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膨よかな水
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泉水はワタルのことで、ワタルの所属事務所、アリュールの小早川社長と話をしたいと思い、流星にアポイントメントを取ってもらうことにした。
流石に天下の御笠からの電話に、小早川社長も何事かと焦ったようだった。
「初めまして、御笠泉水と申します」
泉水は名乗ると、デスクの上の万年筆を指で回す。
『初めまして。申し訳ありませんが、お電話をいただいた理由がわからないのですが』
小早川社長は声の感じから、50は過ぎた男だった。
「ええ、突然のお電話失礼しました。実は、そちらに所属しているモデルのワタルの件で」
『ワタル?ワタルが何か、御笠さんにご迷惑でも?』
焦った声で小早川は言う。
「いえ、実は、小早川社長には内密にしておりましたが、現在ワタルは私がサポートしてましてね。彼がモデルを始める前から知り合いだったもので」
泉水の話に、ワタルが御笠グループの化粧品会社のCMに出た時のことを小早川社長は思い出した。その前からの知り合いだと聞いて違和感があった。
『サポートと申されますと?』
「現在、一緒に生活してます。あ、勘違いしないでくださいね。別に私達は特別な関係ではない。あくまで友人です」
流石にそこは嘘をついた。
『そして、このお電話の意味は?』
「そうですね、本題に入りましょう。ワタルの仕事をもう少し減らしては頂けませんか?」
泉水は椅子から立ち上がり、窓の外の煌めく夜景を見つめる。指で回していた万年筆を内ポケットにしまう。
『全てが突然過ぎますね。一体どう言うことかきちんと説明して欲しいのですが?』
小早川社長の声が低くなった。苛ついているようだった。
「ワタルはあくまでモデルとしてだけ仕事をしたいと言っています。ただ現状は、モデルというよりタレントだ。仕事の質を考えていただきたい」
泉水の言い方に小早川社長は頭に来ていた。
『失礼ですが、ワタルはモデルだけで食べて行けるスキルは持ち合わせておりません。メディアに出て始めて商品価値があるんですよ』
商品価値と言われて、泉水はカチンと来た。しかし、冷静に事を進めようと考える。
「では、仕方ないですね。ワタルは引退させます」
泉水の言葉に小早川社長はあははと笑った。
『分かりました。御笠さんを敵に回すことはできませんから。本気で引退をお考えですか?』
「仕事の内容を考えてはいただけませんか?」
『そうやって消えていくタレントを私は何人も見ています』
このまま芸能界に残りたいなら、今の生活を続けろと言われていると泉水は思った。
「分かりました。では、ワタルは芸能界から引退させたいと思います。後のことは弁護士を通しますので」
『待ってください!ワタルの可能性を摘むおつもりですか?ワタルを育ててきたのは私だ!ワタルはまだまだ先が見えるのに!』
焦り出す小早川社長に泉水は冷たく言い放つ。
「あなたにとってはただの商品だろうが、私にとっては大事な家族だ。いざとなれば、我が社で芸能部門を設立しモデルとして仕事を続けさせます」
雲行きが怪しくなってきたと小早川社長は思い、ある事を思い出した。
『確か、ピアニストの夕月美緒のスポンサーもされていましたね』
「ええ。マネジメントは彼の母親がやっています。彼は独立して活動していますが、これを機に、美緒とワタルの事務所を立ち上げても良いと思ってます」
これが狙いかと、小早川社長はもう何も言えなかった。
引退などと脅しをかけておきながら、ワタルを掻っ攫うつもりだと分かった。
『……分かりました。私の負けだ。そちらが言うように、後のことは代理人に一任します』
スマホの通話を切ると、小早川社長は悔しそうにデスクを叩いた。
「クソっ!御笠め!」
大手プロダクションのプライドを傷つけられ小早川社長は苛立つ。
しかし御笠を敵に回すことは出来ない。それこそ自分そのものが潰されかねないと思った。
小早川社長は仕方なく渋々ワタルを手放す事にした。
だが、簡単にワタルを手放すのも惜しい気持ちもあった。
スマホを出すと、ワタルのマネージャーに電話をかける。
「私だ。ワタルはまだ収録中か?」
『はい、後1時間で終わると思いますが』
仕事中に電話とは珍しいとマネージャーは思った。
「今、御笠グループの御笠社長から、ワタルの件で電話があった」
それを聞いて、マネージャーはヤバイと思った。
「ワタルが御笠と親しい知り合いだと知っていたんだな?一緒に住んでいることも」
否定はできないと思った。
「お前、クビな。受け持ちのタレントも満足に監視できないならいらねーよ。明日から来るな」
『ま、待ってください!俺は、ワタルの仕事だってちゃんと、取ってきてましたよ!』
「そのワタルがお前のことも裏切ったんだよ。うちの事務所辞めるってさ。だからお前ももう用無しだ」
小早川社長はそう言うと電話を切った。
マネージャーは放心状態だった。
「な、なんで?何があったんだよ、ワタル!」
マネージャーはその場に崩れ落ちた。ワタルに裏切られた気持ちでいっぱいだった。
確かにわがままもほとんど言わず仕事をこなしてくれていたが、その裏で実は事務所を辞めるつもりでいたのが許せなかった。
自分にまで内緒で事を進めていたのが許せなかった。
「ずっと御笠の家のことだって内緒にしてたじゃないか。なんで俺を裏切る?」
収録が終わるまでマネージャーは、ワタルに問いただすこともできずにただ悶々とするばかりだった。
1時間後マネージャーの予想通り収録が終わり、ワタルはスタッフと共に出てきた。マネージャーは無言のまま、ワタルと控え室に戻る。
「……ワタル、さっき社長から電話があった」
マネージャーの言葉にワタルはドキリとする。
「事務所辞めるんだってな」
泉水がそこまで話を詰めてくれたと知って、ワタルは嬉しそうな顔をした。
その顔にマネージャーは控え室の椅子を蹴っ飛ばした。ワタルはビクッとしてマネージャーを見る。
「どう言うことだよ!俺はお前のこと、社長に内緒にしてたんだぞ!なんで俺に何も相談もなく事務所辞めるんだ!」
ガッとマネージャーはワタルの腕を握る。
「お前が辞めるって話になって、俺までクビになったよ!明日から来るなって!どうしてくれるんだよ!俺の生活をよ!」
まさかの事態にワタルは言葉を失った。まさか、マネージャーまで被害が及ぶと思ってなかった。
「待って!落ち着いて!マネージャーまでそんな事になるなんて思ってなかったんだよ」
焦るワタルから目を逸らし、マネージャーは蹴飛ばした椅子を起こし座った。
「僕は、これからもマネージャーしてもらいたいよ!泉水さんに言うから!僕が事務所辞めて泉水さんの作った事務所に移るなら、マネージャーも一緒にって!」
その言葉を聞いて、マネージャーはワタルを見つめる。
「本当か?もう、裏切らない?」
マネージャーの顔が悲しそうにワタルを見つめる。
「うん!だって僕が芸能界にいられたのはマネージャーのおかげだよ!僕がマネージャーも連れて行くから!」
ワタルの熱のこもった言葉に、マネージャーは笑った。
「……分かったよ。もう一度信じるよ」
ワタルはホッとした。
しかし、あまりにも事が早急すぎて、ワタルは考えがまとまらなかった。
流石に天下の御笠からの電話に、小早川社長も何事かと焦ったようだった。
「初めまして、御笠泉水と申します」
泉水は名乗ると、デスクの上の万年筆を指で回す。
『初めまして。申し訳ありませんが、お電話をいただいた理由がわからないのですが』
小早川社長は声の感じから、50は過ぎた男だった。
「ええ、突然のお電話失礼しました。実は、そちらに所属しているモデルのワタルの件で」
『ワタル?ワタルが何か、御笠さんにご迷惑でも?』
焦った声で小早川は言う。
「いえ、実は、小早川社長には内密にしておりましたが、現在ワタルは私がサポートしてましてね。彼がモデルを始める前から知り合いだったもので」
泉水の話に、ワタルが御笠グループの化粧品会社のCMに出た時のことを小早川社長は思い出した。その前からの知り合いだと聞いて違和感があった。
『サポートと申されますと?』
「現在、一緒に生活してます。あ、勘違いしないでくださいね。別に私達は特別な関係ではない。あくまで友人です」
流石にそこは嘘をついた。
『そして、このお電話の意味は?』
「そうですね、本題に入りましょう。ワタルの仕事をもう少し減らしては頂けませんか?」
泉水は椅子から立ち上がり、窓の外の煌めく夜景を見つめる。指で回していた万年筆を内ポケットにしまう。
『全てが突然過ぎますね。一体どう言うことかきちんと説明して欲しいのですが?』
小早川社長の声が低くなった。苛ついているようだった。
「ワタルはあくまでモデルとしてだけ仕事をしたいと言っています。ただ現状は、モデルというよりタレントだ。仕事の質を考えていただきたい」
泉水の言い方に小早川社長は頭に来ていた。
『失礼ですが、ワタルはモデルだけで食べて行けるスキルは持ち合わせておりません。メディアに出て始めて商品価値があるんですよ』
商品価値と言われて、泉水はカチンと来た。しかし、冷静に事を進めようと考える。
「では、仕方ないですね。ワタルは引退させます」
泉水の言葉に小早川社長はあははと笑った。
『分かりました。御笠さんを敵に回すことはできませんから。本気で引退をお考えですか?』
「仕事の内容を考えてはいただけませんか?」
『そうやって消えていくタレントを私は何人も見ています』
このまま芸能界に残りたいなら、今の生活を続けろと言われていると泉水は思った。
「分かりました。では、ワタルは芸能界から引退させたいと思います。後のことは弁護士を通しますので」
『待ってください!ワタルの可能性を摘むおつもりですか?ワタルを育ててきたのは私だ!ワタルはまだまだ先が見えるのに!』
焦り出す小早川社長に泉水は冷たく言い放つ。
「あなたにとってはただの商品だろうが、私にとっては大事な家族だ。いざとなれば、我が社で芸能部門を設立しモデルとして仕事を続けさせます」
雲行きが怪しくなってきたと小早川社長は思い、ある事を思い出した。
『確か、ピアニストの夕月美緒のスポンサーもされていましたね』
「ええ。マネジメントは彼の母親がやっています。彼は独立して活動していますが、これを機に、美緒とワタルの事務所を立ち上げても良いと思ってます」
これが狙いかと、小早川社長はもう何も言えなかった。
引退などと脅しをかけておきながら、ワタルを掻っ攫うつもりだと分かった。
『……分かりました。私の負けだ。そちらが言うように、後のことは代理人に一任します』
スマホの通話を切ると、小早川社長は悔しそうにデスクを叩いた。
「クソっ!御笠め!」
大手プロダクションのプライドを傷つけられ小早川社長は苛立つ。
しかし御笠を敵に回すことは出来ない。それこそ自分そのものが潰されかねないと思った。
小早川社長は仕方なく渋々ワタルを手放す事にした。
だが、簡単にワタルを手放すのも惜しい気持ちもあった。
スマホを出すと、ワタルのマネージャーに電話をかける。
「私だ。ワタルはまだ収録中か?」
『はい、後1時間で終わると思いますが』
仕事中に電話とは珍しいとマネージャーは思った。
「今、御笠グループの御笠社長から、ワタルの件で電話があった」
それを聞いて、マネージャーはヤバイと思った。
「ワタルが御笠と親しい知り合いだと知っていたんだな?一緒に住んでいることも」
否定はできないと思った。
「お前、クビな。受け持ちのタレントも満足に監視できないならいらねーよ。明日から来るな」
『ま、待ってください!俺は、ワタルの仕事だってちゃんと、取ってきてましたよ!』
「そのワタルがお前のことも裏切ったんだよ。うちの事務所辞めるってさ。だからお前ももう用無しだ」
小早川社長はそう言うと電話を切った。
マネージャーは放心状態だった。
「な、なんで?何があったんだよ、ワタル!」
マネージャーはその場に崩れ落ちた。ワタルに裏切られた気持ちでいっぱいだった。
確かにわがままもほとんど言わず仕事をこなしてくれていたが、その裏で実は事務所を辞めるつもりでいたのが許せなかった。
自分にまで内緒で事を進めていたのが許せなかった。
「ずっと御笠の家のことだって内緒にしてたじゃないか。なんで俺を裏切る?」
収録が終わるまでマネージャーは、ワタルに問いただすこともできずにただ悶々とするばかりだった。
1時間後マネージャーの予想通り収録が終わり、ワタルはスタッフと共に出てきた。マネージャーは無言のまま、ワタルと控え室に戻る。
「……ワタル、さっき社長から電話があった」
マネージャーの言葉にワタルはドキリとする。
「事務所辞めるんだってな」
泉水がそこまで話を詰めてくれたと知って、ワタルは嬉しそうな顔をした。
その顔にマネージャーは控え室の椅子を蹴っ飛ばした。ワタルはビクッとしてマネージャーを見る。
「どう言うことだよ!俺はお前のこと、社長に内緒にしてたんだぞ!なんで俺に何も相談もなく事務所辞めるんだ!」
ガッとマネージャーはワタルの腕を握る。
「お前が辞めるって話になって、俺までクビになったよ!明日から来るなって!どうしてくれるんだよ!俺の生活をよ!」
まさかの事態にワタルは言葉を失った。まさか、マネージャーまで被害が及ぶと思ってなかった。
「待って!落ち着いて!マネージャーまでそんな事になるなんて思ってなかったんだよ」
焦るワタルから目を逸らし、マネージャーは蹴飛ばした椅子を起こし座った。
「僕は、これからもマネージャーしてもらいたいよ!泉水さんに言うから!僕が事務所辞めて泉水さんの作った事務所に移るなら、マネージャーも一緒にって!」
その言葉を聞いて、マネージャーはワタルを見つめる。
「本当か?もう、裏切らない?」
マネージャーの顔が悲しそうにワタルを見つめる。
「うん!だって僕が芸能界にいられたのはマネージャーのおかげだよ!僕がマネージャーも連れて行くから!」
ワタルの熱のこもった言葉に、マネージャーは笑った。
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