれていた。
そんな彼女もまた、すでに傷を負っている様子だった。
「ちっ……!」
舌打ちする共にデモナは氷撃でもって的確に迎撃するものの、さすがに無傷とはいかないようで、身体の各所に裂傷が刻まれていく。
まさに部屋全体による四方八方からによる波状攻撃。
とはいえ、さすがに緩急がある為に、私達は辛うじて致命傷は防げてはいた。
だがこのまま一方的な展開だと、私たちが全滅するのは時間の問題だろう。
現に。
もはや”核”への攻撃は出来なくなっており、完全に防戦になっていたからだ。
なんとか応戦するものの、私たちは確実にダメージを蓄積させられてしまう。
さらには”核”付近の防御が厚くなり、私たちの戦線は後退させられることに。
後退した私は、すぐさまアテナを宙に縫い止める枝を両断。
どさっと床に落ちたアテナは、よろよろ立ち上がりながら自分を貫通している枝を引き抜く。
「大丈夫か?」
「お腹に穴が開いてしまいましたが、まあ問題ないですね」
「お前が精霊でよかったよ」
「とはいえ、この一戦が終わった後は、修復のために精神世界に戻らせて頂きますが」
「わかった。とりあえず、この戦いが終わるまでは我慢してくれ」
「承知いたしました。気持ち悪い感覚ですが、我慢しましょう」
腹部に開いている穴をさすりつつも、アテナはいつも通り無表情を貫いていた。
※ ※ ※
「鬱陶しい!」
苛立ちを見せたデモナが、床に魔剣を突き立てた。
その瞬間、冷気が吹きすさび、床全体が氷に覆われる。
床から伸びていた枝の群れは、それによって氷に閉ざされることに。
さすがに天井や壁は影響を受けなかったようだが、これにより、少なくとも足元からの攻撃に意識を割かなくて済むだろう。
もっと早くやれよ、と私は思うものの。
見ると、抜き放ったもう一方の剣で応戦する彼は、先ほどまでのように枝を切り裂くことができなくなっていた。
受け止めるか、受け流すかのみに。
魔剣ではなくただの剣ということから、攻撃力が落ちてしまったのだ。
(ここにきて、前衛の攻撃力の低下、か)
状況がどんどん悪くなっていくことに、私は焦りを覚える。
攻撃魔法で迎え討つドラギアとドーエンスもすでに傷だらけとなっており、”核”への攻撃はもはや放棄して自身を守ることに専念している模様。
魔法障壁を張る機会も増えており、この様子では、もう私たち近接組みへの援護射撃は無理だろう。
白エルフの面々も然り。
負傷した仲間を守るように応戦しており、彼らからも援護射撃は期待できないだろう。
腹に穴が開いているアテナは一見すると全然平気そうだったが、あまりその場から動かない彼女は自身を守るために影術を展開していることから、限界が近いのかもしれない。
まあ、本当に限界が来たら、問答無用で精神世界にさっさと帰るだろうから、心配はしていないが。
「っ……ちい!」
脇腹を浅く薙いでいく枝を蒼刃で切り捨てる私とて、疲れを隠せなくなってきていたりする。
アテナ印のドーピング剤が切れてきているのだ。
こうなってしまうと、私の戦闘力は激減することだろう。
弱体化していることで、ただでさえ疲れやすくなっているのだから。
「クレアナード様! もっと後退してください!」
私の援護に来てくれたレイが言ってくるものの、私は苦い笑いを浮かべる。
「現状、後退したところでもう安全圏はないだろう?」
「それはそうですけど……っ」
「……ここまで追い込まれるとはな」
ある程度の苦戦は予測していたが、まさかここまでとは予想外だった。
(どうする……どうすればいい……?)
ドラギアたちは自身を守るので手一杯の様子で、もう彼女たちの援護射撃はアテにできないだろう。
攻撃魔法の効果が薄いということもが、輪をかけて劣勢の原因といえた。
となると、現状では近接組みである私たち三人でどうにかするしかないわけだが……
”核”からの攻撃も当初に比べれば、だいぶ勢いがなくなってきてはいたが、それでも援護射撃がないと、私たち近接組みが接近するのは難しいだろう。
(頼りたくないが……私情で勝機を失うわけにはいかない、か)
苦渋の判断を出した私は、デモナへと声を飛ばしていた。
「デモナ! 作戦がある! こっちに来てくれ!」
「……なんだ?」
枝と交戦中だった彼は胡乱げにしながらも、追撃の枝を受け流しながら、素直に私のもとへと。
蒼刃で枝を両断した私は、一呼吸してから言う。
「私を気に喰わないと思っていても、今だけは協力してくれ。このままだと、お前がご執心のアテナにも害が及ぶ」
ここであえてアテナの名を使うのは、彼の私への反感を和らげるためである。
「……僕に何をさせる気だ?」
「現状、物理攻撃で特攻するしか突破口がない。私たちの中では、お前が一番動けるし早い。”核”の破壊を任せたい」
「何を言うかと思えば。そんな簡単に近づけるなら、とっくの昔に破壊しているだろうが」
私とデモナに襲いくる枝はレイが防御してくれており、私とデモナも枝を受け捌きながら。
「それでも早期にどうにかしなければ、私たちは全滅するだろう。私とレイが全力でお前を援護するから、お前は攻撃にだけ集中してほしい」
「……僕の剣では、もう枝すら切れない。”核”も破壊できるかどうか」
「私の力を付与しよう」
デモナの剣へと、私は蒼雷を付与した。
目を見開く彼は、まじまじと切っ先を見つめる。
「その力は他人にも付与できるのか……」
「これで攻撃力は上がったはずだ。……まあ、これでも”核”を破壊できなかったら、逃げる算段を本気で考えるさ」
「……いいだろう。僕も覚悟を決めよう。こんなところで死ぬ気はないからな」
慣らす様に蒼刃を払うデモナは、宙に刻まれた蒼の軌跡に満足そうに笑む。
「いい感じだ……あの氷の魔剣よりも切れ味が良さそうだ」
「私自慢のオリジナルだからな。魔剣にだって引けは取らない自信はある」
「さすがは最強魔王、か」
「元、だがな」
「作戦が決まったのでしたら、すぐに行動しましょう。もうあまり、私たちには時間はなさそうですので」
レイの指摘で見ると、私たち以外のメンツは完全に守勢に回っており、先ほどよりもダメージが増えている様子だった。
アテナに関しては、やはりもう満足に動けないようで、左肩に新たな穴が開いている始末。
「もうダメージ覚悟で特攻だ。覚悟はいいか?」
「私に異存はありません。もとより覚悟の上です」
「こんなところで死にたくないからな。多少のダメージはもう無視するさ」
こうして残された時間が少ない私たちは、決死の特攻劇へと身を投じる──
※ ※ ※
※ ※ ※
「……ちっ。囲まれたな」
アルペン宅のリビングにて、昼食を摂っていたレアンが鋭く舌打ちする。
「ふえ!?」
「どういうことです?」
両目を驚きで見開くウルと小首を傾げてくるアルペンを前に、レアンは表情を厳しくして立ち上がった。
「オレがクソガキを見つけ出したのと同様に、オレらの匂いでここを嗅ぎつけたんだろうさ」
獣人族の中でも狼族は特に鼻が利くために、狼族が本気で捜索を始めたら、安全に隠れられる場所などはないだろう。
つまり……ウルとレアンの一族が、本腰を上げたということである。
「アルペン、結界とか張れるか?」
「結界、ですか……まあ、一時的なものでしたら。さすがに何日も持続、というわけにはいきませんけど……」
「となると、追い払うしかねぇか」
「お、お姉ちゃん……」
心配げな眼差しを向けてくる妹の頭を、レアンは乱暴気味に撫でる。
「クソガキ、てめぇは家から出るなよ」
「で、でも……っ」
「足手まといはいらねぇ」
「……っ」
言葉に詰まるウルは、しかし反論できず、ただただ姉を見つめるのみ。
レアンはその視線からあえて目を逸らすように、森の魔女へと。
「ウルを頼むぜ」
「……お気をつけて」
武器である鉤爪を持たずにレアンが家から出るのと同時に、魔女宅が薄っすらとした光に包まれた。
レアンが軽くその光に触れると、硬い感触が伝わってくる。
かなりの強度があることを確認した彼女は、視線を前方へと。
「……この匂い、やっぱりアンタだったか」
忌々しげに顔をしかめるレアンの前方には複数の狼獣人の姿があり、その彼らを率いるように先方に佇む大柄の体躯を誇る狼獣人へと、レアンは凶暴な笑みを浮かべた。
「”勇者”レオ。まさか、アンタが駆り出されるとはな」
「……レアン殿。なぜ己の責務を放棄して逃げ出したのだ? この匂いから、家の中にはウル殿もおられるな。姉妹して、族長の娘としての自覚がないのか?」
その口調には苦々しい響きが帯びていた。
それを受けたレアンは、馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「なんで族長の娘だからって生贄にされなきゃなんねぇんだよ」
「”生贄”か……」
レオが小さく呟くと、その彼の身体から、すうっと浮き上がってきた女精霊が、厳しい声音でレアンを糾弾してきた。
「生贄だろうが何だろうがさ! 族長の娘であるアンタたち姉妹のどちらかが生贄にならないと、狼族は獅子族に潰されるのよ? それを避けるためにも、アンタら姉妹は生贄になる義務があるのよ。族長の娘として責任を果たしなさい!」
「はあっ? ミゲル、てめぇ、ふざけんなよ! なんでオレらがあの”贅肉”のガキを孕まねぇといけねぇんだよ!!」
「族長の血筋のみに受け継がれる”あの力”が、あの”贅肉”の目的だからでしょうが! 自分の血筋に”あの力”を取り入れる為にさ」
「ハッ! だからって。オレらが犠牲になる道理はねぇな」
「お話にならないわね。レオ、力づくで連れ帰りましょうよ」
「……そうだな。我等狼族を守るためにも戻ってもらうぞ、レアン殿。貴殿の意思に関係なく、な」
「上等じゃねぇか!!」
犬歯をむき出して闘争本能丸出しのレアンは、重心を落として戦闘態勢へ。
「勇者が相手だからな。最初から全力で行かせてもらうぜ」
レアンの髪の色がピンク色に変色──まさに怒髪天と化し、鋭い牙が伸び、瞳孔が細まる。
尻尾の毛が太くなり、全身の毛が逆立つ彼女の姿は、獰猛な獣そのものだった。
「……ふむ。いきなり”獣化”か」
「レオ、気を付けてね。──あなたには、常に私が共に」
すうっとレオの身体へと消えていく女精霊。
レオは背中に背負っていた大剣を抜き放ち、それに合わせて周囲にいた狼獣人たちがレアンを取り囲む。
「おいおい、オレひとり相手に多勢かよ?」
「”獣化”を使える貴殿相手に、油断はしない」
「ハッ! 勇者様がなんとも臆病なことだな!」
「戦いとは、勝たねば意味がない。負ければ全てを失う。よって俺は、負けるつもりはない」
「だから”贅肉”とは戦わねぇで、生贄を差し出すことで無様に延命ってか? 情けねぇ」
「……なんとでも言うがいい。獅子族は王族に連なる者。逆らうことは、国を敵に回すと同義の以上、従うしか他あるまい」
「知ったことかよ! 生贄を出さなきゃ延命できねぇ一族なんて、滅んぢまえ!」
「……もはや、言葉を交わす必要はないな」
レオの全身から圧倒的な闘志が吹き上がった。
レアンは顔が引きつるものの、持ち前の負けん気でもって吼えた。
「オレたち姉妹は言いなりにはならねぇ!!」
「こちらも最初から全力でいかせてもらうぞ。骨の1、2本は折れるだろうが我慢してもらおう」
「オレは負けねぇええええええええ!!!!」
全身のバネを使ったレアンが、大剣を静かに構える大男へと盛大に飛び掛かっていった。
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