明星一番! オトナ族との闘い。

百夜

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第02話 大人になるということ(前編)

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【波瀾万丈!東京青春冒険活劇×第2話“大人になるということ”】

腑抜けになってしまった銀髪先生に変わって、私たちのクラスに赴任してきたのは

「規律、今日付け、令!」

真っ赤なハイヒールに網タイツ、でも和装というキッシュなスタイルの宮藤政子。本校の中でも異才を放つ古文の先生だ。

(嫌な感じ……)

それもそのはず、文節を間違えるだけで鞭を振るうことで有名な体罰推進委員会のメンバーなのである。
澤田ゼッケン【変態!生徒会長!】だけはヨダレを垂らしていたけれど……奴は貴重な例外だ。

《典型的なオトナ族の代表格が銀髪先生だったとすれば、この女は突然変異した亜種といったところか》

明星一番の歯に衣着せぬ物言いが、私は好きだ。

「ねぇ一番、あなたの物語を聞かせて」

《ハクション!》

動揺して鉛筆【今どき鉛筆!】を落とした一番にシャーペンを手渡す。

「これ使ってみ」

指と指とが触れ合った。

バチバチバチッ!

「痛っ」

火花が散った。磁石のように惹かれ合った私たちだけど、2人とも同じ電極だったらしい。
けっこう似た者同士なのだ。

《ごめんよ》

こんなに騒いでいるのに、宮藤先生には気付かれない。

《君が僕に触れられないように、僕らは先生の目に触れない。逆鱗にも触れないし、話題にも触れないのさ》

悲しくも便利な透明人間。それが明星一番だ。

「でも、どうして?」

居るのに見えないなんていう魔法、現実には不可能なはず。
ならば考えられるのは……

《僕と宮藤先生とは、生きている時間が違うからだよ》

既に死んでいるからだよ、という台詞を想像した私は中二病か。
なにせ、一番の机には死の印【花の活けられた瓶】が置かれているのだ。
一人でゾクッと盛り上がっていたら、一番のニヤニヤ顔が目の前にあった。

《宮藤先生の時間は平安時代で止まっているからね!》

そう言って腹を抱えてゲラゲラ笑う明星一番を、私はどこまで信じてよいのか分からない。

一番は結局、自分で鉛筆を拾った。

「この教室。何かが足りないと思っていたけれど、それはあなたとの会話みたいな潤いだったのね」

染々と感じ入る。勉強するだけが学生ではない。遊びもすれば、恋もする。

《みんながその気持ちを取り戻せればいいけどな》

チャイムが鳴って、溶暗。



私は夢を見る。

全身に刺青を施す夢。
夜な夜な亡霊と逢引する夢。

耳なし芳一になった夢だ。

得体の知れない妖怪が鎌を振り上げ、私の耳を切る。噴きあがる血飛沫を止めることはできない。

「うわぁあぁあああっ!」

慌てて藻掻くとアスファルトに手が触れる。家の前で寝ていたのだった。

『起きたか、孝行娘』

この言い回しとこの声は……
酒豪の親父だ!

「これはしたり!」

やはり今日も飲み過ぎてしまったか。
女子高生に、原酒は堪える。

『これでこそ我が酒造・市野倉の愛娘!酒に溺れて道端で眠る!実に結構!立派な大人になるまで、この俺様が鍛え上げてやる』

まるで漫画に描いたような熱血漢。だがスパルタというわけではない。

私の実家は銘酒“一ノ蔵”にオマージュを捧げた密造酒“市野倉”の酒造だ。その原酒はアルコール度数が非常に高く、3杯も飲めば目が回ると言われている。
父親は一世一代で新酒の開発から流通までを軌道にのせた大物だ。

『俺の紹介はいいとして、孝行娘。今日は学校休みなのか?』

うっ!

「いけね!こりゃ遅刻だよ!」

しかも中間テストの日じゃないか。

「おやじぃ~、はやく起こしてくれよぉ~!」

食パン加えてバス追い掛けて、教室の扉をガラリと開ける。

「すみません、寝坊しましたぁ!」

クラスメイトが一斉にこちらを見る。
だが、すぐに机に視線を戻した。

「なっ!ちょっ!」

明星一番だけが立っている。彼も、私も、誰にも見えていないようだ。

《早く来いよ、三咲》

鞭を持って試験監督をする宮藤先生をチラチラ見ながら、席に着く。

「だってぇ。昨日呑みすぎちゃって……」

《そんなことはどうだっていい。俺たちの魔法が解けるのも、時間の問題だぞ》

チクタク、チクタク、着実に時を刻む音が聞こえてくる。
試験中の静けさに時計の針の音が目立つのだ。

「どういうこと?」

明星一番には置いていかれてばかりだ。
夢を見ることの出来る私たちは、オトナ族の目に触れない。

《君は大人になる。少しずつだがオトナ族に近付いている。自分を自立した女性だと思うようになって、自分を理解してくれる伴侶と一緒になる。それから子供を産んで、その子供がまた子供を産んで、君はお婆さんに……》

「って、もういいよ!」

ピシャリと平手打ちをした。
なんだか、よく分からないけど想像したら泣けてきた。

「分かってるよ!その伴侶が、明星一番じゃないってことくらい!【そこかあ!】」

彼はしゅんとして、俯いたまま指をさした。

《分かっていれば、それでいい。君がオトナ族になった時、伴侶になるのはアイツだ》

指先を辿ると、【ビバ!生徒会長!】澤田ゼッケンが頭を掻き毟っているのが見えた。周りにフケが飛んでいる。

「ウゲ……」

【後編に続く】
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