明星一番! オトナ族との闘い。

百夜

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第06話 偽りのつわり

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【形勢逆転?東京青春冒険活劇×第6話“偽りのつわり”】

嘘つきは平然と偽りの世界を生きるけれど、正直者にはそれができない。

“慣らそう”と思っても、平常心ではいられない。
“うそ”付きにとっては、ならそ“うそ”う。
成るように為るとの思いで日常を過ごせる。

だが、ひとたび心を“い”抜かれれば、偽りはただの“つわり”になる。
その痛みは、何かを産み出すための代償……。



〈ニャニャニャ!〉

富士ロック・フェスティバルのスタッフが私を見て喜ぶ。
私もそれを見て歓んだ。

〈猫は9つの魂を持っているのよ。だから“入れ替わり”も9回できる。今、元の身体には9人の人間の魂が入っているわ。朽ちていく脱け殻にね!猫は何匹も子供を産むでしょ?分かったかにゃ?〉

敵は複数いる、と一番は言った。その敵は今や皆味方だ。

〈新月の夜、鋼チョスが会合を開く。場所は端元公園の集会場。そこで今後の動きについて相談するにゃ〉

私の名前は日和ミーシャ。市野蔵三咲の皮を着て、明星一番の懐に忍び込む使命を受けた。

〈それじゃまたにゃん〉

さっと身を翻して、猫は闇へと消えていく。



新月の夜。

いつものように道端には一升瓶が散らばっており、腹を出してグーグー寝ている親父と階段に凭れかかるように突っ伏した一番がいる。

白猫の私はもう酔わない。

〈酔うはにゃい、用はにゃい〉

今するべきことは、この路地を抜けて端元公園に行くことだ。

〈そこで鋼チョス様に会い、教えを乞うのにゃ〉

そう、私たちは企む。この世界をオトナ族から守るために。
罵り、蔑み、貶める。



まるで自分と同じように【ドッペルゲンガー?】何かに導かれて歩く夢遊病者を見つけた。

行き先はどうやら同じみたいだ。

〈猫には9つの魂があって、それぞれが別の人間に転移しているんにゃ〉

見知った他人の正体は、分裂した自分に他ならない。
つまり、元々9つの魂を持っていた猫が、9人の人間に可愛がられてそれぞれ1つずつ魂を転移させていたのだ。

端元公園で、9つの魂が遂に1ヶ所に集う。
その中心にいるのは、鋼チョスだ。

『今夜』

持っていたバットを肩に回す。

『世界は変わる』

その言葉はどうしてか絶対的で、彼が変わると断言すれば世界までもが変容するのだと誰もが自然に受け入れる。

『約束しよう。今夜この地に"ネバーランド"を建国すると』

鋼チョスによる、コドモたちの為の、終わらない楽園。

『移り住め。そしてオトナ族の呪縛から自らを解き放て』

闇の中から、新市民たちが沸き上がる。よく見えないが奇怪な格好をした魑魅魍魎、昼間の世界では見掛けない日陰者たちだった。
ヨウ、セイ!ヨウ、セイ!と掛け声があがる。

『彼らが築いた“偽り”の中で育ったコドモたちよ。今こそ半旗を翻し、産まれ出よ!』

妖しい宗教団体の教祖みたいに、鋼チョスは金属バットを振り回す。

『打って、疑われて、撃たれて、討って、打ち拉がれても立ち上がる。その心は、何処にも売っていない。これがお前たちに、うってつけの世界だ』

ちょっとやりすぎだし、意味が分からない。
ドン!とバットが人に当たってその人は倒れこんだ。

『痛みを知れ。その苦しみは何かを産み出す原動力となるだろう』

バットで叩かれた人が立ち上がる。腰に大きな瘤が出来ており、腫れていた。
パックリと割れた傷口からニヤリと笑う歯が見える。

『つ“う”ふうの“ち”からだ』

普通の身体(ふつうのからだ)
“うち”付けられて
(ふうつうのちからだ)
並べ替えると
痛風の力だ!

閉じた世界では、言葉の力で事実さえもがねじ伏せられる。
その場所の名前は、ネバーランド。永遠が存在するロジカルな世界。

〈で、具体的には何をするのにゃ?〉

チョスは眉を片方吊り上げた。

『自由だ、何をするのも。それを奪う者全てを、排除しろ』



散々になった"仲間たち"の背中を見て、私は暫く考えた。

〈自由にやれと言われてもにゃ~〉

闇の中に一人、取り残されて路頭に迷う。
気ままに過ごすのが猫だけど、何かに向かって邁進するのは慣れていない。

{{にゃ~にをお悩み?}}

ブランコの支柱にもたれかかる先輩の猫。
三咲と同じ制服を見事に着崩し、髪は明るめの茶色で肌は白い。というか化粧が厚くて粉を噴いている。瞼にのせた紅色がチャームポイントか。

〈だ、誰にゃ~!〉

すると女は姿勢を正して名乗りをあげた。

{{刃渡ネオン。あんたと同じ、ネコ目ヒト科の魂のひとつ}}

絡まった痰を吐き捨てると、刃渡ネオンは言い忘れたと云わんばかりに付け加える。

{{にゃ}}

ネコ目ヒト科の習性上、語尾にニャを付けずには居られにゃい。

{{自由に何かをやるという事。そんなに難しい?……あたしにはね、"夢"があるの。だからそんなに難しくない}}

刃渡ネオンは、またまた慌てて付け加えた。

{{にゃ}}

この女、本当に忘れっぽい猫だ。
居心地が悪くなって、私は思わず咳払いする。

〈で、貴女の"夢"はにゃに?〉

他人の夢が自分の夢になることは無いけれど、ここは魂を分かち合った猫同士。
目的は異なるとしても、生き方だけは同じであると考えたい。

{{オトナ族が群がる夜の蝶になって、奪われたものをこの手に奪い返すことにゃ}}

反対に奪われるものの方が大きいのでは?とも思ったが、口には出さない。

〈そんな夢、懐いたことも無いにゃ~。夢は夜に見るだけだからにゃ〉

私が知っているのは、ゴッホのように耳を切り落とす夢。耳なし芳一になった夢。
それだけだ。

{{人の"選択"は自由だけど、"生き方"は過去の経験に左右される。考えることね。日和ミーシャである以前に貴女が誰であったのか。にゃ}}

市野倉三咲という人間について。
酒蔵で生まれ、不自由なく育ち、何の疑問も持たずに毎日高校に通っている。将来なりたいものとか、夢を語ったことは一度もない。

〈にゃ、にゃに者でもにゃいにゃ〉

何者でもない私。
日和ミーシャでしかない私。

{{何者でもにゃいのなら}}

刃渡ネオンは言葉で私を切り裂いた。

{{にゃにもしないで見ていれば?}}

でも一つだけ、特性がある。
孤独な猫は縄張りを追われ、他人の縄張りでこっそりと冷えた残飯に食らいつく。

〈にゃかまに入れて?〉

切実すぎて、ニヤニヤと出来ない。自分というものを持っていないから、取り残されると不安になる。【仲間になりたい】
私はネオンにしがみついた。

〈ねぇ、お願い〉



かくして、私たちのオトナ狩りが始まった。

数人で闇に潜んで飲み会帰りのサラリーマンを襲う。刃渡ネオンが色仕掛けで迫り、魑魅魍魎が"虚無"の世界に引き摺り込む。

トイレに入ってきた裏社会のボスをいきなり壁に打ち付ける。リンチが終わると鋼チョスが現れて"お前の罪、全ての罪を水に流してやろう"と言う。トイレが詰まって下水が噴き出る。

新市民たちが交通量の多い道路にバナナの皮を撒いて、スリップ事故を誘う。猫たちがボンネットに集まり、オトナ族がハンドルを誤ったところを掴み出す。痛風の力を手にした化物が運転者を食べると、悪い噂の立ったその道を通る者は少なくなる。

或いはまた、金属バットで学校の窓をすべて壊して、教職員と対決する。
非常階段を“ペンローズの無限階段”に替えて、掃除をサボっていた不良生徒を奈落の底に突き落とす。

私は職員室のドアを蹴破り、雄叫びをあげながら机の上に広がる書類を踏み躙った。

〈校長は何処にゃー!〉

すると、絵に書いたような校長先生【バーコード頭に大きめの眼鏡!】が、毅然とした態度で名乗り出る。

((私、だが。君は何を勘違いしているのかな?))

上着を脱ぐ校長を見て、言葉を失う。
肩から腹にかけて、禍々しい 髑髏の刺青が入っていたからだ。

〈ま、まさかそんにゃ……〉

その徴は、泣く子も黙る体罰推進委員会、その中でも悪名高い親衛隊員の証だった。

((悪い娘には、お仕置きだ))

ダン!

校長先生が机を叩くと、その衝撃波で私はよろめく。

〈や、やめて欲しいにゃ。わ、私には何の恨みもにゃいのら。やれと言われたことをやっただけにゃ〉

((そんな言い訳が通用するほど、オトナの世界は甘くはない))

ダン!ダン!

力無くひれ伏した私を見下して、先生は言った。

((私に見放された時にはもう、君を救う手立ては残されていない。夢や希望を懐くことすらもう出来ない。そう思って、精々今をもがき、苦しみ、生きるがいい))



ぼんやりと目が覚める。
真っ白な天井が見えた。

「えっと、あれから……」

思い出せない。
漏れだした言葉は猫語ではなかった。
身体が重い。

《やぁ》

聞き覚えのあるような、無いような、ひどく嗄れた声が言う。

《一晩中、うなされていたよ。悪い夢でも見たのかい?》

年老いた明星一番が、私の顔を覗き込んでいた。
皺くちゃで、ゾッとした。
震えが奔る。

「いやだ、いやだいやだいやだ!」

目覚めたくない!
どんな悪夢の中だっていい!
今は兎に角、この現実から目を反らしたい!

もう、何も見たくない。

《クソ、またか……》

一番が言って、無理やり眠りにつこうとする私を慰める。

《おやすみ》

その言葉で、私は再び安らかな気持ちになれる。

痛いは嫌い。
苦しいは嫌い。
毎日笑って過ごしていたい。

"市野倉三咲"という人生には、楽しいと思える時間があまり無かった。
だから夢で、"補完"する。

「なあに、今日は、ハロウィーンなの?」

夢の中の一番は、【【虎】】のお面を被っている。鏡を見ると、私は【【猫】】のお面をしていた。

「ねえ一番、私、かわいい?」

本当の姿など見ないようにして。
目を閉じ、耳を塞ぎ、口をつぐんで。
私は再び、猫を被る。

【第7話 “鋼カオスの憂鬱な日常” に続く!】
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