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プロローグ

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2022年。

楜沢健は救命救急センターのある病院に救急車で搬送され、到着後直ぐにストレッチャーで処置室に運ばれた。
健は白昼、大勢の通行人がいる街中で、疋田逸郎ひきたいつろうに刺されたのだった。

「家族とはまだ連絡が取れないか?検査結果を早く!」

「免許証から警察が連絡していると思います!」

医師や看護師達は懸命に、健が受けた右の腰の刺創の処置を施す。

「先生!血液検査の結果なんですがッ!」

それを見た年配の医師が、検査結果に驚きの表情をする。

「……嘘だろ?……マジかよ。まさか…………なんて」

医師の言葉に、処置室の空気が一気に張り詰める。

「直ぐに輸血が出来ない以上、とにかく止血が最優先だ!血液センターに連絡してくれ!俺が説明する!それと希釈式自己血輸血の準備を!」

処置室は戦場と化した。
輸血が出来ないと言うことで行われる希釈式とは、術前に健の血液を採取し、術中健自身の血液を希釈し、術後採血した血液を戻す方法だった。
健が受けた傷は内臓に達してはいなかったが、これ以上一滴の血も無駄には出来ない状況でもある。万が一大量出血を起こせば血液が足りなくなる。

「楜沢健の家族の者です!」

健が処置を受けている間に連絡を受けた、養父の楜沢葵がやっと病院に到着した。
葵を待っていた30代の男性看護師は、葵に現在の状況を説明する。
直ぐに輸血が出来ない状況を知り、葵は真っ青になり目の前が真っ暗になった。

「我々も最善を尽くしておりますが、万が一、輸血に頼らなくてはならなくなった場合や血液センターにストックがなかった場合など、最悪の状況も覚悟してください」

看護師も辛い立場での宣告だった。
万が一輸血になった場合、助けられる命を助けられないかもしれないのだ。

「最悪の状況だと?そんなもの覚悟できるかッ!」

葵は取り乱し、両手で頭を抱えるとその場に蹲る。

「助けてやってくれ。お願いだ……まだ健を連れて行くな。弥之、雛絵さん……健を、健を助けてくれッ!」

葵の悲痛な叫びに、看護師は跪くと葵の体を支えて立ち上がらせようとする。
その時、バタバタと足音が響き渡った。
健の実の弟の、石浜静真が遅れて駆けつけたのだった。

「おじさん!兄さんは?」

静真が真っ青な顔で葵を見る。

「……まだ処置が終わっていない。でも大丈夫だ。健はこんな事で死にはしない。絶対に戻って来る」

葵が静真と長椅子に腰掛けたので、看護師は家族が到着した事の報告をするために処置室に入っていった。
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