神隠し ノコノコ ~迷い込んだ好奇心の化け物編~

みくたま

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32話 神のくれた水

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 夜の林の持つ静寂は孤独な心にまとわりつくように侵入してくる。
 木々の隙間から零れるわずかな月明かりを頼りに手探りで、一歩一歩足を踏みしめて進んでいく。軋む草木と小枝の感触がブーツ越しでも伝わってきた。


 普段から一人行動に慣れているミカですら、ひと恋しさを感じて息を飲み込んだ。
 神の国ゆえ、オオカミや野生動物の影に怯えることこそないが、孤独と暗闇による精神的なプレッシャーは少なからずあり、ミカの体力を削って奪っていく。


「この時間帯に道案内もなしは判断を間違えましたかね…」


 ふと頭に浮かんだのは壱の顔だった。壱の家に向かう道中は彼の背中だけを追いかければ良かった。無造作に伸びた草葉が身体のそこかしこに触れて不快だ。それを感じぬように道を切り開いてくれていた彼の優しさに今さら気付いた。


 壱の家を飛び出してすでに1,2時間は経っているだろう。慣れない山歩きに疲労がたまり、少しだけ開けた場所にあった倒木に腰を下ろした。「ふぅーっ」と深く吐いた息が静寂の林の中に響く。
 背負っていたリュックも隣りに降ろして中を探る。使い古した花柄の水筒を取り出し、乾いていた口へと運んだ。


「…生き返りますねぇ」


 水筒から流れ込んできたのは、古くからミカの家の裏にあった井戸から汲んだ地下水だ。母曰く「神様に頂いた山の恵み」らしい。水道が通ってないほど田舎ではないが、それでも山間やまあいに面したミカの家にとって井戸水の需要はそれなりにある。
 幼い頃より慣れ親しんで来たからなのか、山脈でろ過されて澄んでいるからなのか――


「美味しい…」


 孤独さに鬱屈としていた体内に冷えた水が入り込み、脳を活性化させて全身に活力が湧いてくる。母が言っていた神様に頂いたというのも嘘じゃないのかもしれない。もう2,3くち口に含むと水筒をリュックの中に大事にしまってミカは立ち上がった。


「そういえば壱さんの家で頂いたお茶もコレに似て美味しかったですねぇ…またいつかご馳走になりたいな」


 高く伸びた木々の隙間から見えた大きな大きな山。
 特に道がわかるわけも当てもないので、ひとまずの目標としてそちらへ向かうことを決めて歩く。


 休憩が良かったのか、進む方向が定まったからなのか、リフレッシュされた足取りは先ほど比べるといくらも軽くなっている。
 鼻歌まじりの散歩道。頭の中には壱の顔が浮かんでいた。


 神の国に来た目的は昔話で聞いたものに対する好奇心だったが、そこで出会った【ノコノコ】と呼ばれた青年。神の国に生まれながらも、神とこの国を毛嫌いする青年。


 彼自身にも問題は大いにあるだろうが、受け入れたフリをして腫れ物扱いされてしまっては心を閉ざして当然である。神様には優しくあってほしいなんて人間らしい俗物的な発想かもしれないが、壱が生まれ故郷を嫌っている現実を作り上げているのは神様たちの責任だ。


 ミカにとってそれはなんとも気に食わない。


―――だから


「ひと言文句を言わないと気が済みませんね…」


 静寂の奥から微かに笛の音が聞こえる。目を凝らすと真っ暗な林の先に赤黄色のともし火が見えた。
 静かなるクレーマーはその足を早めた。
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