彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-42「vs桜海大葉山(1)」

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 うだるような暑さの中、ただひたすらピッチングを続けていた。一球、また一球と投げ込むごとに、パンッ、パンッと聞き慣れたキャッチング音が耳に届いてくれる。
 きれいな回転のストレートと、キャッチャーがミットの芯でキャッチングをし、ちょうどいいタイミングでミットを閉じなければ鳴らないこの音はまさに芸術そのもの。
 最近では奇麗な回転では〝動くボール〟が主流になっているため奇麗なストレートを投げるピッチャーは少ない。事実、中学生日本代表が集ったこのU-15の世界大会においても、自分以上のストレートを投げるピッチャーはいないな、と翼は自信をつけていた。
 そんな矢先。

 ――ドンッ。

 嫌に耳障りな音を立てる同級生が視界に入る。

「うっし」

 代表に召集されるも、寝違えや〝ミニ謹慎〟で登板機会がない、自称〝中学最速の男〟、空野彗。
 耳障りな、汚い音。

 ――所詮速さだけ。眼中にない。

 最終戦、対台湾。味方がリードしたタイミングで、エースの自分が登板する。そのための準備――のはずだった。

 ライトで三番として出場していた白銀拓斗しろがねたくとが出塁すると、四番の武山一星が勝ち越しタイムリー。
 意気揚々とブルペンでの投球にも気合が入る。
 ブルペンコーチが、電話を取る。

 監督から選ばれる、二番手ピッチャーの名前――もとい、世界大会へと導くためのピッチャーの名前。

 もちろんその役割は自分だろう、その確信を持ってグラウンドへ向かおうとする。

「次のピッチャーは――」

 ブルペンコーチから告げられたのは……。


       ◇


「――……い。おい!」

 肩をゆすられて、八神翼は目を覚ました。
 桜海大葉山にある野球部専用バスはの座席は、これでもかと言うくらいふかふかな素材で作られている。関東全域への遠征をすることを踏まえ、体への負担は少なくなるようにと言う配慮なのだが、流石に二時間弱の移動ともなるといくら若い体といってもダメージはある。事実、「……おはようございます」と機嫌悪そうに応えた翼の身体は、少し体を捻っただけでポキポキと悲鳴を上げた。

「ったく……」

「着きました?」

「もうすぐだ」

 心配そうな困り繭で覗いてくるのは、桜海大葉山二年生の小野泰明おのやすあきは、カーテンを開いて翼に外の景色を見せた。

 高速を降りて公道を走っているようで、翼は「思ってたよりも速かったですね」と呟く。

 額の汗を拭っていると、泰明はホッとした様子で「凄い顔してたが、大丈夫そうだな」と胸を撫で下ろす。

 一年生時からこの高校でスタメンを張っているのは伊達ではないようで、ぴんぴんとした様子の泰明に驚愕しながら翼は「すみません、嫌な夢を見てました」と外の景色に視線を落とした。

「嫌な夢?」

「……まあ、いいです。今日忘れる予定なんで」

「ふぅん。ま、大事無いならいいけどよ……。ただでさえ高校生活初先発で緊張するかもしれんが、せいぜい気楽にな」

「……はい」

 そう応えると、翼は手元の携帯を開いた。
 開くと、通知欄に未読のメッセージが一件と表示されている。
 普段ならどんなアプリからの通知でもまめに確認し、既読を付け、消すようにする翼だが、このメッセージだけはなかなか開くことができなかった。

 それを今、改めて決意を持ってメッセージを開く。

 表記されているのは、空野彗からの短い〝明日先発だ〟という素っ気ない文字だけ。

 ――ヤツらしいな。

 既読だけつけてから、翼は電源を落とした。
 すると、そのタイミングでバスが到着する。
 先輩たちが血気盛んに降りていく中で、最後尾の翼は一番最後にバスを降りた。
 今日の目的地である、彩星高校。
 その出迎えに、ヤツはいた。

「よー根暗。久しぶりだな」

 自信満々に、人をひたすら煽るような口上で登場したのは空野彗だ。

 あの時から何も変わっていないな、と感じながら「ギリギリ間に合ったみたいで良かった」と皮肉めいた返事をする。

「お陰様でな。そもそもお前がもっと早く――」

 そこまで突っかかってきたところで、武山一星が「はいはい、そこまで」と割って入った。

「久しぶりだな、武山」

「久しぶり。流石だね、葉山でもう番号貰ってるなんて」

「一番じゃないと意味無いさ。君ももう番号貰ってるんだろ?」

「ま、おこぼれみたいなもんだけどね」と一星はピースサインを見せてくる。

 世界大会の時、唯一話を合わせられた選手。なんでコイツとアイツが同じ高校で立ちはだかることになるんだろうな、と疑問に思いながら翼は「じゃあ、グラウンドで」と言い残してその場を後にした。


       ※


「相変わらず嫌なヤツだなー」

 桜海大葉山の選手たちを見送ると、彗は口を尖らせた。

「全く……試合前からスイッチ入ってるのはいいけどさ。面倒ごとは止めてよね」

「へいへい」

 いつものセリフで返事をすると、彗は踵を返す。

「彗、今日の献立は?」

「取りあえず一巡目は全部三振を狙う」

「いいね、了解」

「リードは任せていいか?」

「もちろん。夜なべして予習したからね」

「上等だ」

 簡単な会話を終えてから、二人はグラウンドへ向かった。

 いよいよ、新しい力――ライトボールのお披露目となる。

 少しくらい調子に乗ってもいいだろう、それくらいの腹積もりでいると幾分か体が軽くなったような気がして彗は「楽しみだな」と呟いていた。
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