あけぼの銀行総務部真霊課

TAKA

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初仕事

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「ええ、そうです。ここ数ヶ月、現金検査の都度、お金が足りないんです。でも2回目に数えると合っているんです」

 更科支店の応接室で、出納係の水島という女性行員が気味悪そうに言った。

「それって単なる数え間違いじゃないんですか」

 タケルは不機嫌そうに聞いた。

「でもそれが毎回なんです。それに私、聞いちゃったんです。女の人の声で、『絶対赦さないっ』って・・・」

 水島が辺りを見回し、小声で言った。周りには誰もいないのに、その顔はひきつり、目は落ち着きなく揺れていた。

「それは誰か他の人が愚痴っただけ・・・」

 タケルは言いかけたが、水島が凄い顔で睨んで来たので黙ってしまった。

「何なんですか、貴方。さっきから人の話に文句ばっかり。話が聞きたいっていうから残ってまで話しているのに」

「申し訳ありません。彼は今年入った新入行員なんです。だから、まだ社会人としては未熟なんです」

 横からタケルの指導係として一緒に来ているミコが口を挟んできた。タケルはミコの言い方が気に入らず、横を向いた。そもそも昼間の出来事から今に至るまでの全てに対し納得がいっておらず、ひどい態度だと分かっていたが、自分を抑えることができなかった。

 道具を探しに行って光に包まれた後、次にタケルが目覚めたのはオフィスのソファーの上だった。阿満野はとても上機嫌で、タケルの胸にあるフクロウのペンダントがタケルの道具で、見つかってよかったと笑顔で言った。人を投げ飛ばしたことをすっかり忘れたような阿満野に対し怒りがぶり返したとき、光の中で聞いた関西弁がタケルの耳に聞こえた。

「やっとお目覚めかいな。人を起こしておいて自分はお寝んねなんて、いい身分やのお」

 かなり近い距離で声がしたのでタケルは辺りを見回したが、周りには誰もいなかった。

「あほ、お前、ここや、ここ、お前の胸のとこや」

 タケルが胸元を見るとペンダントのフクロウが喋っていた。

「うわ、何だこれ」

 タケルは驚いたが、場違いな関西弁が妙にゆるい空気を醸し出していて、普通なら感じるはずの恐怖を感じることがなかった。

「あほ、お前がわしを起こしたんやろ。そんで、わし、暫く寝られへんから、お前の相手したることにしたんや。感謝しいや」

「あほって、偉そうに。課長、よりにもよってどうしてこんなのが僕の道具なんですか。道具を代えていいですか」

 タケルは阿満野に向かって言った。

「駄目よ。貴方が、貴方の力がそのペンダントを選んだの。自分に合ったものを使わないと、十分に力を発揮できないわ」

 阿満野に代わりミコが答えた。いつの間にかミコは、朝と同じように地味なスーツを着て眼鏡をかけていた。

「お前な、わしは道具とちゃうで。ちゃんと名前もあるんや。そこら辺のものと一緒にすな」

 フクロウが怒って言った。

「他の道具もこんなに口が悪いんですか」

 タケルは思わず阿満野に聞いた。

「いや、喋る道具を見るのは初めだ。凄く面白いじゃないか。ところで名前は何なんだい」

 阿満野がフクロウに顔を近づけ、楽しそうに聞いた。

「わしか、わしの名前は、聞いて驚くなよ。ええか、ほんまに言うで、わしの名前は、ええと、あの・・・、ほら、あれや、あれ、ええっと」

「・・・ウルラ」

 一向に名前が出てこないフクロウの横で、鏡を見ていたミコが言った。

「そう、それや、それ。ウルラやウルラ。分かったか、ウルラや。よう覚えとけ」

 嬉しそうに大きな声でフクロウが叫んだ。

「そうか、ウルラか。じゃあ、ウルラは今日からタケルの道具・・・、あ、いや、バディとして一緒に頑張って貰おうか、な、タケル」

 阿満野がタケルの肩に手を置き、続けた。いつの間にかタケルの呼び方が山村君からタケルに変わっていた。

「じゃあ、早速これから一仕事、頼むよ。ミコ君が一緒に行ってくれるからさ」

「え、これからですか。もうすぐ退社の時間じゃないですか」

 タケルは驚いて聞いた。

「だって支店は昼間は営業してるんだから、僕達が仕事をするのは夜に決まってるだろ」

 阿満野がさも当たり前のことのように言った。

「だからうちの課はみんな、フレックスタイムで働いている。会社に来るのも帰るのもいつでもいい。ということで、ちゃっちゃと初仕事頼むよ。終わったら直帰でいいからさ。じゃあ、僕は昨日徹夜だったから帰るわ。お疲れ様、また明日」

 そう言うと、さっさと阿満野は帰っていった。

「山村さん、行きますよ。支店の皆さんが帰られたので、私達の仕事をしますよ」 

 タケルはミコの声で我に返った。水島の話を聞いた後、支店の皆が帰るまで暫く応接室で待機していたのだった。タケルは慌ててミコの後ろについて支店の営業場に出ていったが、初めて銀行の支店の中に入ったので、その思った以上に机が多く、雑然とした感じが珍しく、辺りをきょろきょろと見回していた。
 
「おい、いい加減ここから出してや」

 いきなりウルラが声を出した。ウルラのメダルはわりと大きいため、目立たないようタケルのシャツの下に隠していた。タケルはシャツの中からペンダントを引っ張りだし、そのままシャツの前に垂らした。

「ふう、やっぱり外の空気は美味いなあ」

 ウルラが大袈裟に言って、大きく深呼吸をした。タケルはウルラが吸った空気が何処に行くのか気になったが、下手に聞いて気を許したように思われるのが嫌だったので、何も聞かなかった。

「ここね」

 ミコが自分の鏡を見ながら、出納機の前で言った。タケルはミコが持つ、まるでタブレットのように見える鏡がミコの道具なんだと、漠然と考えていた。

「おい、タケル、わしらの仕事やろ。お前、もっと集中せい」

 ウルラがタケルを叱った。

 タケルは本当はやりたくなかったが、早く帰りたかったので、仕方なくミコが言った出納機の辺りを見てみた。何となく出納機の周りの空気がボヤけた感じで揺れているように見えたが、それ以上は分からなかった。

「女性がいます。泣きながら怒っています」

 ミコが鏡を見て言った。どうやら鏡にその女性が映っているようだった。

「僕には見えません。ミコさんがやってくれませんか」

 タケルはミコに聞いてみたが、ミコはきっぱりとした口調で言った。

「課長は山村さんの初仕事と言ってました。だから山村さんがやらなければ駄目です」

「でも、見えないし、どうしていいか分かりません」

 タケルは情けない声を出した。

「なっさけないやっちゃなあ、お前、そんな簡単に諦めるなや、ほんま。しゃあないから、わしがやったる。今日は最初やから特別や。わしをその機械にかざしてみい」

 タケルは言われた通りにウルラを出納機に向けた。するとウルラが光だし、その光の中にミコが言ったように泣いている女性が浮かび上がってきた。タケルは次にウルラがどうするのか興味を持った。

「こうするんや」

 タケルの気持ちが分かったかのようにウルラは言い、その光ごと女性を吸い込み、最後に大きなげっぷをしたのだった。
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