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第二章
第一話①※ (なんの資質だ!胸の飾りとか詩的な包みかたを披露すんな!)
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王都は柔らかな雨で濡れている。石畳はしずかに打たれ、土はぬかるんでいた。青薔薇だけが雫を受けてはつらつとしている。フォン・ローゼンクランツ伯爵家が持つ館すべての庭で、青薔薇は顔を空に向けていた。
「クルト。来月のプラリネは山椒と黒胡椒それに栗の蜂蜜を使ったものと、レモンのミード漬けを使ったガナッシュだそうだよ。楽しみだな」
「いらねえ……」
北の通りは菓子を扱う店が立ち並んでいる。その近くにも一棟、ディートリヒの館が存在していた。木製で、赤い屋根がなんとも素朴で愛らしい。庭はほとんどがハーブで、まれに青薔薇が植えられている。緑青のような色合いで、こぶりな一重咲きだ。
「おや。今月のものが気に入らなかったのか? 私の味覚に誤りがあったようだ。君の好みは把握していると思っていたのだが――やはり専門家に任せておくべきだった。驕りは目を曇らせる。いや、クルトの愛らしさに」
「い、いらねえって、やめろ!」
クルトの声は語気の荒さに反して弱々しい。眉間が切なげによっていて、目元から頬は紅潮していた。
「クルト。機嫌を損ねた君はとても愛くるしい! 思わずそそられるような妖しさもある。しかし、今日は君の輝くような笑顔も見たい。困ったな……なにか欲しいものはあるかい?」
「チョコの、話、じゃねえ」
そう、プラリネは衝撃で目が落ちそうなほど美味だった。クルトが止めたいものはディートリヒの手だ。クルトは、カウチソファに腰掛けるディートリヒの右の太ももにまたがらされている。ディートリヒの手はクルトのシャツをたくしあげながら胸筋に触れていた。人さし指から薬指までの3本の指の腹は胸筋のふちを撫で、腋へ持ち上げるように動いている。乳首とは違ってクルトは考える余裕があった。だが、それも間も無く消えるだろう。
「手を、離せ」
ディートリヒは手をぱっと離した。クルトはディートリヒにもたれかかって肩のあたりに頭を預ける。はやく離れなければ情けなさで潰れそうだ。息を整えてから立ち上がる寸前、シャツの上から胸の突起を押されてしまう。ディートリヒは押し込んだ乳頭の先端を指の先でくすぐった。クルトの頭は胸から放たれる痺れで占められる。
「はっ、あ、やめ、あぅっ! あ、あ、あ……っあ、よせ……ぁ、はぁ、ンっ、んくっ」
ディートリヒの笑い声が耳にかかってそれも気持ちがいい。ディートリヒの思い通りになる悔しさがたちのぼるが、頭に入らない。感情がもたらす熱は胸や耳を炙って敏感にしていく。快感に抵抗できない自分の弱さが恨めしい。
「酒のせいだと主張していたが、やはり君の胸の飾りは天性の資質を備えているな。布の上からでも魅惑的な形だと知れるのに、惹かれる輩がいなかったというのは……まさに僥倖だな」
(なんの資質だ! 胸の飾りとか詩的な包みかたを披露すんな!)
「あ、あっ、や、やめ……ん! ぅう~~っ! は……ぁあ、く、んうッ、や……」
乳首を讃えられるたびに「やめろ」と叫びたくなるのだが、賞賛を受けるとなぜか痺れるような快感は大きくなるのだ。ディートリヒはクルトの口を封じるために魔力を流しているのだろうか。騎士の風上にも置けない行いだ。ディートリヒの顔を知らず、能天気に讃えるものたちにも怒りが湧いた。
(魔法を妙なことに使うな! お前の教育にかかった金に謝れ!)
「クルト。快楽は受け入れるほうがいい。次は素直に心の内を吐き出そうか」
「う、うう~、は、あっ! や、やめ……よせ、あ、ああッ」
「クルト。ほら、私も唱えてあげよう。気持ちいい、だ」
ディートリヒの指先はゆっくり円を描く。焦らされるとクルトの心は快楽を拾うことに夢中になってしまう。頭の隅で生まれるディートリヒを拒む感覚は捕まえられないのに、感覚が生まれるときの痺れは自ら飛び込んでくる。
「あ……! あ、ふ……ぅ、っき、気持ちい……いワケ、あぅ、ふ、ン……ね、ねえ!」
クルトは頭を振って快感を逃そうとした。しかし試みは不発に終わる。体を他者に支配されるのは嫌だ。快感が薄まれば逃げる機会も生まれるはずだ。けれど少しずつ位置を変えて刺激してくるから、つねに新鮮な歓びがあるのだ。頭の中の快感は集って大きなものとなる。ある段階で大きくならなくなり、感覚は凝縮されるようになった。胸の奥がきゅうと締まり、骨盤の内側は熱くてだるい。熱だけでもどうにかしたい。クルトは下半身に手を伸ばそうとするが、感覚に気を取られてかなわない。
(なんでまた乳首いじられてんだ……イきたいイきたい出したい気持ちいい……いい、もっと)
心の奥底にある言葉は本当にクルトのものなのか。ディートリヒが攻めてくるから思い込んでいるのではないか。しかし、言葉を声に出さずに読めば背筋の筋肉が軽く跳ねた。クルトが胸を突きだすと、乳頭の上部が一度で全てこすられる。クルトは絶頂のひとつ手前にしかいけなかった。ほうける頭は心を昨日の朝に飛ばす。
◇ ◇ ◇
朝日がどうにも重い。魔人討伐任務から2巡り経っていた。ようやく古巣である娼館通りに顔を出すことにした。まあ、顔出しだけがクルトの目的ではない。今のクルトは簡素なシャツとゆるいパンツ、踵のない靴を身につけ、油断しきった覇気のない顔をしている。日の出のすぐあとだというのに、酒を飲む輩がもういる。いや、朝からではないだろう。顔色から察するにきのうの夜からだ。
――古い時代の人たちは大きな争いを起こしました。やがて、相手を滅ぼすために星そのものを攻撃しはじめたのです。星が2つに分かれそうなほどに大きな大きな魔法を使いました。
娼館通りのどこからか伝導の書を読む声が聞こえる。声が大きいのではなく、風の魔法で周囲に伝えているようだ。クルトのマナ回路はそれを拾ったのだ。
――平和を愛する人たちは一生懸命に祈りを捧げました。その声に陽の光の神さまと月の光の神さまがお応えになられたのです。2柱の神さまは星が壊れたりしないように、星の真ん中を通る道へ、聖なる杖を刺し通したのです。
魔人はそう頻繁に現れない。月華騎士団は薄明と薄暮の2つの大隊があり、月がわりで魔人討伐と王都待機の任務をこなす。中隊は合わせて6つ。魔人討伐の任務も持ち回りであるため、命をかけて戦う機会はあまり訪れない。クルトにとっては残念なことだ。
――星は壊れなくなりましたが、人の数はとても少なくなりました。星の中で陽の光が一番よく当たるところにしか住めなくなりました。そこで平和を愛する人たちは手を取り合うことにしたのです。
王都待機は面倒だった。王国民にとって月華騎士団は気安い存在らしく、なにくれと“お願いごと”を持ち込まれたりする。
――まずは国の境目をなくしました。いろいろなものを分け合ってひとつに集めたのです。これが今の王国のはじまりです。皆さん。私たちは光の恵みに感謝を……。
家の近くまで来た。クルトは母に思いを巡らす。そして生まれた家の外壁を見つめた。クルトの母モニカは掃除に関してまめだ。真っ白とはいかないが、それなりに美観を保っている。半年前にあったヒビは消えていた。金はきちんと家のために使われたようだ。
しかし、やかましい。こんな朝からなにかが起きている。
「おい、お袋! 近所のババアどもにまたなんか押し付けられただろ!」
「クルト。来月のプラリネは山椒と黒胡椒それに栗の蜂蜜を使ったものと、レモンのミード漬けを使ったガナッシュだそうだよ。楽しみだな」
「いらねえ……」
北の通りは菓子を扱う店が立ち並んでいる。その近くにも一棟、ディートリヒの館が存在していた。木製で、赤い屋根がなんとも素朴で愛らしい。庭はほとんどがハーブで、まれに青薔薇が植えられている。緑青のような色合いで、こぶりな一重咲きだ。
「おや。今月のものが気に入らなかったのか? 私の味覚に誤りがあったようだ。君の好みは把握していると思っていたのだが――やはり専門家に任せておくべきだった。驕りは目を曇らせる。いや、クルトの愛らしさに」
「い、いらねえって、やめろ!」
クルトの声は語気の荒さに反して弱々しい。眉間が切なげによっていて、目元から頬は紅潮していた。
「クルト。機嫌を損ねた君はとても愛くるしい! 思わずそそられるような妖しさもある。しかし、今日は君の輝くような笑顔も見たい。困ったな……なにか欲しいものはあるかい?」
「チョコの、話、じゃねえ」
そう、プラリネは衝撃で目が落ちそうなほど美味だった。クルトが止めたいものはディートリヒの手だ。クルトは、カウチソファに腰掛けるディートリヒの右の太ももにまたがらされている。ディートリヒの手はクルトのシャツをたくしあげながら胸筋に触れていた。人さし指から薬指までの3本の指の腹は胸筋のふちを撫で、腋へ持ち上げるように動いている。乳首とは違ってクルトは考える余裕があった。だが、それも間も無く消えるだろう。
「手を、離せ」
ディートリヒは手をぱっと離した。クルトはディートリヒにもたれかかって肩のあたりに頭を預ける。はやく離れなければ情けなさで潰れそうだ。息を整えてから立ち上がる寸前、シャツの上から胸の突起を押されてしまう。ディートリヒは押し込んだ乳頭の先端を指の先でくすぐった。クルトの頭は胸から放たれる痺れで占められる。
「はっ、あ、やめ、あぅっ! あ、あ、あ……っあ、よせ……ぁ、はぁ、ンっ、んくっ」
ディートリヒの笑い声が耳にかかってそれも気持ちがいい。ディートリヒの思い通りになる悔しさがたちのぼるが、頭に入らない。感情がもたらす熱は胸や耳を炙って敏感にしていく。快感に抵抗できない自分の弱さが恨めしい。
「酒のせいだと主張していたが、やはり君の胸の飾りは天性の資質を備えているな。布の上からでも魅惑的な形だと知れるのに、惹かれる輩がいなかったというのは……まさに僥倖だな」
(なんの資質だ! 胸の飾りとか詩的な包みかたを披露すんな!)
「あ、あっ、や、やめ……ん! ぅう~~っ! は……ぁあ、く、んうッ、や……」
乳首を讃えられるたびに「やめろ」と叫びたくなるのだが、賞賛を受けるとなぜか痺れるような快感は大きくなるのだ。ディートリヒはクルトの口を封じるために魔力を流しているのだろうか。騎士の風上にも置けない行いだ。ディートリヒの顔を知らず、能天気に讃えるものたちにも怒りが湧いた。
(魔法を妙なことに使うな! お前の教育にかかった金に謝れ!)
「クルト。快楽は受け入れるほうがいい。次は素直に心の内を吐き出そうか」
「う、うう~、は、あっ! や、やめ……よせ、あ、ああッ」
「クルト。ほら、私も唱えてあげよう。気持ちいい、だ」
ディートリヒの指先はゆっくり円を描く。焦らされるとクルトの心は快楽を拾うことに夢中になってしまう。頭の隅で生まれるディートリヒを拒む感覚は捕まえられないのに、感覚が生まれるときの痺れは自ら飛び込んでくる。
「あ……! あ、ふ……ぅ、っき、気持ちい……いワケ、あぅ、ふ、ン……ね、ねえ!」
クルトは頭を振って快感を逃そうとした。しかし試みは不発に終わる。体を他者に支配されるのは嫌だ。快感が薄まれば逃げる機会も生まれるはずだ。けれど少しずつ位置を変えて刺激してくるから、つねに新鮮な歓びがあるのだ。頭の中の快感は集って大きなものとなる。ある段階で大きくならなくなり、感覚は凝縮されるようになった。胸の奥がきゅうと締まり、骨盤の内側は熱くてだるい。熱だけでもどうにかしたい。クルトは下半身に手を伸ばそうとするが、感覚に気を取られてかなわない。
(なんでまた乳首いじられてんだ……イきたいイきたい出したい気持ちいい……いい、もっと)
心の奥底にある言葉は本当にクルトのものなのか。ディートリヒが攻めてくるから思い込んでいるのではないか。しかし、言葉を声に出さずに読めば背筋の筋肉が軽く跳ねた。クルトが胸を突きだすと、乳頭の上部が一度で全てこすられる。クルトは絶頂のひとつ手前にしかいけなかった。ほうける頭は心を昨日の朝に飛ばす。
◇ ◇ ◇
朝日がどうにも重い。魔人討伐任務から2巡り経っていた。ようやく古巣である娼館通りに顔を出すことにした。まあ、顔出しだけがクルトの目的ではない。今のクルトは簡素なシャツとゆるいパンツ、踵のない靴を身につけ、油断しきった覇気のない顔をしている。日の出のすぐあとだというのに、酒を飲む輩がもういる。いや、朝からではないだろう。顔色から察するにきのうの夜からだ。
――古い時代の人たちは大きな争いを起こしました。やがて、相手を滅ぼすために星そのものを攻撃しはじめたのです。星が2つに分かれそうなほどに大きな大きな魔法を使いました。
娼館通りのどこからか伝導の書を読む声が聞こえる。声が大きいのではなく、風の魔法で周囲に伝えているようだ。クルトのマナ回路はそれを拾ったのだ。
――平和を愛する人たちは一生懸命に祈りを捧げました。その声に陽の光の神さまと月の光の神さまがお応えになられたのです。2柱の神さまは星が壊れたりしないように、星の真ん中を通る道へ、聖なる杖を刺し通したのです。
魔人はそう頻繁に現れない。月華騎士団は薄明と薄暮の2つの大隊があり、月がわりで魔人討伐と王都待機の任務をこなす。中隊は合わせて6つ。魔人討伐の任務も持ち回りであるため、命をかけて戦う機会はあまり訪れない。クルトにとっては残念なことだ。
――星は壊れなくなりましたが、人の数はとても少なくなりました。星の中で陽の光が一番よく当たるところにしか住めなくなりました。そこで平和を愛する人たちは手を取り合うことにしたのです。
王都待機は面倒だった。王国民にとって月華騎士団は気安い存在らしく、なにくれと“お願いごと”を持ち込まれたりする。
――まずは国の境目をなくしました。いろいろなものを分け合ってひとつに集めたのです。これが今の王国のはじまりです。皆さん。私たちは光の恵みに感謝を……。
家の近くまで来た。クルトは母に思いを巡らす。そして生まれた家の外壁を見つめた。クルトの母モニカは掃除に関してまめだ。真っ白とはいかないが、それなりに美観を保っている。半年前にあったヒビは消えていた。金はきちんと家のために使われたようだ。
しかし、やかましい。こんな朝からなにかが起きている。
「おい、お袋! 近所のババアどもにまたなんか押し付けられただろ!」
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