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第七幕。

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 風呂を済ませ身を清めた後、脱がされたままで放置されている甲冑と着替えを、顰めっ面でじっと見つめていた私。

 そう――替えを持って無い事に気付いたからだ。
 元から着ていた衣服には、物の見事な大穴が開いている。
 加えて、血の跡やら付着物で、酷く汚れてしまってもいる。
 どうこう出来る程度では断じて無い状態なのだ。
 折角、身綺麗になったと言うか――洗ってもらったと言うのに、再び袖を通したいとは断じて思わない……どうしたものか。

「――なんだ? 着替えの事で悩んでおるのか?」

 投げ出されている衣服の前で、顎に手をやり考え込んでいると、紅き竜が湯船から上がって声を掛けてきた。

「まー、そうなんだが。見ての通りの酷い有り様で、どうにも着る気にならん。……かと言って、いつまでも私のむごたらしい裸体を晒している訳にもいくまいので、どうするか悩んでいた」

「儂は一向に構わんが? ――そうもいくまいか。其方、儂について参れ」

 美しい裸体を惜しげも無く晒し、堂々と優雅に私の前を歩いて行く紅き竜。

 そして言われた通り、紅き竜の後ろを付き従って歩く私。

 風呂場の小屋から外に出て、母屋の玄関を潜って直ぐの部屋に案内された。
 とても上品かつ清潔な造りの部屋――あくまで部屋は、だが。

「この中から使えそうな物を見繕うが良い。着れる物何ぞも混じっておるだろう」

「――紅き竜よ。貴女はもしかして、片付けると言う言葉をご存知無いのではないか?」

 部屋の様子を目の当たりにし、呆れ気味に尋ねてみる私。

「ん? 失敬だの、知っておるに決まっておろうが。変な奴よの? 興味が無い物は此処に置いておる。捨てるのも忍び無い故、一応は保管しておるのだ。一応な?」

 悪びれる事なく、平然と答える紅き竜。
 実は、小綺麗な部屋に反して、中が酷い有り様だったのだ。
 ありとあらゆる物が無造作に投げ捨てられ、足の踏み場も無い程に雑然としているばかりか、嵩張る物は部屋の隅にぎっしりと適当に積まれているのだった。
 この酷い有り様を見たら、言われるまでも無く、興味が無いのが一目で解った程に。

「紅き竜よ、それは保管とは言わない。使えるかもしれないから取っておこう、置いておこうは、一番、駄目な事で散らかる一方だぞ?」

 一応、知っていた常識的な意見を述べる私。

「其方、何処かのしゅうとめか? 邪魔になれば捨てれば良いのだ! 捨てれば!」

 若干、しかめっつらになって、子供の我儘の様に言い捨てる紅き竜だった。

「本末転倒だな。物色ついでに、私が整理しておこう」

「――誠か! 本当に頼めるのか!」

 私が僅かばかりの礼代わりに提案すると、感極まった笑顔で答える紅き竜。

「何、貴女では無いが構わないさ」

「ならば、此処にある物は其方の好きにするが良い。貴重な物、危険な物も混じっておるやも知れんが、それも其方に任す!」

 貴重な物は解る……だが、危険な物まで取っておく意味は無いと思うんだが? さっさと捨てておいてもらいたい。

「済まない――宝探しの気分で漁ってみるよ」

「うむ。儂は着替えを取りに別室に――。おっと、そう言えば忘れておった! 済まぬ、直ぐ済ます」

 そう言って指をパチンッと鳴らした紅き竜。
 直後、私と紅き竜の周りに、肌に心地良い微風が吹きつけた。
 気付けば、身体に付着して残っていた水分が、僅か一瞬で綺麗に飛ばされた。
 濡れていた髪にしても完全に乾いている。

「これで良いの。儂も着替え終えたら食事の用意をしておく。後で呼びに来よう。――では、頼む」

 そう言って、私からの返事も待たず、部屋の奥へと嬉しそうに颯爽と消えていった。

「完全に水気が飛んでいるな? 紅き竜の生活魔法と言った所か。タオルにドライヤー要らずって言うのも流石だな……」

 自分の着る物を探す為とは言え、素っ裸で部屋の片付けを始めるのだった。
 独り言ちりながら、部屋一杯に撒き散らかされた品々を次々と物色していく私。
 そんな滑稽な私に、なんとなく笑いが込み上げ、自然と自嘲気味に微笑んでいた。

 それから暫くの間、刻の経つのも忘れ、一心不乱に片付けていく私――。

 途中で運良くした、仕立ての良い衣服や、見た目も良く使い勝手の良さそうな装備品等を、試着がてら身に付けて身形を整え、要る要らないを選別しながら、ひたすらに熟していった。

「其方、片腕だと言うに中々に手際が良いの。それに見違えた――部屋も、其方も」

 程なくやってきた紅き竜は、綺麗に整理整頓された部屋を見渡して、開口一番、感心した様に私を褒めてくれた。

 紅き竜が褒めてくれた私が、今、身に付けている物――。

 胸には鞣革なめしがわで作られた、三角形の薄手の胸当てで大穴を隠し、腹には腹巻みたいな装具を覆って同様にした。

 その上に仕立ての良い衣服と真新しい白き甲冑を身に纏い、ゆったりとした黒いローブを羽織って、左袖は邪魔なので結んである。

 腰には価値は解らないが、安モノでは無いと思しき長剣、背中には同様の盾を背負っていた。

 そんな姿で、褒めてくれた紅き竜の前に立っていた私だったが、我を忘れ、暫し見入ってしまっていた――。

 紅き竜にしても、部屋着にしてはかなり上等な、ゆったりとした衣服に身を包んでおり、美しさに磨きが掛かっていたのだ。

「――おっと、済まない。紅き竜よ、私が着込んでいるモノもそうだが、この辺りのも出来れば頂戴したいのだが……構わないか?」

 着込んでいる衣服と装備を指した後、譲渡の許可を申し出て、部屋の隅に別で纏めて置いた物に視線を向けて尋ねる私。

 少々、図々しいとは思うが、私は今、未知の異世界に居る。
 これからの事も考えて、冒険に役立ちそうな道具を見繕っておいたのだ。

 私の持つにわか知識で選定したに過ぎないが……多分、間違ってはいないと思う――。



 ――――――――――
 気になる続きはCMの後!
 チャンネルは、そのまま!(笑)
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