みらいみらい・・・贋作☆御伽噺

百夜

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贋作☆御伽噺話

あの山越え・・・(ウサギとカメ)

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【みらいみらい】

ひょんなことから、素早いウサギとノロマの亀が一緒に暮らすことになりました。
毎日のように、ウサギは亀に言ってのけます。

「やい、ノロマの亀やい!」
「なんでい、速いだけが取り柄のギザ耳ウサギ」
「あの山まで競走だ!真剣勝負と行こうじゃないか」

いつもいつも動作が鈍いので、ウサギには亀が本気を出しているように見えませんでした。

「ロハスだか何だか知らないけど、マッタリしすぎて何もかも甘っちょろいんだ」

岩をぴょんぴょん飛び跳ねながら、ウサギはニンジンをかじります。

「省ける手間はさっさと飛ばして!同時にこなせることは同時にやるのがウサギ流!」

帰路について、ふと脇をみると亀が甲羅を干していました。

「気が向くままに過ごすのが亀の流儀でね」
「けっ!下らない!それじゃ、餅つきのイベントがあるんで《お先に失礼致します》」

亀は手足を引っ込めて、ついでに頭も引っ込めました。

「・・・・・・騒がしい奴」



この村には、ひとつの伝説が真しやかに語り継がれてきました。

「あの山の向こうには豪華絢爛・酒池肉林にして無病息災、百花繚乱・極楽浄土の桃源郷があるという」

立ちはだかる巨大な稜線の先に、何があるのか見た者はいません。
誰も見たことのないパラダイス!

「だったら、この俺様が先駆者になってやる。もっと広い世界を見たいんだ」

ウサギのことが少し心配になって、亀は一言口を挟みます。

「同じような戯言をぬかした輩は過去にもいた。・・・・・・大勢な」
「そいつらはどうなったんだ?」
「誰も帰って来なかった」

極楽浄土は、死んで初めて行ける場所。あの山の中腹で行き倒れているに違いない、亀はそう考えていました。

「てやんでえ」

ウサギは忠告を一蹴して、鼻をぴくぴく動かします。

「お前なんか、殻に閉じ籠ったまま朽ち果てるがいいんだ!」
「聞く耳を持て!」

亀は柄にもなく一喝しましたが、我に返って身を引きました。

「まあ、いい。好きにせい・・・・・・」

あの山の向こう側には、今よりもっと豊かな世界、素晴らしい世界が待っているはず。
そう信じて、ウサギはこの村をあとにしました。



ぴょんぴょん、ぴょぴょん!と岩を飛び越え、ギザ耳ウサギは一気にあの山を制覇します。

「はははッ!こりゃ楽チンだ!何が苦行だ、禁じられた山だ!あいつら、言ってるだけで何も行動しない木偶の坊だぜ!」

彩り鮮やかな花々が咲き乱れる広大な野原が、目の前に開けました。
暖かな日射しがギザ耳ウサギを慰め、綿菓子のような雲がそっと影を落とします。

「うーん、いい気持ちだ。だんだん目蓋が下がってきて・・・・・・惰眠を貪るああ夢見心地、ねむねむ・・・・・・」

朝。

目覚めると、艶やかな蝶がひらひらと舞って通りすぎました。
まるで悩みなどないみたいです。

「さて、散策でもしてみるか」

他にやることもないので、ウサギは食べ物を探しに行くことにしました。
いい匂いのする方へ足を伸ばします。

「ご気楽、お気楽」

すぐに、青々とした葉が生い茂る丘が見つかりました。
引っこ抜くと瑞々しいニンジンが姿を現します。

「う・・・・・・旨い!」

しっかりとした歯応えに、シャキシャキとした噛み心地。
甘味のある水分がすっと喉に落ちて、芳しい薫りが鼻に残るこれぞまさに天下一品!

「うまい、うまい、うまい、うまい!」

食べても食べても食べ飽きません。
ウサギはぶくぶくおデブになっていきました。

「ま、いっか」



芥子の花が揺れるのに合わせて、ウサギはゆらゆら身体を揺すります。

「ウサギ追いし、かの山~♪」

何処で覚えたのか誰もが知っているその歌を、憧憬をこめて口ずさみました。

「忘れがたき、ふるさと~♪」

バン!

あり得ないほど近くで、一発の銃声が響き渡ります。
ウサギは突然縮こまって、岩陰にさっと隠れました。

「奴らが・・・・・・来る!」

あの日。
母ウサギを撃って、その煙の生き物は若き日のギザ耳ウサギに近付きました。
嫌な記憶が蘇ります。

《今夜は子ウサギのスープでも戴くとするか》

そう言うと、奴らは長い棒の先をウサギに向けて、もう一度引き金を引いたのです。

「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!」

咄嗟に避けて、耳だけが犠牲になりました。古傷がズキズキと傷み、ギザ耳ウサギはのたうち回ります。
パラダイスの食べ物には、幻覚作用が含まれていたのでした。

「みんな消えろォー!」

顔を上げると、真っ黒で巨大な壁が見えました。

「!?」

その時、ウサギは気付きます。
楽園だと思っていたこの場所は通過点にすぎないと。求めるものは、もっと先にあるのだと。

それは、もうひとつの壁、もうひとつの山でした。

「あの山を越えれば・・・・・・」

血の滲むような執念で、ウサギは岩壁に足を掛けます。

「望む世界が、そこに」



ゴツゴツとした岩は肉球を痛めつけ、あちこちにかすり傷を作りました。

「それでも、ぼくは、その先にあるものを、見たいんだ・・・・・・」

嗅いで、触って、そのリアルな感覚を肌で感じて味わってみたい。
その一心で登り続けます。

「考えてみれば、この俺も、昔はぴょんぴょん軽々と山を越えたもんだな・・・・・・ハハッ!」

今では、お腹の肉もたるみ、精悍だった当時の面影はありません。
そのせいでお腹を引き摺ってしまい、自慢の毛も抜け落ちていきました。

「だからって今が、あ・・・・・・アガアッ!」

砂利に足を取られて、ズルズルと滑り落ちます。
幸い、山は下りに差し掛かっていました。

「ここは、何処だろう?」

水がピチャピチャとウサギの頭を濡らしました。
舌を出して渇きを癒します。

「潤いを・・・・・・クゥッ」

傷だらけの肌に冷たい水は、ズキズキと染み渡ります。
ひとしきり水を浴びると、枯れつつある泉に別れを告げて先に進むことを決意しました。

「何かひとつ、誇れるものがあるとすれば。それはぼくが《求め続けた》ということだ」

足元を覗き込んでも、濃霧に隠れて目的地は見えません。
それでも尚、ギザ耳ウサギは歩き続けます。

「下らないと思っていたあの頃・・・・・・懐かしいなあ・・・・・・」

行け行け、どんどん、ずいぶん遠くまで来てしまったウサギには、もう戻ることなんて考えられません。

「誰にも見守られることなく、誰にも顧みられずに、ぼくはこの《不毛地帯》で死んでしまうんだ」

思えば、亀の言ったことは正しく、ウサギの行動はあまりにも軽率でした。
足を挫いて、立ち止まります。

「着いたッ!」

道は平坦になり、振り向くと背後にはあの山が聳え立っていました。

ず・・・・・・ずるる・・・・・・

足を引きづりながら、ウサギは《到達点》をこの目で見ようと躍起になります。
霧は次第に晴れていき、その全貌を顕しました。

「なんてことだ!あ・・・・・・あああ!!!」

その岩の形を!
繁みの広さと形状を!
ウサギは完璧に覚えていたのです。

「おらが、故郷!」

その村は完全に駆逐され、巨大な鍬のついたショベルカーで無惨に抉られ、何本もの鉄の棒が突き刺さっていました。

《うさぎさんの森・かめさんの池、ビジターセンター開発予定地》

あの山を越えたウサギは、そこで方向感覚を失ってもう一度同じ山を戻ってきていたのです。

「だが、もう限界だ・・・・・・ぼくはこの場所で、力尽きる・・・・・・」

近くにこんもりと盛られた土があり、それが墓標のように見えたので寄り掛かります。

「故郷を離れ、最期の時に故郷に戻る、これがギザ耳ウサギの一生でござい!」

精一杯の力で口上を述べると、ウサギはバタリと倒れ込みました。

盛り土が、のそりと動きます。
死んだつもりになっていたウサギは驚いて飛び退きました。

「!」

まずは小さなかわいい尻尾。そして手足が盛り土から飛び出します。
最後に長い、長い首を引っ張り出して、ノロマの亀は言いました。

「おかえりなさい」

ずっとずっと、待っていたよ。
亀は言葉少なにそう言っているようでした。

「ただいま」

ウサギは、目を真っ赤にして泣きました。

【おしまい】
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