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最終(7/7)話: 突然の幕切れ

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クロスボーンズグレイブヤード
CROSSBORNS-GRAVEYARD

最終(7/7)話: 突然の幕切れ

人生は夢、夢のまた夢だと誰かが言っていた。
でもそれは《過去》であって《今》ではない。

人生とは、今擦りきれんばかりに躍動する《現実の連続》だ。

「どりゃあああああ!!!!!」

小男、サルバドール・ドゥプリュの槍が頬を掠める。

血が飛び散り、バランスを崩した俺は足首だけでグッと堪えた。
足元の砂がちりぢりに弾けて空を舞う。

「諦めろ・・・だが、それでは面白くないか」

絶対的な自信は、これまで生き残ってきたという経験に基づく感情だ。

同時に、その経験が死を前にしては何の役にも立たないことをサルバドールは知っている。

「たとえ勝てなくても、俺は負けない!」

血に飢えた槍を右膝で掴むように受け止めて、垂直方向に盾を打ち下ろす。

盾は鋭利な刃のように作用して、長い槍の柄を折った。

「ここがお前の墓場なら、俺が直々墓碑銘を彫ってやる」

武器を失ったサルバドールは、観客席にいる部下に命じて黒曜石で出来た実用的な手斧を用意させた。

「お前に仕える12の部族は私が駆逐した。その同じ手で、仲間のところに連れて行ってあげよう」

投げ入れられた斧はだが、ミーシャの傍らに突き刺さる。

「取れ」

俺は言った。
命令ではない。

自らを叱咤鼓舞するかのように、ミーシャの心と一体になって叫ぶ。

「武器を手に取れ!」

武器を手に取り、鎖を断ち切り、旗を掲げよ!

「やったわ!」

斧は、漆喰の壁に深々と入り込んだ。

抜けないので早々諦めて、鎖の束をジャラリと引き寄せる。

「2対1か・・・いいだろう」

後ろ楯のあるサルバドールは胸高鳴る興奮に身体を揺らしていた。

「これで、心置きなくルールを無視できる」

取り出したのは、拳銃だ!

「勝つ者は、勝つべくして勝つのがこの世の理!」

ダン!

ミーシャが銃弾に倒れる。

支えることも出来ない。
嘆く暇もない。

俺はこの時復讐を誓った。

「殺す!お前の首を刈り取って塩漬けにしてやる!」

剣を振り上げ近付く俺の喉元を、薄笑いを浮かべながら撃ち砕くサルバドール。

ダン!ダン!

これには正直、してやられた。

「アハハハハ!アハハハッ!!!"お前の首を刈り取って塩漬けにしてやる?"テメエの首で試しやがれ!」

何か言おうと思ったが、口からはゴボゴボと鮮血の泡しか出ない。

そうか・・・。
この突然の幕切れ。

これが《死》だ。

いや違う。
まだ生きている。
俺にはまだまだやることがある。

「ぐ・・・え」

首に開いた穴に指を突っ込んで止血する。
ずるり、ずるりと立ち上がって、剣を引き摺り宿敵に迫る。

「なんだお前・・・来るな・・・おい!それ以上近付くんじゃない!」

後ずさる敵の気配を感じる。
俺は既にもう、ショック状態で目が見えない。

「わ、分かった!謝る!・・・後生だから勘弁してくれ!」

言いながら引き金を何度ひいても不発弾。
まるで呪いをかけられたようであった。

「いいんだ、ゴボッ、ゴボッ」

俺は続ける。

「此処で終わるべきならば、大人しくゴボッ、身をひくよ」

冷たい刃の切っ先をサルバドールに突きつける。

「でも生きることを許されるならば、ゴホゴホ、俺は生き延びて引退し、ンンン、故郷に戻って静かな余生を暮らすと誓おう・・・ぐっ、ふぅ、畜生身体がもたな」

そのまま倒れ、バケツをひっくり返したような血だまりに沈んでいく。
放置されればジ・エンド。

血の池地獄に俺は消える。

(歴史の闇に葬られて)

生きるも死ぬも、他人次第。サルバドール次第だ。

「認めよう」

彼は大衆に向かって言った。

「彼こそが今終わった我々の時代の英雄!その栄誉ある雄姿を讃えよ!」

男の名前はディヤーブ・カースィム・マヌワーン。
紛争の時代を生きて、自らその時代の幕を閉じる。



[ディヤーブ・カースィム・マヌワーン]
指定テロリスト集団:赤い砂漠、若頭
享年:28才



「戦争は終わった」

老人たちが円卓を囲んで言葉を交わしている。
薄暗くて、簡素で、だだっ広い部屋である。

「これで漸く我々も、元の生活に戻れるな」

メンバーの中には知った顔もいる。

ミーシャの父親も会合に加わっていた。

「娘を失ったのは至極残念ではあるが、大義の為には致し方なかった」

周り中が黙って頷く。

「問題は、誰がこの事態の責任を取るかじゃの」

長老の言葉は絶対だ。

「わしは、あの男こそ責任を追うべきだと常々思っていたんだが」

兵士は所詮、捨て駒に過ぎない。

「では、そのように致しましょう」



[サルバドール・ドゥプリュ]
役職:元・親衛隊伍長
享年:34才



戦犯は捕らえられ、皆ギロチンにかけられる。

サルバドール・ドゥプリュは断頭台に立ち、ゆっくりと息を吸って空を見上げた。

新しい世を作るための礎、その生け贄。
真の平和は血腥い犠牲の上に立つ。

「やれ」

でも、そうは問屋が卸さない。

ダダン!

発泡する音がした。
低い響きが広い空いっぱいに木霊する。

「我々、人民解放戦線は断固死刑に反対する!」

最後の生き残りの一人、アンジェロが叫ぶ。
民衆が一斉に蜂起して、愛と平和を訴えた。

全身を黒い布で覆った一団が姿を現して、縛られた者たちの縄を解く。

「貴様ら、一体・・・」

俺はフードを持ち上げてケロイドで焼けた顔を見せた。

「生きろ」

人生は、シナリオ通りに動くとは限らない。

自分が倒れ、沢山のチューブに繋がれて命をつなぐなんて考えたこともなかった。

大勢の、匿名の血液を注がれて生まれ変わる。
俺はこうして初めて救われたと感じることができる。

「ありがとう」

介抱してくれた看護婦に言った。

「その言葉が聞けて、私も嬉しいわユスフ」

その人には片腕がない。
皺も増えた。

だけど俺にはその人が分かる。

人と人の繋がり。
世界の神秘。

「おひさしぶりです、コンラッドさん」

こうして俺は、償いの人生に足を踏み入れる。



ざざざざざ!
時には、落とし前を付けなきゃならないこともある。

雨の中、ひとりの女が墓地の中に立っていた。
他には誰もいない。

墓標に刻まれた名前が稲妻に照らされて光る。



[ミーシャ・D・オルインピアダ]
所属:公共治安取締局(除名済)
享年:29才



女は鍵を手にして、難攻不落の要塞に侵入した。
塀を登り、隠し戸を開けて中に入る。

優雅な音楽と塩素の匂い。
配電盤から太いコードを引き抜くと、それはバチバチと音を立てて火花を散らした。

「何の真似だ、ミーシャ」

プールで泳いでいたンドゥールが足をつき、お化けでも見たような顔でミーシャを見る。

「私を殺しても、世界が変わるわけじゃない。世の中の流れはもっと上で動いているんだ。天候のようなもので、読むことはできても制御はできない」

もっともらしい御託を並べて、こちらをねじ伏せようとする。
いつものことだった。

ミーシャは答える。

「世界を変えるためじゃない。ただ、あなたの顔が見たくないだけよ」

コードをプールに放り投げる。

激しくスパークする音と、何かが生焼けに焦げる臭いがした。



[ンドゥール・アジスアベバ]
身分:領主
享年:56才



世界政府の老人たちは、毒をもられて皆倒れる。

次いで、新しい政府が作られ、新しい時代が始まった。

「立ち上がれ」

俺は言う。

「鎖を裁ち切れ」

隣には、愛すべきミーシャ。
真っ赤な血で染めた巨大な白布を風に靡かせ、約束の丘で叫ぶ。

「旗を掲げよ!」



3年後

色鮮やかな蝶が飛び立ち、窓から外へ舞い上がる。

もう此処には争いも、勘繰りも、騙し合いも存在しない。
敵などいない大自然の中に俺たちはいた。

「やっと静かになったわね」

ミーシャが言う。

延々と連なる山脈が陽を浴びて空にシルエットを投影している。

清々しい朝だ。

「ああ」

俺はそれだけ言って、大きく膨らんだミーシャのお腹に耳をあてた。

安らぎこそが今、新たなる希望となる。

未だ産まれていない命に向かって、そっと優しく囁いた。

(聞こえるかい?)

胎児は目を覚まし、力強い鼓動で応える。

どくん!

(溶暗)

CROSSBORNS-GRAVEYARD
"Bloody journey to the hell" is end.

【完】
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