死に戻って王太子に婚約破棄をしたら、ドSな司祭に婚約されました〜どうして未来で敵だった彼がこんなに甘やかしてくるのでしょうか〜

まさかの

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黒獅子

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 未来で所属していた組織が子供を誘拐していることを突き止めた私は、無謀にも単身で馬車に乗り込んだ。
 だが私の行動はバレており、捕まってしまったのだ。あやうく私の純潔も奪われそうになったが、ぎりぎりで私の旦那様が助けに来てくれた。
 しかし猛獣のようなクリストフにも、組織のボスは全く動じていなかった。

「ふむ……これは予想外だ。そういえばクリストフ司祭が誰かと婚約をしたと聞いていたが、それがソフィア・ベアグルントとはね」

 仮面越しで表情が見えないが、全く慌てる様子がない。
 それどころかまた私へ手を伸ばそうとしていた。

「触るな!」

 一瞬で距離を詰めたクリストフは鉄球を振り回して馬車の荷台ごと吹き飛ばす。
 箱には誘拐された子供も入っているのでやり過ぎだと言おうとしたが、彼も気付いていたように箱は無事だった。
 平原が丸見えになっており、彼の鉄球の威力を物語っていた。だがボスはその一撃を受ける前に消えた。


「今日はまた邪魔が入ったがまた会いに行こう。ソフィア・ベアグルントよ。美しい其方を私が愛でよう」

 気色悪い言葉がどこからか聞こえてくるが、どこに消えたのか私には見つけられなかった。
 クリストフが馬車を操っている男を脅して止まらせて、ようやくこの誘拐劇も終わりを迎えた。

「ソフィー……」

 クリストフは自分が着ている白いローブを私へと被せてくれた。腰が抜けて立てずにいる私は、膝立ちの姿勢でお礼を言う。

「ありがとう存じます……」

 彼が来なければ命を失うどころか、ボスの慰み者になりそうになった。
 後からどんどん震えが増していく。
 するとクリストフが私を抱きしめた。

「無茶をしすぎだ。俺が間に合わなかったらどうするつもりだ」
「間に合わせてくれると信じてました」

 ようやく私は終わったのだとホッとした。彼は仕方ないという顔で私をそのまま腕の中に包み込んで運んでくれる。
 遅れて後ろから馬に乗った神官達がやってきた。
 私も捕まるのかと思ってビクビクしていると、クリストフが「其方はただの被害者だろうが」と苦笑いする。


「さっきアベルから子供が誘拐された話をされていてな。おそらくソフィーは助けに行ったと思って呼んでおいたんだ」
「私が寝返ったとは思わなかったのですか?」

 元々、私は組織側の人間だったので、彼の元を離れたと思われても仕方が無い。
 だが彼は逆に意外そうな顔をしていた。

「其方が言っていたではないか。人々に害をなさないとな」
「それを……信じてくださったのですか?」

 彼は当然のような顔でため息を吐いた。

「当たり前だ。妻を信じなくてどうする」

 あの時は命乞いのようなものだったので、普通はてきとうに言っただけと思われるものだ。
 だが彼はそう捉えずに本気で信じてくれた。
 なんだか彼と話すたびに胸がぽかぽかとしてくる。
 前は恐いという感情だけしか無かったが、どんどんとそれが無くなっていくようだった。

「クリストフ! 子供達は無事か!」


 アベルが来ると、クリストフは私を抱いたまま答える。

「ああ。おそらくはあの箱の中に閉じ込められている。それと組織のボスらしき男と会った」
「本当っすか! お前が逃がすなんてよっぽど強かったのか? それともソフィア様を攫われて冷静な判断が出来なかったとか」

 アベルの言葉にクリストフの眉がぴくぴくとする。
 そしてアベルのお尻を蹴り上げた。

「くだらないことを言ってないで働け! 俺はソフィーを連れて帰る」
「痛ててて、まあ無事で良かったな。じゃーね、ソフィア様!」

 アベルは終始おちゃらけた様子のまま、私は手を振ってさよならを告げた。
 後ろから黒い馬がやってきた。彼の愛馬で、動物に嫌われる私はこの子くらいしか乗れない。
 二人で相乗りして、ゆっくりと町へ戻る。

「最初はソフィーが逃げたと一瞬だけ考えがよぎったんだ」

 クリストフはぼそりと話を始めた。そう思うのが普通だ。
 私は前科持ちなので、私の所業を知れば当然の反応だ。
 だから私は彼を責めるつもりはない。

「気にしないでください。でももう私は組織に戻るつもりはありませんよ」
「そうではない」

 ――はて、では何から逃げたと思ったのだろう。

 私は彼の答えを待っていた。後ろで手綱を握っている彼の手が震えているように感じた。

「次からあんな無茶をするな」


 ぶっきらぼうに言うが、おそらくは照れ隠しだろう。少しずつ彼のことがわかり始めた気がする。
 私は後ろを振り返って、彼へと返事をする。

「はい……」

 私の返事を聞いた彼は微笑を浮かべており、ゆっくりと顔を近づけてくる。
 その時、朝に寝たふりをしたときに、唇に何かが触れた感触を思い出した。
 もしかしてキスをされるのかと、身構えてしまった。

「いやか?」

 彼は顔の手前に止まって、私へ確認をする。すると後ろから馬に乗って近づいてくるアベルの姿が見えた。
 そこで彼の意図が分かった。

「あ、アベルが来ているから夫婦のふりをするのですよね! 分かってますよ!」

 そうに決まっている。彼がわざわざ私なんかにキスを求める理由なんてそれしかない。
 アベルは手を振りながら、さわやかな笑顔で走っていた。

「おーい、クリストフ! 俺が護衛をしてやるよ――うわっ! 危なっ!」

 クリストフはどこからか鉄球を取り出して、アベルに向かって投げていた。
 間一髪避けたアベルへ命令する。

「重いからそれを運んでおけ」
「おい、お前のは聖遺物だから小さく出来るだろうが! ったく、人使いが荒いぜ」

 アベルは悪態を吐きながら鉄球を取りに向かっていた。
 そして彼が引き返したのを見て、クリストフは私をまた見つめたと思ったら、一瞬で唇を合わせた。
 とても長く感じるほど、彼と唇を重ねている気がした。
 そして呆けている私はただそれを受け入れるだけだ。
 やっと彼から唇を離して、恥ずかしそうに彼も顔が赤くなっていた。

「俺がしたかったからだ」
「そう……ですのね」

 私も気恥ずかしくなって彼から顔を背けた。
 町に着いて、馬車に乗って彼と帰るまで一言も喋らなかった。
 だけど彼はずっとその間も側にいて、可能な限り私と手を繋ぐ。
 一体、彼の真意は何だろうか。

 彼の屋敷へ帰ってから、ベルメールはとても心配していた。
 クリストフの説明で特に辱めを受けたわけではないことを伝えて、入浴を済ませた後は部屋でゆっくりすることになった。

「ふう……恐かった」

 やはり死にかける目に遭ったので、今さらながらに恐怖が蘇る。
 クリストフが助けに来なければ本当にどうなっていたか。
 そして最後のキスの意味を思い出すと、急に体温が赤くなってくるのを感じた。

「まさかクリスからキスをされるなんて……」


 あれほど苦手だったクリストフにどうしてこれほどドキドキさせられるのだろう。
 私自身がそれほど嫌だと思わなかったのだ。

「アベルが来たからフリだけでもするかと思えば、俺がしたかったから、って言うし……もう分からないよ……」


 少なくとも彼も私のことをすごく嫌だとは思っていないようだった。
 それなら本当の夫婦として過ごすのもありなのではないだろうか。
 でも本当にこれは恋だと言えるのかと、自分の考えに自信もない。

 その時、ノックする音が聞こえた。

「ソフィー、少しだけ時間をくれないか?」

 クリストフの声が聞こえてきて、また心臓が高鳴った。急いで鏡でおかしなところがないかを確認して、私は返事をする。

「はい! 大丈夫です!」

 どんな話をするのかと不安と期待があった。
 もしかすると本当に夫婦として生活はどうか、という提案をされたら、なんと答えようか悩む。
 ドアが開けられ、入ってきたのはクリストフとアベルだった。

「夜更けにごめんね、ソフィア様!」
「アベル様……まさかご来訪されていたなんて、おもてなしをできずに申し訳ございません」

 一応はクリストフの妻なので来客の対応は私がしないといけない。
 いきなりの失態にクリストフの表情を窺うが「こいつにおもてなしなんぞ不要だ」と辛辣な言葉を投げていた。


「それにソフィーは色々あって疲れただろ? こんな日まで頑張ろうとするな」


 こんな日というが、まだ私は妻としての責務を何一つ果たせていない。
 偽装結婚とはいえ、そこを抜かってはいけないのに私の認識の甘さを痛感した。
 アベルはにこやかな顔でクリストフへ同意した。

「そうそう。ソフィア様のおかげで教会の子供達も感謝してたぜ。それはそうと、せっかくだから俺はアベルって呼んでください」


 私は頷いて了承した。そして逆に提案される。

「俺もせっかくなのでソフィーって……嘘だ、嘘。その聖遺物はしまえって」

 いつの間にかクリストフの手には鉄球が握られている。どうやら本当に彼はどこでも自在に武器を取り出せるらしい。

「じゃあソフィアちゃんでもいいだろ?」
「ソフィーが許すならな」

 アベルはウィンクをして了承を取ろうとする。私は別に呼び名は気にしないので「構いませんよ」と答えた。
 そしてクリストフも本題へと入る。

「ソフィー、大司教様から急な任務が入って、すこしだけ側を離れる必要が出た」
「それって……」


 そうなるとは私は彼と離れることになる。組織のボスがまた私を狙うかもしれないのに、彼に守ってもらえないのだ。

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