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3章 私はいかがでしょうか

15 ヒルダの策略

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 シリウスが帰ってきてからドレスを選ぶ約束をして、ダミアン王子の誕生日で狩猟をするらしく、軽装な格好をして馬車に乗り込む。
 メイド長もシリウスに付いていくので、しばらくうるさい人間がいないのは助かる。

「残っている者たちにはカナリアの言うことを聞くように命令している」
「お気遣いありがとう存じます。お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 シリウスは手を振りながら、馬車に揺られていく。主人の留守を守るのは私の役目のため、出来る限りの仕事を行う。本来は王城で行う業務なのだが、シリウスの計らいで離宮で仕事を許された。

「これは計算間違いが多いので、見直しを行なってください。それと何点か記載漏れがありませんか?」
「申し訳ございません! ただちに確認します!」
「農村区で害獣の被害があるので、対策を急いでください。具体的には──」

 緊急を要するのに後回しにされている案件が多くあり、すぐさま文官たちに命令して予算を使うように言う。
 国民のために使うための予算なのに、宴会や嗜好品の購入が多く目立ち、判断能力が落ちていたシリウスの評判を落としていたのは、ここの臣下たちのような気がした。

「カナリア様、お茶をお持ちしました」

 エマが紅茶とお菓子を運んでくれる。ちょうど仕事が一段落したタイミングで持ってきてくれたのだ。

「ありがとう。いただくわ」

 ナツメヤシをふんだんに使った焼き菓子らしく、口の中でほどよい甘さが染み渡る。
 紅茶もまた気持ちを落ち着かせてくれた。
 バタバタと廊下を走る音が聞こえてきて、せっかく心地の良い時間を過ごしているのに何事かと思っていると、男性の文官が血相を変えて入ってきた。

「カナリア様、大変でございます! 第一王子の奥方であらせられるヒルダ様が来城しました!」

 脈が早くなっていくのを感じた。てっきりダミアン王子の誕生日で付き添っていると思っていたのに、どうして今やってくるのだ。
 シリウスが居ないタイミングで来たのなら、用があるのは私であることは間違いない。
 頭を回転させ、相手の思惑を考える。
 知らせに来た文官は慌てた様子で私の指示を待っているのだ。

「わたくしは病気で倒れているとお伝えください」

 シリウスがいない今では二人で会うのは危険だ。また後日改めてもらおうとするが、それはもうすでに遅いことを知る。
 自室へ戻ろうと廊下に出ると、廊下の先にヒルダがもうすでにやってきていた。

「おやま、病気でダミアン様のお誕生日に出席できないと聞いていましたが仮病だったのですね」

 私は体調がすぐれないので出席しないことになっていたが、まさかヒルダがここに来るなんて思わず、脅されることを覚悟した。自分の二の腕を握り、不安になりそうな心を強く持とうとする。

「でもわたくしはそんな貴女を許そうと思うの」

 ──えっ?

 ヒルダは頬に手を当てて申し訳なさそうな顔をする。何を考えているのか読めないが彼女がそう引き下がるとは思えなかった。

「この前は貴女がシリウス様を毒殺しようとしたと勘違いしたでしょう? あれで反省しましたの。わたくしたちは家族なのですから、もっと協力し合うべきとね」

 背中がゾワゾワとして気持ち悪い。直感がこれは嘘だと言っている。
 何か企んでいるのは明白であり、今の情報だけではまだ彼女の心の奥底が見えない。

「まだ貴女もこちらに来て味方もいないのだから。今日派閥を集めたパーティーを行いますのでぜひ参加してくださいませ」

 言葉は優しいがそれでも信用できない。シリウスとは違って、何一つ心動かされないのだ。

「申し訳ございません。わたくしのドレスは前に転んで跡の残ったものしかありません。ヒルダ様の品位を私が落としてしまいます」
「わたくしは気にしませんのでぜひそのドレスで参加してくださいませ。みんなも帝国の技術で作られたドレスには興味がありますの。もしまた欠席したら、うっかりと今日の欠席は仮病だと言ってしまうかもしれませんね」

 やはり私を辱めるつもりだ。逃げ場などなく、最初から私に参加させようとする腹積もりだったのだろう。

「かしこまりました……」

 何か断る方法を考えたがどうしても思いつかず、私は結局頷くしかない。それで満足したヒルダは屋敷を出て行った。
 結局、いくらシリウスが守ると言ってくれても、いくらでも私を貶める方法はある。
 準備する時間もなく、身一つで何が出来るというのだろうか。
 とうとう時間になったので、私はダミアン王子の屋敷へと向かった。他の参加者たちもどんどん受付を済ませていく。エマを連れて中へ入ろうとすると、エマだけは入口で止められた。

「ここから先は招待された者だけだ。メイド風情は外で待っておけ」
「そんな! それではカナリア様をお守りできません! どうか隅でもよろしいので許可頂けないでしょうか!」

 エマが必死に懇願するが、近衛兵は全く取り合わない。それどころか鬱陶しそうに殺気立ち始めたため、私は慌てて仲裁する。

「エマ、ここからは私一人で大丈夫よ」
「しかし……」

 エマは私を不安そうに見つめる。この場で騒いだらこの子が危険だ。

「そう固いことを言うなって。異国のお嬢さんが一人でいたら可哀想だろ」

 後ろから声が聞こえてきたのは、前に助けてくれた流浪者のようなマントを羽織る男だった。ツバの広い帽子はクタクタになっており、どこからどうみても普通の平民のように見える。だがやはり只者ではないようで、近衛兵も姿勢を正して敬礼する。

「し、しかしッ! ヒルダ様からのご命令でございますし……」

 やはりヒルダが絡んでいたか、と心の中が騒つく。謎の男は気さくさに近衛兵の肩を持った。

「俺のせいにしていいから早く許可をもらってこい。それとも無理矢理に中へ入れて、お前の責任にしてやろうか?」
「ただちに許可をもらってきます!」

 近衛兵はヒルダの元へ走っていった。

 ──このお方は一体……。

 前も私を助けてくれた恩人であった。父とも面識があるようで謎が多い人物だが、少なくとも私の敵ではないのかもしれない。

「ではお嬢ちゃん、堅苦しいのは嫌いなんで、あとは自分でなんとかしてくれ」
「今回も助けてくださりありがとうございます」

 私は手を前にやってお辞儀をする。すると満更ではない様子で、フッと笑う。

「気にするな。ただの気まぐれだ」
「それでも助けてくだったことには変わりません。後日お礼をさせてください」
「いらん、いらん。おっ、戻ってきたな。あとは達者でな!」

 帽子を深く被り直して歩いて門の方へ向かう。本当にこのまま居なくなるようだ。

「それならお名前だけでもお伺いできないでしょうか!」

 謎の男は背中を向けたまま手を挙げただけで答えなかった。
 唯一味方してくれそうな人だったのでもっと協力を仰ぎたかったが、いつも現れるとは限らないのだから、頼りすぎるのもよくはない。

「ではお入りください」

 近衛兵は許可をもらったとのことだったので、私はエマと共にホール内に入った。
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