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第8章 冬が来る前に

エピソード46-7

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ワタルの塔 二階 仮眠室――

 静流は、睡眠カプセルの中で深い眠りについている。夢を見ているようだ。

「……づる……静流」

 誰かに揺り起こされ、静流は目を覚ました。

「う、うぅん。 ん? ココはドコ?」
「やぁ静流。始めまして、かな?」

 光に目が慣れて来ると、すぐ目の前に男性の顔があった。
 髪は桃色であり、顔付も静流や薫に似て、美形である。
 ただ、瞳が紫色だった事を除いて。

「うわ。ど、どなたですか? あれ? どっかで見たような……」
「僕を知ってるのかい? 嬉しいな。まだまだ僕の知名度もバカにならないらしい」

 やがてはっきりと顔の輪郭がわかり、静流の記憶とリンクした。

「七本木、ジンさん。本名は……荻原朔也さん、ですよね?」
「ご名答! いやぁ、会えて嬉しいよ。静流」

 荻原朔也は、静流の母親であるミミとは従兄にあたる。
 有名な俳優であったが、ある時、忽然と姿を消した。
 静流の父親である静や、薫の父親の庵がそうであった様に。

「もしかして、魔法、使ってます?」
「鋭いね。さすが静クンの息子だ。キミが見ている夢に強引に割り込んでる」

 静流はゆっくりとカプセルを出ると、そこは六畳程の部屋であった。
 テーブルとソファーがあり、壁には本棚があり、びっしりと本が収納されている。
 朔也に促され、ソファーに座る静流。

「ジャミング、妨害が強くてね……同族の君だったから、何とか割り込めたんだ」
「同族、ですか?」
「僕やキミのお母さん、ミミちゃんの家系は、知っての通り夢魔の特性が強いからね」

 静流は真っ先に気になる事を朔也に聞いた。

「貴方や父さんたちは、今ドコにいるんですか?」
「わからない。暗くて狭い所に、ずうっと寝かされてる」
「夢の中にいるんですか?」
「そう。静クン達にも念を送ってるんだけど、反応が無くってね。でも、いつからだろう、キミや薫たちを感じる事が出来る様になったんだ」
「僕らを?」
「ああ。ところどころだけどモニター出来てる。キミのこれまでの冒険とか、実に痛快だったね♪」
「見守っていてくれてたんですね? 僕らを」
「薫と合流出来て、ワタルの塔を発見出来たんだろう? スゴいじゃないか!」
「いつも周りの人たちに助けられてばっかりですよ。運が良かった、としか思えません」

 そう言って謙遜しながら、後頭部を搔く静流を見て、朔也は穏やかな笑みを浮かべた。

「フフ。ジルの奴、ジルベールが興奮するのも無理は無いな……キミは実にチャーミングだ」
「え? ジル神父をご存じで?」
「アイツは、高校のクラスメイトだった。気を付けなよ? 理性を失うと、何をするかわからないから」
「若かりし頃のジル神父、結構ヤバかったんだ……」
「男子校だったからね。僕だって、何度も襲われかけたよ」
「うぅ、誰もが通る試練なのかな?」
  
 静流の脳裏に、石動に迫られたシーンがフラッシュバックした。

「人気者は辛い、って事だよ。フフ」
「でも、困っちゃうんですよね。『そうゆう人』が露骨に迫ってくると……」
「フム。『痴漢』とか『痴女』の撃退法か。静流なら簡単だよ」
「え? どうやるんです?」
「その子のオデコに手をあてて、魔力を流すんだ。それで念じる。『気持ちよくなーれ』ってね」
「そうすると、相手はどうなるんです?」
「当然、気持ちよくなってる。つまり、『イッてる』って事」

 朔也はウィンクをして、小悪魔的な笑みを浮かべた。

「無力化にも、いろいろあるんですね……」
「フフ。そう言う事」

 朔也が指パッチンをすると、テーブルに紅茶が現れた。
 静流の前にカップを置き、紅茶を注ぐ朔也。

「あ、今、シレーヌさんと仕事してるんですよ? わかりますよね? 四郎さん」
「四郎か……彼には悪い事をしたと思ってる。 元気なんだね?」
「ええ。今でも探していますよ? 貴方を」

 静流はそう言うと、朔也は寂しそうに微笑んだ。

「僕はこの中を、どうにか脱出できないか色々シュミレーションしてる所なんだ」
「解決策は、見付かったんですか?」
「まだ何とも……そこでキミの力を借りたいんだ」
「僕の? ですか?」

 静流がそう言った時、朔也の姿がぶれ始めた。

「クッ、磁気嵐か? もうちょっとなのに……」
「朔也さん!? どうしたんですか?」
「ごめん静流、時間切れみたいだ」
「え!? そんなぁ……」

 肝心な話を全然聞けていない静流は、顔を歪めた。

「落胆するのはまだ早いよ。僕は諦めない」
「会えますよね? 貴方や、父さんたちに……」
「勿論。約束するよ」

 姿が消えかかっている朔也が、唐突に言った。

「赤い星を目指すんだ。イイね?」ザザッ

 視界がブラックアウトした。 



              ◆ ◆ ◆ ◆



「う、う~ん、ん? 教室?」

 場面が切り替わり、今は教室にいるようだ。

「赤い星……父さんたちは、どこかの惑星にいるのかなぁ?」

 そんな事を呟いていると、隣の子が話しかけて来た。

「なぁに寝ぼけてるの? 次、保健体育よ?」
「え? 何だって?」

 静流が隣の子に聞き返す暇も無く、前の扉が開き、白衣を着た先生らしき女教師が入って来た。
 胸元を強調した、ぴちっとしたボディコン系のスーツに、白衣を羽織っている。

「はいはーい、授業を始めまぁーっす! 教科書358ページを開いて?」
「宗方ドクター? にしては、胸が大き過ぎる、かな?」

 どこかで見覚えのある女教師は、淡々と授業を始める。

「えー、だから、適度な運動と睡眠は成長に必要なのです」
「おかしいな……普通に授業が始まったぞ?」

 今の所、変わった事が起きないので、拍子抜けした静流。

「ん? この椅子、なんか不安定だな……」

 静流は、椅子の座り心地を確かめた。

「んっ、くぅ……もっと体重を……負荷を掛けて下さいまし」
「椅子が、しゃべった!?」

 はっとして椅子から立ち上がる静流。

「どうしたの静流クン? あ、またやってる。ルリちゃん? 悪戯も程々にしなさいよ?」
「何を言ってるんだい? キミ?」

 状況が今一つ理解できなかった静流。

「こういう事。【ディスペル】!」ポゥ
「はひぃぃぃん」シュゥゥ

 女子が解除魔法を椅子に放つと、やがて四つん這いになった女生徒が現れた。

「な、ルリ、さん!?」
「ばぁ~れぇ~たぁ~かぁ~」

 四つん這いの黒髪のメガネ女子は、藤堂ルリだった。

「何やってるんですか? 椅子の振りなんかして」
「うひぃ、心地よい静流様の重みでした。ムフゥ。このまま壊れてしまいたかった……ですぅ」ポォォ

 ルリは顔を真っ赤にして、静流を上目づかいで見た。
 授業が中断されたのを快く思っていない先生が、ツカツカと静流の方に近付いて来た。

「五十嵐クゥン? キミは授業中に何をやっているのかなぁ?」
「ち、違うんです先生、ルリさん、藤堂さんが僕の椅子に細工を……」
「何、ですって?」ギロ

 先生はルリを睨んだ。

「はわわわ、これは出来心でして、その……」
「藤堂さん? アナタは隣のクラスでしょう? 授業をサボって何をしているの?」
「あ、その事なら心配ありません。『式神』に授業を受けさせていますので」

 式神とは、コピーロボットの様なものだろうか?

「そんなの、理由になりません! とっとと自分のクラスに戻りなさぁーい!」
「ひぃっ! わかりましたぁ~!」

 ルリは先生に叱られ、一目散に自分のクラスに戻って行った。
 先生が気を取り直して、授業を再開しようとしたその時、終業のチャイムが鳴った。

「はぁい、今日の授業はコレでお終ぁい」
「起立、礼」

 生徒たちは着席すると、すぐさま立ち上がり、昼食のパンを購買部に買いに行く為、一斉に教室を出て行く。

「おい! 早く行かないと、焼きそばパン、売り切れちまうぞ!?」
「ついでにアタシのもお願ぁい♡」
「やなこった!」
「ケッ、使えねえヤツ!」

 静流は弁当がある為、落ち着いてカバンから弁当を出そうとしている。
 ふと見ると先生が静流の前に立っていた。

「五十嵐クン? ちょっとイイかしら?」
「何でしょうか?」
「アナタ、さっきの授業、まともに受けられなかったでしょう?」
「は、はぁ、まぁ」
「食後に保健室に来なさいな。特別に補習してあげるわ」

 先生は静流に聞こえる位のボリュームでそう言った。

「お気遣いはあり難いのですが、結構です。誰かのノートを見せてもらいますから」
「五十嵐クン? この範囲は重要よ? テストにでるかもよぉ?」

 先生は、静流の耳元でささやいた。

「イイ事してあげるから、素直に従いなさい。待ってるから」

 そう言うと先生は教室を出て行った。
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