インシデント～楜沢健の非日常〜

●人生の墓場●

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文香は紅茶を淹れて、健の手土産のアップルパイを切り分けた。
健が手を出そうとすると、文香はとても嫌がった。

「動けないと言っても病人じゃないのよ。健ちゃんのおもてなしぐらい出来てよ」

クスクス笑いながら、文香は手際良く健の前に紅茶とアップルパイを置く。

「智和さんはまだ帰ってないんですね。忙しいんですか？」

もうヘルパーも帰っていて文香1人だった。

「会社経営者と言っても中小企業だもの。高麗鼠のように毎日走り回ってるわ。従業員が優秀なお陰で、会社も回っているようなものよ」

智和が会社を設立してから、文香も取締役の一人となった。
月に何度か、役員会議や会計士との打ち合わせに出勤することもある。

「でも文香さんは無理しないでくださいね。なんでも父に頼んでくださいよ」

名ばかりの社長の尻拭いは、文香が請け負っていると言っても過言ではなかったが、今では葵も文香の力になって智和の会社を支えていた。

「無理なんてしてないわよ。リハビリも週に1度は通っているし、色々気分転換も出来ているわ」

文香がただ家に引きこもっているだけではないことも知っているので、健はこうしてたまに様子を見に来るだけでも安心できていた。

「では、次回は食事に付き合ってもらおうかな。文香さんとゆっくり夕飯を一緒にしたいです」

「健ちゃんにエスコートしてもらえるなんて光栄だわ。うんとおしゃれしないとね」

ふふふと嬉しそうに文香は微笑む。