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3章 私はいかがでしょうか

16 間に合った王子様

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 もうすでに参加者たちが多く集まり、この国の令嬢だけが参加しているようだった。
 どうやら私への興味関心が高いらしく、視線が集まりながら、ひそひそする声も聞こえてくる。

「あの方が帝国からやってきた……」
「帝国の名家と聞いていましたが、ドレスも満足に用意できないなんて……」
「シリウス王子もお可哀想に。どうして帝国から犯罪者を──」

 言いたい放題の令嬢たちを睨みつける。私の気迫を感じてか、どんどん目を逸らしていった。それでも他の者たちのヒソヒソ声は止まらない。
 エマと共になるべく目立たない隅の方へと向かって、立食式のため立ったまま時間が過ぎるのを待った。
 ヒルダはまだ準備に時間が掛かっているようで未だ現れず、この待ち時間が永遠に感じられた。


「カナリア様、お飲み物を持ってきますね」


 エマはすぐに私の疲れに気付いて気を利かせてくれる。壁側に寄ろうとするとふらっと立ちくらみがやってきた。
 寝込むことが多かったため、体力が完全に回復したとはいえず、長時間立つのは体が辛かった。

「カナリア様、大丈夫ですか!」

 ジュースを持ってきたエマは、私の顔色を見て慌てて駆け寄る。体を支えてくれると少し楽になった。

「お熱測ります……やはり、熱が上がっております」
「静かに……今は倒れるわけにはいきません」

 頭がジンジンと痛み出してきた。そんな時に遠くから、ヒルダが入場するという声が響き渡る。派手な衣装に身を包み込み、第一王子の妻として周りへ見せつけるようだった。取り巻きと思われる令嬢たちが、口々にヒルダの美しさを讃えている。

「わたくしの旦那様へお祝いで来てくれた義妹はどこにいるんだい?」

 ヒルダが尋ねるとすぐさま令嬢たちが私の場所を伝える。道を作るように令嬢たちが並ぶせいで、まっすぐとヒルダと視線がぶつかった。

「まあ、なんてひどいドレスだこと!」

 傷付いたと言わんばかりの顔で口元を手で隠した。そしてまるで泣くかのように手で泣いているふりをする。

「せっかく招待しましたのに、まさかそのようなドレスでわたくしの愛する旦那様の名誉を傷付けようなんて……」

 ──貴女が無理矢理に誘ったんでしょうが!

 やはり嫌な予感は当たった。下手くそな三文芝居だが、彼女が言った言葉に誰もが同調しないといけない。

「まあ、なんておひどい……」
「ヒルダ様のご好意すら受け取らずにわざとあの格好で……」
「お元気お出しくださいませヒルダ様」

 口々に私へ非難の声が集まる。どうせこんなことになると思っていたが。
 早く帰りたい。このドレスは母の形見であるため、これ以上馬鹿にされるのも屈辱だ。

「なんだい、その顔は?」

 ヒルダの目が険しくなり、その眼光は光っているように感じた。
 取り巻きを従えて距離を詰めてくると妙な威圧感を感じた。

「申し訳ございません、カナリア様は熱が出ておりますので、本日はこれまでにして頂けないでしょうか!」
 エマに支えられてやっとの私だが、逆にヒルダはニヤリとした。

「そんな嘘で逃げようなんて、全くひどい義妹を持ったもんだよ。そんなに暑ければいいものをあげるさね」

 ヒルダはテーブルに置いてある飲みかけのワインを手に持った。

「同じ色ならこれで染められるわね。次からもそのドレスのままを着てくるんだったら、可愛がってあげるわよ。そこのメイドも黙って見てなさい!」

 他の令嬢たちがエマを掴んで無理矢理に私と遠ざける。ふらつきながらどうにか立っている私にどうすることもできなかった。
 体が震え出して、熱のせいかヒルダたちに詰め寄られる恐怖なのか分からない。
 か細い声がどうにか絞り出せた。

「お願い……それだけはやめて──」

 お母様の形見をこれ以上冒涜したくない。だが私の悲鳴の声はヒルダを楽しませるだけだった。

「帝国から捨てられた女がこの国でタダで生きられると思うんじゃないわよ!」

 ヒルダの手からワインが振りかけられた。私にできることは目を瞑ることだけだった。周りから小さな悲鳴があがるが、いつまで経っても濡れる感触がなかった。
 恐る恐る目を開けると、息を切らしていたシリウスが目の前で壁になっていた。

「遅くなったね。もう大丈夫だ」

 シリウスは私の頭を撫でて安心させようとする。
 チラッと彼の服からポタポタと水が垂れていることに気付く、私に掛かるはずだったワインを代わりに受けたのだ。

「顔色が……」

 彼はすぐに私の顔色の悪さに気付き、自分のおでこをわたしの額に合わせた。

 ──ん……ッ!

 不意打ちで目の前まで彼の顔が近付いたことに動揺してしまった。

「熱があるな……失礼する」

 シリウスは私の返事を待たずに両腕で私を抱き抱えた。大きな手に包まれ、彼の胸を支えにする。

「シ、シリウス様!?」
「病人が心配するな。これでも鍛えてる」

 別に腕の心配をしたわけではなく、周りの視線がある中でこのようにされることが恥ずかしいのだ。ヒルダはワナワナと震えており、シリウスの登場は予想外だったようだ。

「シリウス様、どうしてこちらに?」

 シリウスは立ち止まり、咎めるようにヒルダの目を射抜く。

「教えてもらったんだ。養生しているはずの彼女がドレスを着て社交場に呼ばれていたとね」

 シリウスの答えにヒルダはすぐさま周りの令嬢たちに目を配る。誰かが密告したのかと疑っているようで、全員が顔を横に振って自分でないとアピールしていた。

「カナリアの体の調子が戻っていないことは伝えたはずです。それなのに無理矢理このような場に出して彼女を辱めるのなら私にも考えがあります。晩餐の件も私は許した覚えはありませんので」

 これまで聞いたことがないほどの冷たい声が響く。シリウスの目は憤怒に駆られていた。

「違うのです! 聞いてください! その女のせいで私たち家族がどれほど大変な目に遭ったのかお忘れですか!」

 ヒルダが騒ぎ出すが私が彼らに一体を何をしたのだ。全く思い当たる節がなく、シリウスの顔を覗くと彼は私へと笑いかけて、ゆっくりと額に唇を付けた。

「何も気にしなくていい。帰ろう」
「はい……」

 シリウスの言葉は先程の怒りを内に隠して、優しい声を投げ掛けてくれた。顔がさっきよりも熱くなるのもおそらくは熱のせいだろう。
 それから家に戻るまでのことは覚えておらず、ベッドの上に寝かされた。

「申し訳ございません。何かされるのがわかっていたのに、むざむざとシリウス様のお手を煩わせてしまいました」

 もっと上手く立ち回ったり、家の中で大人しくしておけばこんなことにはならなかったのだ。シリウスの留守すら守れない私は婚約者失格だろう。

「俺の方こそ守るって言った矢先にこれだ。怖かっただろう?」

 彼は優しい手で私の頭を撫でる。愛情を感じさせてくれる優しい手つきだ。

「君のメイドが着替えさせる前に一言伝えたかったんだ。そのドレスは君に似合っているって」

 シリウスはそっと私の頬にキスをする。
 まるで私が割れてしまわないように、大事にそっと……。

「今日はおやすみ」

 彼の優しさにあてられたせいか、急に手が彼の服を掴んでしまった。
 無意識にしてしまったとはいえ、もう行った行動を変えられはしない。

「眠るまででいいので側に居てください……」

 彼は何も言わず、エマが着替えさせてくれた後にはずっと私の手を握ってくれた。
 そしてぐっすりと私は眠るのだった。
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