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プロローグ

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 僕こと白峰空太の耳には人の悪意が聞こえてくる。
 悪意が聞こえてくるといっても、超常的な力に目覚めて、突然聞こえるようになったというわけではない。物心ついた時からずっと聞こえている。
 悪意が聞こえるという特異な体質のためか僕は小学校、中学校に通っている間はほぼすべての時間を一人で過ごしてきた。
高校に入学してからもずっと一人で過ごしているし、高校一年の夏休み明け初日である今日も僕は机で読書をしながら一人で過ごしている。
 ちなみに読書を一人でいる理由に使っているのは、他人に意識を向けないで会話もしないで済む手っ取り早い方法であるからだ。
そうして、今日も誰にも興味を持たれることなく一人で過ごせるだろうとそう考えていた最中、
「ねえねえ、何読んでるの?」
と声をかけられた。
「あ、いや……」
 声を掛けられるということ自体が久しぶりだったため、思わず反応してしまう。
 瞬間、後悔する。これでまた、見知らぬ人間の悪意を聞くことになってしまうと。
 だが、目の前の人間からは悪意は聞こえてこなかった。
 
 人の悪意を聞くには二つの条件がある。
 一つ目の条件は、僕が人に何らかの意識や感情を向けることで、二つ目の条件は、人と会話をすることだ。だからこそ僕は教室では一人で過ごす方法として読書を使い、他人に意識を向けることがないようにしていた。
 だからこそ、後悔していた。突然の来訪という形だったとはいえ、会話をしてしまったから。そして、話しかけてきた相手が男子よりもたちの悪い悪意を持っている女子であったから。
 けれども、目の前の女子からは悪意が聞こえてこない。そんなはずはない。だって、どんな人間だって等しく悪意を持っているはずだ。悪意が聞こえない人間なんているはずがない。だって、それが人間だから。少なくとも、僕が今まで出会ってきた人間はみんな悪意を持っていた。だからこそ、目の前の女の子から悪意が聞こえないことを不思議に思いながら女の子の方を見てみる。何かを待っているような、そんな顔をしていた。そこで僕は、彼女になんの本を読んでいるのかを聞かれたことを思い出した。
「……有名な、作家が書いたものです……よく、メディア化もされてる本を書いている作家の……」
「へえ、そうなんだ」
 僕が本にかけていたブックカバーを外し、本のタイトルと作者がわかるように表紙を向けながら説明すると彼女はそんなふうに呟いた。
 目の前の女の子の質問にきちんと答えるのは、質問に答えなかった後が怖いからだ。
 目の前の女の子は、童顔ではあるが大きな瞳を持ち、ロングのサラサラとした髪をたなびかせている、背が高い女子だ。美少女というより美人な感じだった。そんな彼女はきっとクラスの中心的存在……すなわち陽キャだ。 
それに対して僕は、はたから見たらクラスで一人も友達を作らずにずっと本を読んでいる陰キャだ。陽キャの質問に答えなかった陰キャに待っているのはクラスメイトからのさらなる迫害だ。きっと今まで以上に悪意を向けられるだろう。それは、たとえ聞こえていなくても怖いのだ。だから僕はこうして彼女の質問にきちんと答えているのだ。
「私もその作家の本持ってるよ、面白いよね」
「え?」
 彼女からの返答に思わず、素っ頓狂な声が出る。だってこの本はメディア化された方こそは中高生にもわかるような構成になっているらしいが、本の中身自体は中高生には難しい内容で書かれているからだ。そんな本を読んでいるのなんてクラスの中で意識的に一人で過ごしている僕だけだと思っていたのに……
「なんで驚くの?」
「い……いや、その本ちょっと難しいから……」
「確かに難しいよね。ドラマとかはわかりやすくなってるけど」
「……そうですね」
 僕はドラマの方は見ていないのだが、本の内容自体は知っているのでそう答えておく。これでも、問題はないはずだ。
「私はドラマが面白くてこの作家の本を読み始めたんだよね~。そしたら少し難しいけど面白くて。あっという間に一冊読み終えちゃった」
「へえ……」
 そう答えながら、僕はこの会話の終着点を探っていた。
 陰キャと陽キャの会話においては、答えなかった場合だけでなく、長く会話を続けてしまった場合も地獄が待っている。
 そんな考えから、僕は彼女との会話を切り上げる方向にもっていこうとしたとき、彼女が
「じゃあ、これから毎日この作家について語り合いましょう。このクラスの数少ないこの本の作家のファンとして」
 と、机の上に置かれていた僕の本を手に取ってそんな爆弾発言を発した。
 彼女からはこの会話中、ずっと悪意は聞こえてこなかった。
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