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第一章 人外の冒険者。

04 俺と腐れ縁の副団長。

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 この場に似つかわしくない声の主は、姫騎士然とした凛々しくも美しい、気品ある整った顔立ちの妙齢の女性。

 エロイース聖皇教会直轄聖騎士団、フローレンス副団長その人だ。

 職員の誰か、或いは野次馬の誰かが呼んだのだろう。まぁ騒ぎを聞きつけ出張ってきたらしい。

 その制止の声があがった直後には、随伴していた数十人の騎士らが荒くれ三人を取り囲み、速やかに取り押さえた。
 おかげで大なり小なりの器物損壊などを含む大乱闘、周囲に死傷者が出る騒ぎ手前で事態が収拾することとなった。

 揉め事の発端である荒くれ三人側については、問答無用で拘束されたまま連れて行かれる。
 だがしかし。俺たち三人側については、一切のお咎めはなかった。


 ◇◇◇


 随伴の騎士らに指示を出し終え、喧騒甚だしい場を収めた副団長。次は何故か物凄い笑顔で俺の元へとやってくる。

「久しいなノア。今日も二人の引率か?」

 そして俺の姿に臆することなく、愛称呼びで親し気に話しかけてくるのだった。

 実はそれは当然のことだったり。
 何せ彼女とは旧知の中であり、顔見知りどころか知り合いも知り合い。
 正しく人の姿で冒険者だった頃の俺を知る、今では友人のひとりであり、元冒険者仲間だからである。
 更に言えば、どれだけ切っても全く切れない腐れ縁……まぁ良くない方の意味で。

「私からのは……いつも断るクセに」

 頬をぷぅっと膨らまし、甘え気味にそんなことを言ってくる。
 俺の方が背が高い分、更に上目遣いとなっている。意図せずともあざとさ全開だな。

「そう妬いてくれるな、フロウ。誘いを受けると俺が地獄を見る(過酷なまでに色々とな?)」

 長い舌を出したり引っ込めたりしつつ、本音を隠して言葉を濁しそっけなく答えておく。
 実のところフロウのお誘いとは、特定の事情によって用事につき合ってもらう意味であり、相引きでの意味ではないからだ。
 受けたが最後、決まって生きるか死ぬかの修羅場へと放り込まれるからな。

「なぁ……あの人って、聖皇騎士団の副団長、鬼のフローレンス様だろ?」

「そんな御方と愛称で呼び合う仲って……ま、まさかの恋人かっ⁉︎」

「絶世の美女と蜥蜴の魔物でか? 禁断の恋ってのは笑えんぞ? あり得なさ過ぎるだろう……」

「副団長のあの笑顔見てみ? あんな表情見たこともない」

「それにすっごい親し気だけれども?」

「じゃあ、どう言う関係なんだ?」

「ざわざわ……ざわざわ……」

 周囲の野次馬から。色恋の意味での誘いとでも勘違いしたんだろうか。
 まぁ……仰る通りの美女だからなぁ。それが俺のような魔物然とした者に臆することなく、さも当然の如く愛想を振り撒いてるんだから……そりゃ驚くのも当然だと思う。

「今更だけどさ……ノワールって本当は何者?」

 カテルも野次馬らと同様、目を見開き唖然としてるみたいだが。

「わかったっ! ノワールの彼女さんなんだっ!」

 カテネは真逆の平常運転。言葉通りに真に受けての天然炸裂ときた。

「わわわ、私如きがっ⁉︎ ノノノ、ノアのっ⁉︎ かかか、彼女っ⁉︎」

 顔を真っ赤にし、狼狽えつつも身悶えて恥じらうフロウ。
 蜥蜴人たる俺の彼女と言われているのに、どうやら満更でもないご様子――って、おいおい。普通は嫌がる、或いは怒っても良いところじゃない? 何、その悦りきった顔は? 副団長の威厳も尊厳もないな。

「おーい。私如きって自己評価低過ぎん? フロウならまず間違いなく引く手数多だろうが? それはつまり相手も選り取り見取りなんじゃねぇの? 俺は男前どころか人ですらない蜥蜴人だぞ? 良いんかそんなで?」

 長い舌を出したり引っ込めたりしつつ、限りなく事実な世辞を織り交ぜて茶化しておく。

「ば、馬鹿者! お、大馬鹿者! こ、このうつけ! ば、馬鹿馬鹿馬鹿!」

 すると耳まで真っ赤っかにしつつ、謎に憤慨する――って、子供の照れ隠しかよ? そんな可愛い子ぶれる歳か?

 実はフロウ。エルフでもなんでもない純粋な人族だと言うのに、俺と冒険をともにした若かりし頃の絶頂期から、一切老いていないってんだから……俺以上に謎だ。

「多方面で絶大な人気を誇る見目麗しいフロウだけどな? こう見えて実は意外にも良い歳したおばぁち――って、痛ぇっ⁉︎」

 可愛い子ぶってるフロウを生暖かく見守る皆に対し、勘違いを正すついでに単に若く見えるだけのご年配だと暴露してやろうとしたら、いきなり尻尾を剣で抉ってくるときた。

「おい、ノア。今、何を言おうとした?」

 尻尾の横に突き刺さる剣越しに覗くフロウの超絶笑顔。ヤだ怖い、目が笑ってない。

「じ、冗談だ、冗談を言おうとっ⁉︎」

 尻尾を手繰り寄せ、抉られたところを確認しつつ後退る。

「今言おうとしたことは、冗談などで言って良いことなのか? ――そうか。死にたいのか? 死にたいんだな?」

 床に突き刺さる剣を引き抜くと、ゆらゆらと揺蕩って不気味に笑うフロウ。

「死んで詫びるのが当然だな?」

 口端だけを不気味に吊り上げて、不敵に薄ら笑いながら揺蕩いつつにじり寄ってくる。

「怖っ⁉︎」

「怖い? 誰が?」

「謝るっ、謝るからっ!」

「謝って済むなら騎士団は要らないだろう」

「話せばわかる!」

「良いだろう。久しぶりに心ゆくまできっちりと、理解するまでひたすらに語り明かそうか?」

「おぉ痛ぇ……結構深く抉ってくれやがって……痛覚の鈍い尻尾でも結構痛いんだぞ!」

「今のノアは腐っても蜥蜴だろう? 輪切りにしても直ぐ生える」

「生えねえよっ⁉︎」

「ついでにお節介な言葉を吐くチョロチョロと目障りなその鬱陶しい舌も、三つか四つか五つに刻んで割ってやろう」

「刻まれたら確実に死ぬわっ⁉︎」

「きっと二、三回死んでも、ノアならたぶん大丈夫だろう」

「大丈夫じゃねぇよっ⁉︎ 俺だって死んだら生き返らねぇよっ⁉︎ 洒落になんねぇってっ⁉︎ ――カテル、カテネっ! 見てないでフロウを止めてくれっ!」

 ちょいと真面目に尻尾どころか命を失う危険を感じたので、二人に救援要請しつつ戦術的撤退。

「ノ~ア~」「うひぃーっ⁉︎」

 俺の尻尾と舌に命までもを賭けた、フロウとの本気の鬼ごっこが始まった。

「フ、フローレンスさんに歳の話題は今後封印だね……」

「うん……絶対に触れてはいけない闇とでも思っておこう」

 そう呟くカテルとカテネ。

「いや、傍観してないで! マジで止めてくれー!」

「ノ~ア~」「助けてーっ! 死ぬーっ!」



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