【完結】いずれ忘れる恋をした

文字の大きさ
16 / 24
【4章】隠しキャラ攻略

2.

しおりを挟む
「はあ、雨強くなってきやがった…。なあ嬢ちゃん、トロン、ってこの店で合ってるか?」 

夢は夢じゃなかった。 

目の前の男性を見上げてそう思う。 

「……嬢ちゃん?おい、どうした?怖がらせたなら謝る、だから泣くなほら」 

好きだ、どうしようもなくこの男性ひとが好きだ。 

あれは間違いなく私の記憶。詳しくは分からないけど、分からなくたって良い。 

「はい、そうです。…いらっしゃいませ、ドラクさん」
「…嬢ちゃん、俺の事知ってんのか」
「あっ…馴れ馴れしく呼んですみません…。以前、お見かけしたことがあるんです」
「そういうことか、気にすんな。これからもそう呼んでくれ」
「はい、ありがとうございます!
…それで、うちにどんなご用ですか?」
「ああ、実はここの息子のマディと約束を__」 

こうしてまた会えたことが何よりも嬉しい。
ただ、それだけ。それだけで幸せだった。 


________







ああ、世界はなんて残酷なのだろう。



「!おう!トロンの嬢ちゃん、奇遇だな!」



王都へ買い出しに行った日のことだった。市場の近くの広場で仲睦まじく腕を組んで歩く2人の男女。男性はこちらに気が付くと手を上げた。


行きたくない。挨拶をしたくない。
そんな思いは捨てて、私は駆け寄る。


「ドラクさ……イルマーニ様、本当ですね!お久しぶりです、元気にされてました?」
「…、ああ、もちろん!」 

呟きかけた名前を言い直して、笑顔で返す。
それに気が付いた彼が複雑そうな顔をしたけれど、私の表情に何かを感じたのか、それについて言及することはなかった。 

「ふふ、お元気そうで良かったです。
…お隣の女性は、聖女様で間違いございませんか?」
「ええ。聖女と呼ばれるのは未だに不釣り合いな気がするけれど」 

綺麗な女性だ。とても、綺麗な。 

「……でも、何で分かったんだ?」
「お二人が婚約されたと伺いましたから。イルマーニ様と腕を組んで歩かれているということは、聖女様かと」 

この度はおめでとうございます、そんな私の言葉に照れた様子で頬を掻く彼と頬を染める彼女が目を合わせて微笑み合う。


大丈夫、心を殺すのは慣れてしまったから。
あと少し頑張ってね、私の表情筋。 

「…庶民のみすぼらしい格好でご挨拶申し上げること、どうかお許しください。
初めまして。隣町の"トロン"という喫茶店で働いております、シーリルと申します。イルマーニ様は3年ほど前から何度かうちに足を運んでくださっています。」
「ご丁寧にありがとうございます。でも、そんな堅苦しい挨拶、なさらなくて良いんですよ」 

慌てたように両手を小さく振って"顔を上げて"と言う聖女様。



この女性に、私なんかが適うわけないじゃないか。



この方は容姿だけじゃない。才能も、実績もある、本当に素晴らしい聖女様なのだ。 

あの"魔力欠乏症"を予防する方法、更には治す薬まで開発されて、庶民にも手の届く値段で売るように手配してくださったのだから。この若さで。それだけで上級爵位を与えられておかしくない功績なのだが、彼女のしたことはそれだけではない。 

3年前、予言通りに召喚され、国を救ったお方。 

本当にこの女性は素晴らしい方なのだ。
そして、それに釣り合うものをドラクさんは持っていて。


記憶とは少しずつずれていく現実。
ドラクさんがうちに来る回数は少なくなっていった。 

もちろんドラクさんは私のように不思議な記憶があるわけでもなく。

そして、私の耳に届いた、聖女様とドラク=イルマー二様が婚約したという話。


「…いえ、聖女様がなさった偉業の数々は間違いなくこの世界を救ってくださいましたから、そういう訳にも参りません。…私はただの平民で、無力で…何かしたくても、救いたくても……見ていることしか、できませんでしたから。……本当に、ありがとうございます」
「嬢ちゃん…」
「…あなた もしかして……」 

「っ、改めて、イルマーニ様と聖女様が結婚されたこと、心からお祝い申し上げます。ゲルにいらっしゃった際は、是非うちの店にもお越しくださいませ。
……では、仕事がありますので…。
御前失礼致しました。お二人の未来に幸あれ」 

「…ありがとな」
「ありがとうございます。必ず伺いますね」


表情筋に鞭を打ち、にこりと笑った。 

深くお辞儀をして、逃げるように細い道へ曲がる。
ずる、と壁に預けた背中が下へ落ちて、私は膝を抱えて座り込んだ。 

ドラクさん、すごく幸せそうだった。
あんな表情は私は1度も見たことがなかった。 記憶の中の私も。

聖女様も、お綺麗で、品に溢れていて、彼女の芯の強さがそのまま美しさとして表れているのが分かったし、ドラクさんのことを愛しているんだと、瞳が、表情が、明確に伝えていた。
巷では美女と野獣なんて言われているけれど、私からしたらお似合いの2人で。


「……馬鹿みたい」


膝を濡らすのが涙から雨に変わっても、私はその場を動くことができなかった。
それは彼が店に飛び込んで来た_彼に出会った2年半前のあの日のような激しい雨で。 

「………本当に、馬鹿」 

小さな呟きは、雨の音にかき消された。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

契約結婚のススメ

文月 蓮
恋愛
 研究一筋に生きてきた魔導士のレティシアは、研究を続けるために父に命じられた結婚をしかたなく承諾する。相手は社交界の独身女性憧れの的であるヴィラール侯爵アロイス。だが、アロイスもまた結婚を望んでいなかったことを知り、契約結婚を提案する。互いの思惑が一致して始まった愛のない結婚だったが、王の婚約者の護衛任務を受けることになったレティシアとアロイスの距離は徐々に縮まってきて……。シリアスと見せかけて、コメディです。「ムーンライトノベルズ」にも投稿しています。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

処理中です...