みらいみらい・・・贋作☆御伽噺

百夜

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贋作☆御伽噺話

キリギリスの晩餐・・・(アリとキリギリス)

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【みらいみらい】

働きアリは溜め息をつくと、運んでいた角砂糖に寄りかかって暫く足を休めました。
草は空に向かって高々と伸び、そよ風に揺れて踊っています。

「はあ・・・草ってのは、気ままでいいよなあ」

こちとら重い荷物を運んで、その全てを食べられるわけでもなく、顔も見たことのない女王の為に昼夜構わず働き続けているのです。
暗い地面のじめじめとした迷宮に帰る前に、この風にあたって過ごす時間が何よりも好きでした。

「ずっとこのまま、目を閉じてゆっくり眠れれば最高なんだけど」

その時、ふと風に乗って聞こえてきた美しい調べに、働きアリは心を奪われました。
甘美な音色は(そのままでいいよ)(さあ身体を楽にして)と唄っています。

「やあ!」

茂みを掻き分けて見つけたのは、優雅な格好をしたキリギリスの楽団でした。陽気な振る舞いが似合うと思って声を掛けると、彼らは一斉に手を止めてこちらを見ます。

「やあ、君。僕らの演奏が気に入ったのかい?」

働きアリは、首を大きく縦に振って頷きました。

「うん!最高だったよ!気持ちのいいそよ風みたいで・・・時に荒々しく、嵐のようでさ!」

軍隊アリのマーチよろしく高々と足を上げて行進してみせます。
キリギリスたちは顔を見合わせ、乾いた笑いを浮かべて肩を竦めました。

「・・・って。どうして演奏を止めちゃったの?」

聡明そうなキリギリスが近づいてきて、耳元で囁きます。

「朝からずっと弾き続けていたから、お腹だって減るさ。もうみんなクタクタなんだよ」

確かに!げっそり痩せほそって今にも倒れそうではありませんか!

「君の角砂糖・・・あれを少しだけ分けてくれないか?元気が出れば、また動けると思うんだ」

これは大変!
働きアリは慌てて角砂糖の場所まで駆け戻ると、ずっしり重い立方体をキリギリスの元へ運びました。

「じゃ、遠慮なく」

よほどお腹が減っていたのでしょう。砂糖の塊はたちまち崩れて無くなってしまいます。

「ふぅ~食べたな~!ちょっと寝てから、また演奏を始めるとするよ」

働きアリは自由気ままなその光景をみて、楽団に出会えて本当に良かったと思いました。



「コラ!またお前か!女王様に角砂糖を運ぶ約束だったじゃないか。あれだけ長い間外にいて、貴様は何をやっていたのだ!」

門番アリは、(いつものことですが)物凄い剣幕で怒鳴り散らします。
働きアリは耳を塞いでやり過ごしました。

(まったく、嫌になっちゃうよ)

そんな気持ちが働きアリの心の中で生まれ、渦を巻きます。すると、益々キリギリスの奏でる音色が恋しくなってあの場所に足しげく通うようになりました。

「あはは!あははは!もっと歌ってよ僕のために!」

演奏が終わってうたた寝をする間、キリギリスたちはガツガツと貢ぎ物を平らげます。
ある時、働きアリは仲の良くなったキリギリスに言いました。

「どうして僕らはアリなんだろう。毎日食べ物を運んでばかりでさ。君たちみたいに才能があって、楽しく歌えれば最高なのに」

たらふく食べて眠そうなキリギリスは答えます。

「君たちは《ご飯》を運んで《余興》を楽しむ。俺たちがやっていることはその逆だ」

キリギリスたちは《余興》を生業としていて、対価として得た《ご飯》を楽しんでいるのです。
要するにどちらも労働をして、勝ち得たものを楽しみにしていることになります。

「アリだろうが、キリギリスだろうが、根本的には同じだよ」

何とも考えさせられる夜でした。
でも、彼らは忘れていたのです。自由気ままなキリギリスと違って、働きアリの社会は良くも悪くも《集団》で動いているということを。



「なあ、おい」

後ろから声を掛けられました。
振り返ると、それは同期の働きアリでした。

「お前、何か隠していることがあるだろう」

群れることしか知らない嫌いなタイプのグループです。
味噌ッ歯で小柄な腰巾着が、リーダーアリの背中側から顔を出して言ってのけます。

「秘密の場所を教えやがれ!」

はじめ、教えるつもりはありませんでした。でもその時、働きアリの脳裏でバババ!バババ!と《ある考え》が浮かんできたのです。

「タダで教えるわけには行かねえなあ・・・」

わざと悪びれて、不良のアリを装います。
女王に捧げるはずの貢ぎ物を自分のために使っているのだから、不良のアリであることには違いありません。

「それなりに《いい所》だからな。紹介料でも貰わないと割に合わない話だぜ」

これで立場が逆転しました。
隠されれば隠されるほど、気になって仕方なくなります。

「コメ100粒に角砂糖を、まずは手土産に持ってくるんだ。くれぐれも、このことは内密にするんだぞ」

それは、守られるはずのない約束でした。
あれだけのことを体験して黙っていることなど不可能です。

(やはり今日も新顔がいるな)

やがて、あの場所には働きアリが列を成して並ぶようになりました。



キリギリスの晩餐に加わってばかりいると、だんだん世間の情勢に疎くなってしまいます。

「それで見たのよ。こうやって視線を交わしたの。何がって、隣の巣にいる軍隊アリのことだけど。彼らの逞しい肉体美!ああ惚れるわあ!」

時折聞こえてくる噂話だけが唯一貴重な情報源です。働きアリは、酔狂の中で様々な噂を耳にしました。

「それに比べてウチの男どもと言ったら!腕っぷしどころか、アッチの方も萎えちゃってるんじゃないかしら」

こんな時に戦争でも起きたら、すぐに負けてしまうでしょう。
いや、負けたことにすら気付かないかもしれません。
そしてもうひとつ。

「充分な餌を得られずに、女王様は餓死寸前らしいわよ」

何だかジワジワと胃酸が染みだしてきました。

(まさか、僕のせいで?)

僕が始めた壮大なる商業芸術、成功しすぎた興行のせいで?
働きアリたちの巣は今、壊滅状態に陥っているのです!

(考えろ・・・)

きっと何か良い打開策があるはずだ・・・そう思って頭をひねります。
すると、まるで天恵の如くバババ!バババ!とアイデアがスパークしたではありませんか。

(よし、これで行こう)

働きアリは、女王様に面会を求めることにしました。



「して、そなたが件の働きアリか」

初めて目にする女王アリは見上げるほどに巨大でしたが、痩せていて至極頼りない感じがしました。
それでもやはり、巣に君臨する者としての風格は保ち続けている(あるいは、そうしようとしている)姿が印象的です。

「いかにも。僕が《あの》働きアリです」

顔を伏せることなく、むしろ顎を突き出したような格好で名乗りました。

「よく来れたものだな・・・お前のお蔭で妾はこの体たらくよ。さて、何をもって償ってもらおうか」

女王に直訴した者は、6つの手足と触角を全てもがれる。そんな噂がまことしやかに囁かれていた時分です。

「取引をしましょう」

それが、働きアリが此処に来た理由です。むざむざ死ぬ為ではありません。

「ふん、忌々しい!だが、聞くだけ話を聞いてやろう」

女王アリは藁にもすがる気分でした。このままでは自分だけでなく、一族もろとも滅びてしまうかもしれません。

「《この》危機は、キリギリスだけの問題ではないのです。宴ばかりに気を取られ、疎かになっている事柄が1つあります」

従者たちまでもが、身を乗り出して話の続きを待っていました。

「それは、隣の、軍隊アリです」

ジェスチャーを交えて語りかけます。完全に心を奪ったと云えます。今なら何を言ったとしても働きアリの決定が採択されたことでしょう。

「知っていますか?女の子たちが彼らを如何に神格化しているか。僕らを何と呼んでいるのか!」

軍隊アリに断罪を!
我らがコロニーに繁栄を!

「働きアリの一平卒、その状況なら既に議論され尽くされておる。立場をわきまえて進言せよ!これは抗えぬ世界の潮流、お前如きには止められぬ!」

ここで話の舵をきります。

「僕が止めるのではありません」

そして。

「キリギリスたちに止めてもらうのです」



働きアリがまずやったのは、噂を流すことでした。

「隣の巣にいる軍隊アリが、こっちの女の子たちに興味津々らしいぜ」

すると、何をするでもなく女の子たちがイエーイ!フゥー!となって軍隊アリをたぶらかしに出掛けます。
すると翌日から、キリギリスの晩餐に顔を出す《隣の奴ら》が幅を利かせるようになったのです。

「どうだ、悔しいだろ同志」

仲間たちは正気に返り、この現状を変えてやろうという躍起になりました。これが働きアリの一石二鳥作戦です。

「敵の集中を削いで、こちらは力を蓄える。それがアリの働き方って奴だ」

餌は寄り道をすることなく、衰弱していた女王の元に運ばれていきます。

「これはお前の功績だ・・・特別な施策にインセンティブを出してやろう。何が欲しい?さあ、働きアリ。好きなものを好きなだけくれてやろう」

働きアリは答えます。

「では、働き続けているキリギリスたちに束の間の休息を与えて下さい」

このところ働き詰めで、目の下が窪んでいるのを働きアリは見たのでした。

「ならぬ!それだけはならぬ!」

軍隊アリに再び《力》を持たせることに成りかねないと、神経質な女王は休暇の申請を却下しました。

「ならぬと言ったらならぬのじゃ!」

暫くして、キリギリスの一匹が過労で倒れます。
弾き手がいなければ興行は成り立ちません。働きアリは、《彼》の肢体に寄り添いながら言葉を洩らしました。

「ねえ、キリギリスさん。僕らがやって来たことは結局のところ何だったんだろう」

息も絶え絶え、彼は言います。

「歌って、踊って、大騒ぎ」

それだけで充分だと、彼は笑って言ったのです。

「誰かの為にやったことじゃない。俺たちは互いのやり方で、やりたいことをやり遂げたのさ」

働くこと、それ自体が娯楽になるように。

「生きるってのは、そういう事だと思うんだ」

そして静かに目を閉じました。



「演奏を止めるな」

涙を流しながら、働きアリは命令します。

「何があっても弾き続けるんだ!」

ここで止めてしまったら、今までの全てが否定されてしまう。そんな錯覚が襲ってきたのです。

(女王の為ではない・・・僕らの生き様を知らしめる為の音色なんだ)

これは弔いの歌でもありました。
誰の心にも共鳴し、惹き付ける力を持った曲でした。

「とは言っても、ここまでするか普通・・・」

仲間のアリも退いてしまうその所業は、後に伝説として語り継がれるものでした。

「さあ、腕を持って。いやいや、君たちは頭の担当だ」

働きアリたちは、人海戦術で死んだキリギリスの身体を持ち、パペット人形のように操って動かします。
客席からはまるで生きているようにしか見えません。

(誰も気付く者はいない。たとえ気付いたとしても指摘しない)

最初は鳴り物入りで登場した楽団も、やがてその名声は形骸化して《この場所》は集まり、騒ぎ、酔いしれる為の場所に変容していきます。

「象徴としてのキリギリスは、そこに在ることだけが重要なのさ」

ただちょっとだけ、真実を知る者は侘しい想いを抱えていました。
でも、それだけです。

「もはや誰も音楽を聴こうとしないのね」

とびきり美しい女の子がそう言って、最後のグラスを傾けます。
働きアリは彼女の掌に掌を重ね、遠い目をして呟きました。

「誰の歌を聴くでもない、各々が己自身の思うままに集うこの喧騒・・・これが僕らの歌なんだ」

女の子は両目をパチクリ!瞬いて、微笑みを浮かべます。

「なにあなた、詩人なの?」

お酒の席での愛想だけではないことを願って。
働きアリは身を寄せました。

「さあ、耳を澄まして」

ザワザワと、ガヤガヤと。僕らの歌は止むことを知りません。

「ふふッ、これが私たちの歌?」

噴き出したように笑われたので、働きアリは必死になって取り繕おうとします。

「いや、これは、・・・僕にとっては、誇らしい歌で、その・・・」

口ごもると、女の子は言いました。

「《僕にとって》じゃないわ、もう」

まじまじと視線を交わして、言いました。

「《私たちの》歌よ」



働きアリには、秘密にしている場所がありました。
まだ誰にも《その場所》へ案内したことはありません。

「アリにはアリの、守らなければならない秘密がある。・・・君は例外さ」

手を繋いで、ふたりは繁みに深入ります。

「いったい、何を見せてくれるの?」

目隠しをした女の子は、期待に胸を膨らませてニコニコとしていました。
働きアリはそんなところに惹かれたのです。

「もういいよ、目を開けて」

するとそこには、細長い半透明の卵の残骸が広がっていました。
他には何もありません。

「えっと・・・これは、何?」

落胆や失望を顔に出しながらも、彼女は働きアリに意味を問います。

「よぉく目を凝らして。ほら!」

草の陰から、小さな白い虫たちが現れました。
ちょこん!と飛び跳ね、ふたりの周りを踊りながら回ります。

「キリギリスの子供たちだ」

信頼して、託された沢山の子供たちが歌っています。

「アリさんの歌だよ」

小さなキリギリスたちは満面の笑顔を浮かべて、口々に言いました。

「大好きなアリさん、スゴいんだよ!」

かつてキリギリスに憧れた自分が、今度は慕われる立場になっているということに深い感慨を覚えます。

「ふふッ」

彼女もつられて笑いました。
彼女につられて、働きアリも笑います。

「愉快じゃないか。アーレ、ソレソレ!」

楽しむのに、アリもキリギリスも関係はありません。
賑やかな調べはその日も、その次の日も、絶えることなく続いていきました。

「まあ、こんな生活も、アリかな」

【おしまい】
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