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◇第一部◇

第十六話 腐っても人でありたい。【前編】

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 日が暮れる頃まで散策し帰ってくると、例の如くボロッボロのアパートの一角に寄り集まって、何やら愉しげに井戸端会議を行なっていた住人達。

 今日は珍しく、加藤さんの娘さんも一緒にいた。

「ただいま~」

 寄り集まっている皆の元へ駆け寄り、帰宅の挨拶をする佐藤さん。

「よっこいせ」

 荷台から戦利品たる玩具を次々と下ろし、運んでいく俺。

「僕も手伝います」「儂もな?」

 鈴木さんと田中さんも手伝ってくれた。

「……?」

 加藤さんに手を引かれ、一緒に居る娘さんは、不思議そうにこっちを見ていた。

「ほら、沢山のお土産だよ?」

「……?」

 そう娘さんに俺が告げると、なんだろうと首を傾げて目で訴えてきた。

「さてさて、気に入った玩具は、ちゃんとあるかなぁ~?」

 仰々しく大袈裟な身振りで伝えると、静かに肯く俺。

「……!」

 両手を祈るように合わせて、ワァっと大きく口を開き、パァっと目を輝かせて喜んでいるのを表現すると、沢山の玩具の山に飛びつき、一生懸命に選び始める娘さんだった。


 声帯が損傷して潰れており、声を発することができないから、ジェスチャーで意思疎通をするんだよ。


「山田さん、佐藤さん……本当に有難う。この恩は一生……私は一生忘れない……」

 腐った顔を涙のような体液でくしゃくしゃにして、俺の手を取って頭を深々と下げる加藤さん。

「……!」

 そして目を真ん丸に見開いた娘さんが、玩具の山から取り出したのは、佐藤さんの選んだ縫いぐるみだった。

「……? ……?」

 熊と兎を並べるように座らせて、一生懸命交互に見やる娘さん。
 どうやら、どっちにしようかと迷っているみたいだった。

「気に入ったのなら、二つとも良いわよ?」

「……⁉︎」

 佐藤さんがそう優しく伝えると、頭を大きく横に振ってダメダメと伝えてくる。

「……!」

 そして佐藤さんの選んだ、リラックスできる熊を大事そうに抱きこんで、満面の笑みで血染めの継ぎ接ぎ兎を佐藤さんに手渡した。

「じゃあ、お姉さん、遠慮なくこっちの子を貰うわね?」

「……♪」

 娘さんから手渡され、そっと受け取った佐藤さん。
 娘さんの頭を撫でて、優しく微笑み返す。


 佐藤さん、自分用に兎を持ってきた筈なのに……ちゃんと選ばしてあげるなんてね。
 やっぱり心根の優しいゾンビなのな。


「……♪」

 リラックスできる熊を大事そうに脇に避けて、再び玩具を漁りだす娘さん。

 動物のドールハウスとか着せ替え人形を手にする度に、屈託のない無邪気な笑顔を俺達に見せてくれた――。


 可愛いは正義だな――ゾンビでも。


 この屈託のない無邪気な笑顔を、俺はいつまで見ていられるのか。

 そして、いつまで側に居て、この笑顔を護ってあげられるのだろうか。

 この子が腐りきって朽ち果てるのが早いか、俺が死ぬのが早いか。


 いずれにせよ、いつか終わりは訪れる――。


 そんな寂しいことが頭に過りつつも顔には出さず、今のこの小さな幸せを噛み締めて、ただ、娘さんを見ている俺だった――。


 こんな無邪気な小さな女の子を差し置いて、この敗退した世界にただ一人、正しく人として残された運命を――少しだけ呪って。


 ◇◇◇


 その日の夜、俺の部屋のドアをノックする音がしたので出迎える。

「こんばんは……早速、来ちゃいました……けど、良かった?」

 手に大きなビニール袋を提げて、昼間のまま化けた姿のままで立っていた佐藤さん。
 和かだけど、ちょっと申し訳なさそうに尋ねてくる。
 どうやら約束通り、宅飲みに付き合ってくれるらしい。

「いえいえ、全然! そんな、構いません! 寧ろ、レッツゴーでカムヒヤなヒャッハーですよ!」

 赤の他人な超絶美人が、生まれて初めて俺の部屋に訪ねてきたことに、テラMAXに動揺しまくった俺!


 何を言ってんだよ、俺は!


「お邪魔しますね……うわぁ……明るい。しかも綺麗にしてますよね」

 脱いだ靴を優雅な仕草で揃え、電気の灯る俺の小綺麗な部屋を見て、少し感動したらしい。

「どうぞ。男一人暮らしの何もないところ――」

 ちゃぶ台に座布団を敷き促そうとしたら、ちゃっかり家探しを始めだす佐藤さん。


 良くある隠し場所の定番、布団の下とか本棚の隅とか、机の引き出しとか遠慮なくね?


「――言っときますけど、ご期待に添えるような疚しい品々はないっすよ? 恥ずかしい本とかないっすからね? ――ビール持ってくるんで、大人しく座ってて下さい」

「あ、ちょっと待って。――じゃ~ん、差し入れです」


 冷蔵庫に向かおうとした俺を呼び止めて、手に提げていた大きなビニール袋を見せつけて悪戯っぽく笑う。

「差し入れって――まさか腐った食材、或いは人肉とか」

「ナイナイ。流石にそれはない」

 ビビる俺にジト目で呆れる佐藤さん。


 だってさ、ゾンビのつまみって言ったら――。
 ごめんなさい。


「よいしょと……」

 大きなビニール袋からまず取り出したのは、実に可愛いエプロンだった。

「――じゃあ、台所借りるわよ?」

 素早く身につけて、俺の許可も待たずに、いそいそと台所へ向かう佐藤さん。
 後ろ姿が新妻のそれっぽく、そして何気に似合い過ぎてて怖い。


 夢にまで見た、まさかの手料理っすか?
 定番の人肉ハンバーグ――。
 ごめんなさい。


「レトルトとか缶詰を合わせて、軽く物を作るから。出来たら一緒に食べよ?」

 テキパキと準備しながらウィンクを放つ、相変わらずあざとい仕草を、ちょいちょい挟んでくる佐藤さん。

 オール電化なので一通りは使えるが、調理道具を洗う水が勿体ないので、ほとんど使ってはいない。
 紙皿や紙コップ、割り箸は捨てれば良いんだが。

 だがしかし、こんな機会は今後は望めない、本当に貴重な女性の手料理だ!
 そんな些細なことはスルーして、贅沢にいこう――って、そう言えば……。


「――味、解るんです?」

「――勘」「左様で」


 俺の心配は、一言で両断された――。



 ――――――――――
 退廃した世界に続きはあるのか?
 それは望み薄……。
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