上 下
135 / 187
騎士団との旅立ち。

レオノールの傷。④

しおりを挟む
レオは少しだけ冷えた身体に温かさを取り戻したような感覚に、気を取り直したように歩き出した。

エターナルアプローズの前に辿り着くと、そっとその花に触れる。



「ねぇ、お母さん・・!?・・どうしたの!?」



「・・っつ!!」

さっきの娘が母から浴びた言葉を思い出した瞬間、茎を強く握った指から赤い血が細く流れた。


「・・心が。
大切な相手を忘れてしまったら幸せな日々すらも失ったも同然なのだ。
思い出は、双方が持ち合わせているから絆が生まれる。それが無くなれば呆気なく他人になる。・・そんな脆い物なんだ。」


あの日の痛みを思いだしたレオノールは、苦い痛みを飲み込むように瞼を閉じてあの日を思った。


「父上!?・・何故ですか!?
・・どうして、母上に会ってはいけないのですか??」


柔らかい笑顔と、温かい手・・・。

いつも神殿で祈りを捧げる女神レオノーラに生き写しの母。

そこに当たり前に側にあった笑顔がいつの間にか目の前から消えてしまった。

美しい美貌を持ちながらも、陽気で明るい母だった・・。

この国唯一の女性ファーマシストとしても優秀な母は父からも国民からも愛されていた。

「母上に・・・。花を届けたいだけなんです!!
母上の大好きなエターナルアプローズを・・。」

「レムリアは・・。重い病に侵されているのじゃ。伝染性の・・物だと聞いた。
だから小さなお前のように免疫を持たぬ者は接触出来ないのじゃ。
お前が摘んできた花は届けさせて置く。だから、解ったな、レオ・・。」

眉間に皺を寄せたまま、天帝と呼ばれる偉大な父は瞳を反らした。


「・・・何でですか!?だって・・。
母上は、この間まであんなに元気だったのに!!
この国には、ファーマシスト達がいる。
それにっ、神力の加護だって・・。
母上は神獣グリフォンの加護だってあるのでしょう・・・。」


「薬も・・。神力や、神獣だって万能ではない。
儂だってレムリアを治したいから全力で
治療にあたらせているんじゃ・・!!
頼むから、聞き分けのないことを言うな。レオ!!
お前は、この国の天子である前に世界を纏めていく人間・・。どんな時でも、揺るがない矜持を持つのじゃ。」


揺るがない矜持・・。

でも??

持っていた花の茎を握ると、鋭い薔薇の棘の痛みを指に感じた。

「・・・嫌だ。そんな物、持ちたくない!!
大好きな母上にお会いして励ましてあげたいんだ・・。そしたら、母上だって元気になるんだ!!」


いつも愛していると撫でてくれた優しい手。

大好きだと。

レオノールは自分の宝だと抱きしめてくれる母上を励ませるのは、元気に出来るのは・・。

自分だけなのだと。

・・・俺は。
自惚れていた。


「あっ・・。こらっ。だ、駄目じゃ!!
レオ、何処に行く!?」

気がついたら走り出していた。

広い帝宮の西の棟にある部屋へと、薔薇を握りしめたまま走った。


大きな精巧な彫りの入った重い木製の扉を力一杯掴んで、開いた。

そこにいた数人のファーマシストや、神殿の人間達
が驚いて振り返った。


「天子様・・・。何故、ここに!?」

「レオノール様!?母君様は、闘病中でございます・・。お引き取り下さい!!」

乳母であるカーラは慌てた声を上げてこちらにかけてきた。

「・・・嫌だ。
母上は、僕が見舞ったらきっと良くなってくれるはずだ!!みんな、そこをどいてくれっ!!」


金で縁取られたたブルーのベルベッド色のカーテンの内側にレムリアが眠っていることを確認した俺は、焦りを感じて捕まえようとする大人をかわして走り出す。

ベッドの上に横たわったままの母の元まで走った。



「・・レオノール様!?」


レオノールを探し回っていたエリアスが
廊下に立ったまま、開いた扉の向こうから
驚いたような表情を浮かべていた。


「ゴホッ・・。ゴホゴホッ・・。」


大きなベッドに横たわり、青ざめた母上を目にした俺は驚いて息を飲んだ。

何度も咳き込みながら、力なくぐったりとしていた。

「・・・母上!?大丈夫ですか・・!?」


俺の声に、母はピクリと身体を震わせたように見えた。


エターナルアプローズの花を小さな手に握締めたまま、母の枕元で背伸びをして話しかけた。

その薔薇の香りに薄く目を開けて、母がこちらを見た。


「・・・・いい、香り・・。なんだか、懐かしいわ・・。」

蒼いサファイアブルーの瞳が力なくこちらを見た。

「母上、僕・・・。母上のお見舞いに来ました!!
母上の大好きな花をエリアスと沢山摘んだんです!!母上が早くお元気になられるように。」


同じ色の瞳を大きく開けたレオは花を差し出して微笑んだ。


「・・母上・・・。私は、・・・貴方の・・母なのですか・・??」

いつもの凛とした母の弱々しい声に、耳を疑う内容が入っていた。

「どうしたのですか??
まさか、お目が・・。目が見えないのですか??
レオノールです!!
・・貴方の唯一の息子の・・!!」


「可愛い・・子ね・・・。綺麗なブルーの・・瞳が・・。でも、ごめんね・・。
貴方が誰だか・・・解らない。」


しおりを挟む

処理中です...