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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード52-33

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ワタルの塔 2階 娯楽室 19:00時――

 娯楽室のソファーに座っていたのは、薫子・忍・リナ・雪乃のお姉様たちと、カチュア、ジェニー、ルリの医療班とリリィだった。
 雪乃が壁の時計を見た。

「そろそろ時間ね」
「カネか? そんなもん今はタダの紙切れだろう?」
「今は、ね。 でも役に立ったでしょう? オークションにも参加出来てたし」
「ゲット出来なかったケドな。 クックック」
「だまらっしゃい!」

 雪乃とリナのいつもの掛け合いをつまらなそうに見ている薫子と忍。

「早く来ないかな、静流」
「私はお金なんかより、静流を一晩借りた方がイイわ♡」
「出来っこない事言うな。みじめになる……」

 こちらもいつも通りかと思えば、忍の様子がおかしい。

「如月ドクター、あの丸薬、凄まじい効き目でしたよ?」
「まぁね。 オーダー通りのモノじゃ、 芸が無いでしょ?」
「増血に滋養強壮、 メンタルキュアに記憶改竄……何でもござれでした……ムフ」

 医療班はカチュアが作った丸薬の効能についての談議に花咲いていた。


「お待たせしましたか? 皆さん」


 娯楽室のドアが開き、睦美がひょいと顔を出した。

「よぉムッツリーニちゃん! お疲れ!」
「時間通りよ。 流石ね」
「では、食堂で夕食がてらお話ししましょうか?」

 睦美は一同を食堂に導いた。

「静流は? ドコ?」
「睦美! 早く静流に会わせなさい!」

 静流がいないとわかると、忍はキョロキョロ辺りを見回し、薫子は睦美に突っかかる始末である。

「もうすぐ来ますよ。ほら」

 ウィーン、プシュゥ

 エレベーターの駆動音が聞こえ、扉が開いた。

「こんばんは! 皆さん」

「「静流ぅぅぅ♡♡」」ガシッ

 静流がエレベーターから出て来たのを視認するや瞬歩で近付いて抱き付く二人。

「忍ちゃんはいつも元気だね。薫子お姉さん、御機嫌よう♪」
「ん? おかしい」

 静流の所作に早くも疑いの目を向ける忍。

「お手」チョン
「おかわり」チョン

 忍の言う事を忠実に再現する静流。
 忍は生唾を飲み、恥ずかし気に言った。

「チ……チンチン」
「よくわかんなーい♪」

 そう言って静流は、なんちゃってのポーズをとった。
 多分、想定外の要求が来るとこうなるのだろう。

「睦美!? どういう事?」
「詳しく聞かせてもらいましょうか?」

 二人は睦美に食って掛かった。

「まさか数分でバレるとは……お見逸れいたしました」ペコリ



              ◆ ◆ ◆ ◆



 食堂で一同と睦美が、夕食をとりながら歓談していた。 

「……という事で静流キュンにはご自宅にお帰り頂いたのです。 そうしたら静流キュンがこの子をこちらに、と」
「二人の心理を熟知してる。 成長したわね、 静流サン」

 睦美の説明に大きく頷く雪乃。

「それに比べて、ちっとも成長しねぇなぁ、 このお姉様方はよ?」

 それを聞いたリナが、目の前で繰り広げている不毛な争いに呆れ顔で言った。

「薫子、退いて」
「いいや退くのは忍、アナタよ!」
「ニセ物でも独占はダメ!」
「それはソッチも同じでしょうに!」

 静流のレプリカを中央に、忍と薫子が両脇を占領し、静流を取り合っている。
 そのやり取りを横目に、カチュアが睦美に言った。

「GMさん、さっさと済ませましょうよ。 消灯時にいないと寮長先生に叱られちゃうの」
「ローレンツ閣下ッスね? その後お変わりなく?」

 寮長と言うキーワードに、リリィが反応した。 

「びっくりするわよ? 最近のエスメラルダ先生、見違えるほどお美しくなられたんだから」
「へ? あの『鬼寮長』閣下が、ですか?」

 カチュアの発言に、今度はかつて学園の生徒だったルリが反応した。

「リリィ、アナタが以前渡したメイクブラシ、毎日使ってたみたいよ? お陰で体中の細胞一つ一つが若返ったみたい」

 そのメイクブラシは以前、シズルーの件でエスメラルダが動画に出演した際の報酬に、リリィが渡したものである。

「あ、あの『霊毛メイクブラシ』ですか。アレってそんなにスゴかったのか……」
「スゴいなんてもんじゃないわよ? 私にはちょっとしか貸してくれなかったけど、 一瞬でお肌がツルツルになったの」

 カチュアが本題に入るよう睦美に言った。

「そんな事より、コッチの話をしましょうよ?」

 そう言ってカチュアは右手で『オカネ』を意味するサインを送った。

「今回、 先生には大変お世話になりました。 ついては当初請求額の二割増しで如何でしょう?」
「え? そんなにもらってもイイの? 逆に心配になるわね……」

 揉めると思っていたのか、スムーズ過ぎる展開に、カチュアは困惑していた。

「当然の評価です! それだけアナタの功績が素晴らしかったのです」
「そ、そぉ? だったら遠慮なく頂くわ」

 その言葉を聞き、睦美は金が入っている封筒を差し出した。

「ではお納めください。 あと、 先生にはもう一つ贈り物があります」

 睦美はドヤ顔で続けた。

「ん? 何かしら?」

 睦美にそう言われ、眉をひそめたカチュア。

「静流キュンから先生に、 心づくしのプレゼントです!」パッチン

 睦美が指パッチンすると、食堂の入り口に一人の男性が立っていた。
 その男性を見るなり、カチュアの興奮度はMAXに達した。


「ジジジ、ジン様ぁ~♡♡♡」
 

 カチュアはすぐさまジンの所に瞬歩で近寄り、全力で抱きしめた。

「カチュア、愛してる……」

「ぱぱ、ぱっひょーん♡♡♡」

 ジンがあらかじめ登録してあったのであろうセリフを言うと、カチュアはメロメロになった。

「お喜び頂けましたか? 先生?」

 予想通りのカチュアのリアクションに、満足げの睦美がカチュアに言った。

「よ、用事を思い出したわ。 直ぐに学園に帰らなきゃ!」

 カチュアはパタパタと帰り支度を始めた。

「静流クンに『あり難く頂戴しました♡』って伝えておいて! じゃあお先にぃ~!」
「カチュア、愛してる……」
「あっはぁ~ん♡」

 カチュアは悶えながらジンのレプリカを小脇に抱え、足早に食堂を出て行った。

「結構な腕力ね」
「あの先生、オマケの意味わかってんのか?」

 雪乃とリナは、呆れ顔で睦美に言った。

「イイじゃないですか。 少しの間でも夢を見れるんですから」

 カチュアを見送ったジェニーは、ため息混じりに呟いた。

「イイなぁ、ジン様……」
「そう言えば、宗方ドクターもジン様のファンでしたね?」
「それは……ジン様の現役を知ってる人ならね……」

 ルリは何かを思い出したのか、ジェニーに聞いた。

「そう言えばドクター、ジン様は『目を合わせただけで妊娠させられる』って聞きましたけど?」
「確かにそんな話があったわね。 でも、あながちガセでもないと思うわ」
「と、言いますと?」

 すると一同が、いつの間にかジェニーの言葉を待っていた。

「中々興味深い話ね。 詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「ソイツって静坊やアニキの親戚なんだろう?」
「恐らく、母上方の血筋が関係しているのでしょうね?」
 
 睦美の指摘に、ジェニーは頷いた。

「ジン様は『インキュバス』の特性が強く出ていたわ。 『夢魔』や『淫魔』といった種族には、【繁殖】の固有スキルがあった、と言われてるの」
「成程。 そうするとその因子は静流キュンにも備わっている可能性も?」
「充分ある、 と思う。 【魅了】を超える何かが、 彼にはあると思う」

 ジェニーは、忍に大人しく抱っこされている静流のレプリカを見ながらそう言った。
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