5分くらいで読めるハッピーエンド

皆川大輔

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「父のキャッチボール」

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「父のキャッチボール」

 夕刻を伝える鐘が鳴り響く。太陽が血糊のように真っ赤に染まり、名残惜しさを噛み締めながら友人たちが帰路につく。
 もう少し遊びたかったな、また明日など各々愚痴をこぼす中、喜沢洋平きざわようへいはある一つの影を見つけた。

「あれ、お前の親父じゃね?」

 友人が差した指の先には、間違いなく父がいた。
 七月の夕方。もうこの時期になると日が沈んでも暑さが残り続ける。事実、今現在も遊び惚けて熱の篭った体が冷めてくれそうな様子はない。

 そんな状況の中で帰路につく父は、スーツを畳んで腕にかけ、ワイシャツを肘までまくっている。その様子が酷く不格好で、こんな時間に返ってくる父がどこか情けなくて、洋平は思わず「違げーよ」と言葉を投げ捨て、わざわざ遠回りして家まで向かった。

 その夜。晩御飯はまだできておらず、母は台所で調理中。父はというと、すっかり部屋着に着替えてテレビの前に座っていた。
 見ているのは田舎を旅する芸人をただ眺めるだけという退屈な番組。

「それ面白いの?」

「まあ、普通だな」

「なんだよ普通って」と、そこで会話は打ち切り。続くのは沈黙。

 特に会話をする気もなく、携帯をただひたすらにいじっていると「どうだ、学校は」と、会話のキャッチボールすらできない無口な父が、重い口を自ら開いた。

「まあ、普通だよ」

「そうか」

 そこでやっぱり会話は打ち切り。続ける必要もないし、また沈黙が――というところで父が「ちょっと外に出ないか」と続けた。

「は?」

 なんで、と切り返す前に「よし、行こう」と父はもうやる気満々。台所にいる母も苦笑いを浮かべているだけ。少し台所の様子を覗くと、衣の付いたアジフライがまだ四匹ほど横たわっていた。

 浮かれた足取りで外に向かう父親の後を「ったく……」と呆れながら追いかける。

 玄関を出ると、父は洋平に何かを無造作に手渡した。手渡されたそれは、これまで見たことのない野球のグローブだ。
 こんなの家にあったっけ、と手にはめてみるとざらざらと不快感が左手を包み込む。パンパンと叩いてやると、埃が少し舞った。

「キャッチボールでもと思ってな」

「なんでまたいきなり」

「まだ晩御飯まで時間がかかりそうだったからな」

「そんなん待ってりゃすぐだったんじゃ……」

「細かいことは気にするな」

 そう言うと、父は思いっきり振りかぶった。


       ※


 ――ほら、ちゃんと取れよ。

 ビールを飲んだ時、洋平の頭の中で父の声が木霊していた。

「そんなことあったなぁ……」

「どうしたの?」

 思い出に耽っている洋平を、怪訝な顔をした妻の希美のぞみが覗き込んでくる。

「いやさ、なんか親父のこと思い出してさ」

「お義父さん?」

「あぁ。もう死んでから五年か……」

「時間って経つのあっという間ね」

「ホントにな。孫の颯太を見せれたのが数少ない親孝行だったかな」

「な、私そこまで話したことないからわからないけど、お義父さんってどんな人だったの?」

「ただひたすらに無口な親父だったな。五分会話が続けられんのはお袋だけだった」

「なんかあなたそっくり」

「やめてくれよ。親父よりかはましさ」

「そーお? ま、いいけど」と、希美が料理を並べる。偶然にも、洋平が思い出したあのキャッチボールの日と同じ、アジフライだった。

 ――多分、親父なりのコミュニケーションだったんだろうなぁ。

 今、父親という立場になって洋平はその意図をようやく理解した。
 父の威厳、家族の長、大黒柱。しっかりしてなければ、という意識と、仲のいい家族でありたいという願望の狭間からあのような行動をとった、が真相だろう。

颯太そうた……遅いなぁ」

 物思いにふけっていると、希美が時計を見ながらつぶやいた。もう時刻は七時を回ろうとしている。

「今日はどこに遊びに行ってるんだっけ?」

「いつもの公園のはず――」と希美が言いかけたところで扉が開いた。

「ただいま!」

 何か事件に巻き込まれたのか、そう懸念した矢先に聞き慣れた元気な声。おかえり、と夫婦で返してやった。

「遅かったな」

「ごめんなさい!」

「楽しかったか?」

「とっても!」

「そうか……」と、言葉に詰まる。

 ――話題が、ない。
   何を話せば。
   いつも何を話してたっけ……。

「そ、そうだ。父さんと今度、キャッチボールしないか?」

 息子との会話に詰まり、出てきたのがキャッチボール。このままじゃ親父レベルだな、と苦笑いを浮かべていると「え、やだ」とあっさりと拒絶された。

 ――親父、父親として負けたよ。

 苦笑いを浮かべながら食べたアジフライは、どこか悲しい味がした。
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