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第三章「私の相棒」
「03-001」
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「改めまして、姫宮明日香です!」
二〇三二年四月一日、明日香はかぶらぎ診療所にいた。
橋のシカバネによる襲撃から一ヶ月弱。
技術の発展により、昨今ではほとんど起こりえない脱線事故と〝黒い化け物を見た〟という被害者たちの目撃証言から、幽霊が出たのではないかという憶測の飛び交った事件だったが、一月も経つとすっかり議員のスキャンダルやスポーツ、天気の話題にかき消されていた。
嫌なことはすぐ忘れられる国民性を喜ぶべきなのか、平和ボケしている人が多いことを嘆くべきかはわからない――が、一つ確かなのは、彼らの平和だと思っている世界をこれから守っていくことがこれからの仕事ということだ。
そんな決意に燃える明日香を出迎えるのは、三人。鏑木、渚、そして大翔と先日世話になった人ばかり。
ここに来るまで本当に自分が役に立てるのかという不安と葛藤していたが、クレゾール石けん水の香りと、清潔感を漂わせる純白という保健室を彷彿とさせてくれる部屋で、恩人達が拍手で迎えてくれるというオプションが相まって暗い気持ちはどこかへ吹き飛んでしまっていた。寧ろ当初の感情とは真逆にあるワクワクを胸に、明日香は「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
大翔が回転椅子でクルクルと回りながら「初々しいね、結構結構」と年上ぶる。実は彼が同い年だと渚に教えて貰った明日香は「同い年の人に初々しいってなんか変だね」と返すと、「これでも一応先輩なんでね」と口を尖らせた。
「やー、こうして大翔が先輩ぶるの久々に見た。相変わらず憎たらしー」
「あん? 文句あんの?」
「別にぃ? ただ、アタシが入社した時のことを思い出してさ。あのときはまだ可愛げがあったけど、ただウザいだけの男に見える」
「はぁ? ウザいって――」
「はいはい、二人ともそこまで。喧嘩はあとあと」と鏑木が制す。とてもシカバネやムクロとの戦いに置ける最前線とは思えない緩やかさに不安を覚えるが「取りあえずこれ、渡しちゃおっか」と鏑木に手渡されたそれが暗い感情を全て吹き飛ばした。
「警察手帳……!」
警察という組織の一員になれたという証。特段警察に憧れていたわけでも、警察という存在が好きだったわけでもないが、自分という存在が認められた気がして、誇らしく感じられる。比例して、喜びは一入だ。
手帳を開くと、警視庁という文字と、記章だけが埋め込まれたシンプルな中身が出てくる。それをシードが認識し、記章に埋め込まれた個人情報のデータを読み取って網膜に焼きだしてくれた。
スキャンした自分の3Dモデルが出てくる。あ、うなじにほくろあったんだ――と新しい発見をしていると、そのモデルを装飾するかのように文字がクビのあたりでクルクルと回り始めた。一つの群は、姫宮明日香という人物の情報。
名前はもちろん、誕生日や出身地、身長や体重にスリーサイズまで記載されている。こうした情報は他人に見えないようにする設定があるはずだから後でやっておかないと、と思っていると、3Dモデルと情報たちが全て消え、空中に漢字が羅列された。
明日香はなんとなくその漢字たちを読み上げる。
「警察庁特異犯罪対策部……第七感覚特務課?」
「おっ、一発で読めたんだ。すげーじゃん」
「このくらいなら――ってそれよりも、これ、聞いたことのない……」
穿った見方をする明日香に「お、気づいた」と渚が笑みを浮かべた。「え?」と間抜けな声を漏らす自分を見て笑っている二人に苛立ちつつ、「順を追って説明するね」という鏑木の優しい言葉に耳を傾けた。
「まず、一番始めに覚えて貰いたいのは、僕たちは警察に所属こそしているけれど、存在はしていないって認識だね」
いきなり突きつけられた謎めいた言葉に、明日香は思わず「えっ?」と声を漏らす。そりゃそうなるわと、言わんばかりの表情をしている大翔と渚の顔を尻目に「どういうことですか?」と襟を正して問い直すと「大人の都合、ってやつさ」と鏑木はため息混じりに言った。
「大人の都合?」
「そう。ムクロ化してしまうことを政府が隠してるってことは、この間渚から聞いたよね?」
鏑木の言葉で、初めてかぶらぎ診療所に訪れたときのことを思い出す。ムクロが事件にならないことが可笑しいという疑問に対し、そもそも見えなくして問題が発生していないと対処をしたという話だ。
「はい。袋が破裂した人を見えないようにしてるって……」
「そう。厳密に言うと、脳の情報処理ができる限界値を設定して、それをオーバーした人を認識できないようにして、不干渉って思い込ませるようにしてるってことだね。……そこまでして表に出ないようにしてるのに、その問題を解決する部署があったら矛盾してるでしょ?」
「……なるほど」
「まあ要するに、都合が悪いんだ。僕たちの存在は。ま、給料はしっかり出るし、役所とかに届けるときには警察官って身分は保証されてるから、そこは安心して」
二〇三二年四月一日、明日香はかぶらぎ診療所にいた。
橋のシカバネによる襲撃から一ヶ月弱。
技術の発展により、昨今ではほとんど起こりえない脱線事故と〝黒い化け物を見た〟という被害者たちの目撃証言から、幽霊が出たのではないかという憶測の飛び交った事件だったが、一月も経つとすっかり議員のスキャンダルやスポーツ、天気の話題にかき消されていた。
嫌なことはすぐ忘れられる国民性を喜ぶべきなのか、平和ボケしている人が多いことを嘆くべきかはわからない――が、一つ確かなのは、彼らの平和だと思っている世界をこれから守っていくことがこれからの仕事ということだ。
そんな決意に燃える明日香を出迎えるのは、三人。鏑木、渚、そして大翔と先日世話になった人ばかり。
ここに来るまで本当に自分が役に立てるのかという不安と葛藤していたが、クレゾール石けん水の香りと、清潔感を漂わせる純白という保健室を彷彿とさせてくれる部屋で、恩人達が拍手で迎えてくれるというオプションが相まって暗い気持ちはどこかへ吹き飛んでしまっていた。寧ろ当初の感情とは真逆にあるワクワクを胸に、明日香は「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
大翔が回転椅子でクルクルと回りながら「初々しいね、結構結構」と年上ぶる。実は彼が同い年だと渚に教えて貰った明日香は「同い年の人に初々しいってなんか変だね」と返すと、「これでも一応先輩なんでね」と口を尖らせた。
「やー、こうして大翔が先輩ぶるの久々に見た。相変わらず憎たらしー」
「あん? 文句あんの?」
「別にぃ? ただ、アタシが入社した時のことを思い出してさ。あのときはまだ可愛げがあったけど、ただウザいだけの男に見える」
「はぁ? ウザいって――」
「はいはい、二人ともそこまで。喧嘩はあとあと」と鏑木が制す。とてもシカバネやムクロとの戦いに置ける最前線とは思えない緩やかさに不安を覚えるが「取りあえずこれ、渡しちゃおっか」と鏑木に手渡されたそれが暗い感情を全て吹き飛ばした。
「警察手帳……!」
警察という組織の一員になれたという証。特段警察に憧れていたわけでも、警察という存在が好きだったわけでもないが、自分という存在が認められた気がして、誇らしく感じられる。比例して、喜びは一入だ。
手帳を開くと、警視庁という文字と、記章だけが埋め込まれたシンプルな中身が出てくる。それをシードが認識し、記章に埋め込まれた個人情報のデータを読み取って網膜に焼きだしてくれた。
スキャンした自分の3Dモデルが出てくる。あ、うなじにほくろあったんだ――と新しい発見をしていると、そのモデルを装飾するかのように文字がクビのあたりでクルクルと回り始めた。一つの群は、姫宮明日香という人物の情報。
名前はもちろん、誕生日や出身地、身長や体重にスリーサイズまで記載されている。こうした情報は他人に見えないようにする設定があるはずだから後でやっておかないと、と思っていると、3Dモデルと情報たちが全て消え、空中に漢字が羅列された。
明日香はなんとなくその漢字たちを読み上げる。
「警察庁特異犯罪対策部……第七感覚特務課?」
「おっ、一発で読めたんだ。すげーじゃん」
「このくらいなら――ってそれよりも、これ、聞いたことのない……」
穿った見方をする明日香に「お、気づいた」と渚が笑みを浮かべた。「え?」と間抜けな声を漏らす自分を見て笑っている二人に苛立ちつつ、「順を追って説明するね」という鏑木の優しい言葉に耳を傾けた。
「まず、一番始めに覚えて貰いたいのは、僕たちは警察に所属こそしているけれど、存在はしていないって認識だね」
いきなり突きつけられた謎めいた言葉に、明日香は思わず「えっ?」と声を漏らす。そりゃそうなるわと、言わんばかりの表情をしている大翔と渚の顔を尻目に「どういうことですか?」と襟を正して問い直すと「大人の都合、ってやつさ」と鏑木はため息混じりに言った。
「大人の都合?」
「そう。ムクロ化してしまうことを政府が隠してるってことは、この間渚から聞いたよね?」
鏑木の言葉で、初めてかぶらぎ診療所に訪れたときのことを思い出す。ムクロが事件にならないことが可笑しいという疑問に対し、そもそも見えなくして問題が発生していないと対処をしたという話だ。
「はい。袋が破裂した人を見えないようにしてるって……」
「そう。厳密に言うと、脳の情報処理ができる限界値を設定して、それをオーバーした人を認識できないようにして、不干渉って思い込ませるようにしてるってことだね。……そこまでして表に出ないようにしてるのに、その問題を解決する部署があったら矛盾してるでしょ?」
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