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第一部 現代編――。

第一〇話 姫君は何故にこっちに?

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 人を舐め切った不遜な態度で物を言うくらいだから、それは恐らく高位の悪魔だったに違いない。
 だがしかし。マリアンヌ嬢に一方的に蹂躙され嬲られまくった挙句、細切れに寸断されたあとでは、最早、確かめる術はない――。

「ふぅ――かなり物足らぬが、あまり贅沢は言うまいて。久々に本来の姿でどつき倒してくれよったので多少の気は晴れた」

 未だゲシゲシと名残り惜しそうに、ミンチと化した残骸を踏み散らかすマリアンヌ嬢。

「とても優雅に御座いました。さすがマリアお嬢様に御座います」

 マリアンヌ嬢の元へ駆け寄るゲシュタルト君は、何処から出したのか、日本手拭いを献上して跪き畏った。

「うむ、気が利くのうゲシュタルトよ。――して、駄肉じゃじゃ馬娘はどうよ?」

 日本手拭いで汗を拭き、ゲシュタルト君に投げ渡すと、優雅な立ち居振る舞いでスタスタと姫君の元へと歩み寄る。

「これだけの大騒ぎの中、グースカと寝ていられる太々しい神経とは……全く。存外、したたかな奴よの? これ、起きぬか」

 姫君の頬っぺたを力一杯、それも容赦なくの往復ビンタをかますときた。

『魔力枯渇で気を失っているように御座います。補填して差し上げれば、直ぐにお目覚めになられるかと具申致しますが?』

 往復ビンタのマリアンヌ嬢を諫めもせず、しれっと報告するミサだったり。


 やっぱ姫君になんぞ恨みでもあるん、ミサ?


「ミサのように、魔力代わりに電気で代用できれば、即解決するんだけどな?」

 魔力など、この世界にはない。
 補充しようとしても、できないって言う縛りがある。

「ならば物は試しだ、主よっ! 家に掻っ攫って、ミサのように尻にプラグでも指し、電気とやらで補充をさせれば良いのだっ! 高貴な身分の所為で、おそらく男を知らぬ生娘に違いないであろう? 妾が存分に辱めて嬲ってやるわっ! お~っほっほっほ! ザマァだの、小娘! お~っほっほっほ!」

 めっさ嬉しそうに高笑いするマリアンヌ嬢。


 えっ⁉︎ ミサのように尻にプラグっ⁉︎
 そこに差してるなんて、いつ見たん?


『マリア様……お言葉ですが、尻にプラグなどと言う卑猥で破廉恥な補充方法では、断じて御座いません』

 真面目顔で否定するミサだった。だがしかし。

「ならば何処から吸い上げておるのじゃ? ほれ、早う説明せぬか?」

 なんとも美女にあるまじきエゲツない笑顔になって、差してる場所についてを詰問する始末。

『い、言えない……所に……御座います……』

 俯き加減に恥じらいつつ、言い淀みつつも否定するミサ。


 い、言えない所なのかっ⁉︎


「なぁ、主よ。妾の気の所為かも知れぬが……其方、少々、下衆化しておらぬか?」

「あーうん、すまん。ちょっとだけな?」

「ははぁ~ん? 何を頬を朱に染めておるのじゃ? ん? ほれ、妾の顔を見てちゃんと話さぬか。人と会話する時は、目を見て話すが道理であろう? ん~?」

「あー、うん。ごめん。勘弁して」

 美女にあるまじきエゲツない笑顔から、更にジト目になって俺を覗き込むマリアンヌ嬢に、タジタジになってしまった……。

 実は絶世の美女過ぎて、なんとなく照れてしまうんだよねぇ。
 マリーの時は可愛いは正義とほっこりさせられるけども、マリアンヌ嬢の本来の姿の時は、妖艶なまでの色気と、色々と凄い、なまら凄い部分が目に毒でね。
 意図せず魅了されてるんじゃないかと思うほど、俺の中での存在が大きく膨れ上がるんだよな。


 間違っても、腰の俺自身のことではない。


 まぁ、性格がアレでなく淑女の嗜みだったなら、親密なお付き合いもやぶさかでもなかったってのは秘密。特にミサには。
 
「ならば私めが、姫君に魔力譲渡を施して差し上げましょう。恐れながら失礼致します――」

 イケメン真面目顔のゲシュタルト君が執事の嗜みで傅くと、姫君の手を両手でそっと包み込むように握った。


 何故かは俺の知るところでは全くないんだけど、姫君の手を包む手つきが妙に如何わしく。


 魔力の譲渡って、こっちの世界でもできたんだと変な感心をしつつ見ていると、淡い紫色の輝きが姫君に伝播して全身を包み込み、まるで吸い込まれるようにして消えていった。

「はぁはぁ――かなり持っていかれました――はぁはぁ」

 そしてゲシュタルト君から、醜い禿げた中年太りなおっさんの姿の下衆徒君に戻ったあとは、脂汗を掻いて苦しそうに身悶えつつ、がくりと膝をついた。


 何故かは俺の知るところでは全くないんだけど、未だに姫君の手を包む手つきが更に如何わしく。


「余計なことをするでないわっ! お陰で妾の愉しみが一つ減ったではないかっ! 下衆、この落とし前はどうしてくれようぞ?」

「ああ……久方振りのマリアお嬢様本来のお姿で、躾けて頂けるので御座いますね! 嗚呼、なんと言う至福――はぁはぁ」


 見てて気持ち悪いんだけど?


「下衆……荒げる息の質が変わりおったな? よ、寄るなっ! 妾が穢れるっ! 孕むっ! この姿では、それは洒落にならぬっ!」

「はぁはぁ――はぁはぁ」

 下衆徒君をゲシゲシと足蹴にするマリアンヌ嬢。
 当然、ひたすら身悶えて喜ぶ下衆徒君。


 やっぱ見てて気持ち悪過ぎなんだけど?


 ◇◇◇


「――ミサ、姫君の具合は?」

 二人は華麗にスルーしておき、姫君を抱きかかえるミサの方へと歩み寄り、膝をついて蹲み込む。

『呼吸も安定。じきに目を覚まされると思います。下衆徒様のおかげに御座いますね』

 気持ち悪い醜態を晒す二人を背景に、とても和やかに微笑むミサ。


 シュールだな、うん。


「んじゃ、家に連れて帰ろうか。詳しい事情は目を覚ましたそのあとにでも、ゆっくり尋ねれば良いさ――よっこいしょ。……また太りやがったなこいつ」

 抱きかかえるミサから姫君を預かり、


 本物のお姫様にお姫様抱っこなんて、贅沢すぎるでしょ?


『――ぷ。姫君だと言うに雑な扱い。流石に鬼畜に御座いますね。あと『雌豚』と言うお言葉だけは、姫君に対して絶対に使ってはなりませんよ、サバト様』

「解ってる。それは言えってことだろ? あとな、俺は雌豚とは言ってないけどな? ――さて、人が来る前に行くぞ。側から見たらさ、どう見たって人攫いだからな、俺」

 米俵を担ぐ格好で姫君を担いでいる俺は、スタスタと出口へと向かう。

『マリア様、下衆徒様。キモい漫才をしておられずに、戻りますのでお支度願います』

「――下衆、お前はここで死ねっ! 死んでおれっ! 着いてくるでないわっ! 妾が穢れるっ! 孕むっ! 洒落にならぬっ!」

「――ああ、その蔑むお顔とお言葉が……くぅ! た、たまりません!」

「変態めが!」『激しく同意に御座います』

「嗚呼~」

 飄々と踊りながら逃げるようにやって来るマリアンヌ嬢と、芋虫のように這って追いかける下衆徒君。
 それを気持ち悪い物を見る蔑んだ目で、何処から持ってきたのか、良い感じの棒で追い立てるミサ。


 なぁ……高位の悪魔が渡ってきた緊急事態だったって解ってる、君達? 真面な思考ができる奴は、誰も居ないの?


 姫君を担ぎながら、園児が戯れるに等しいその光景を、げんなりと眺めていた俺だった――。



 ――――――――――
 悪戯はまだまだ続く。(笑)
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