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小説1
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わたしは運命なんて信じない。それは、自分でつかみ取るものだ。
わたしにはヒーローがいた。彼が現れたのは、まだわたしが幼い頃。
母と一緒に買い物に出かけた日のことだった。月に一度のデパート。それはわたしと母の、祭にも似た、恒例の行事のようなものだった。
その頃のわたしにとって、デパートとはまさにおとぎの国だった。
一階入り口にある大理石の柱で、何億年も前のアンモナイトがわたしを出迎えてくれる。エスカレーターは動く「魔法の階段」だった。広いフロアに並ぶ品々は、明るい照明を浴びてキラキラと輝いていた。屋上に設えられた小さな遊園地は、まさに空にある夢の国だった。
その日もわたしは母にせがんで屋上の遊園地に連れていってもらった。いつものように、夢中になって夢の世界に入って行った。屋上の遊園地は同じ学校の子たちとの社交場でもある。
ただ、この日は知らない子が多かった。しかしそこは子供同士、初めての子でも遊んでいるうちに仲良くなって、そのうち夢中になった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。遊んでいた子たちは一人減り、二人減り、気がついたらわたし一人になっていた。わたしも母の元に戻ろうと探したが、姿が見えない。
また捨てられたのだろうか。
わたしはそう感じた。
わたしには父がいない。普通の家庭には父親という男の大人がいるということを知ったのは、幼稚園に上がった時だった。
参観日、後ろでわたしたち園児を見つめる母親たちの中に、男の人を見つけたからだ。最初見た時は違和感があった。男の人がいる、って「おかしい」って思って、ちょっと笑ってしまった。
しかし「おかしい」のは自分の方だと、後になって気づかされた。
母に、なぜうちには父がいないのか、と聞いたが、母は答えてはくれなかった。その母の様子を見て、察した。わたしたちは捨てられたのだ。
ただ母は、一枚だけ写真がある、と言った。その一枚は、どういう理由があるのかはわからなかったが、どうしても捨てられなかったのだろう。しかし、それ以外の写真はすべて捨てたという。母にしてみれば、わたしたちを捨てた父の写真など持っていたくはなかったろう。それでもその一枚を残したのは、ひとかけらの愛情かもしれなく、そんな写真をわたしに見せないのは、意地のようなものだったのかもしれない。
父に捨てられたことを知った私は、同時に「母にも捨てられるのではないか」という恐怖を持ったような気がする。
デパートの外へ出た。早く母を見つけなければ。母に追いつかなければ。焦ったわたしは、車道に飛び出した。
車がブレーキ音を響かせて、わたしに近づいてくる。やけにゆっくり迫って来たように見えた。しかし、体は動かない。
そんなわたしの体が、急激に上へと移動した。
気づいた時には歩道に転がっていた。男の大人に抱かれていた。しばらくは動けずに(多分、その人もだったろう)そのまま倒れたままだったが、やがてその人は立ち上がり、わたしも立たせてくれた。ついでに服についた汚れをはらってくれた。
「良かった。ケガはないみたいだね」
立ち上がったその人はやせていて、背は高かった。「長いな」と思ったのをよく覚えている。
わたしが迷子になったことを言うと、その人は一緒に母を探してくれた。デパートに戻って館内放送で母に呼びかけたが、三十分経っても現れなかった。三十分ほど外を探してみて、また戻って来ることにした。
その間、その人はわたしが不安にならないように励まし、たまに冗談を言って笑わせてくれた。冗談自体はつまらなかったものの、その心づかいが嬉しく、その一生懸命さに、つい笑ってしまった。公園の出店でアイスを買ってくれた。その時のチョコアイスの味はいまだに忘れられず、以来わたしの一番好きな食べ物となっている。
デパートの迷子案内に戻ってみると、母がいた。母は私を見るなり、駆けより、号泣して抱きついた。
気づくと、わたしを助けてくれた人はいなくなっていた。母に聞いても、そんな人はいなかった、と言われた。母も気が動転していて、気づかなかっただけかもしれないが。しかし、わたしはハッキリおぼえている。
あの人に会ってから、何かが変わった気がした。
あの日デパートで、わたしを見つけた母の様子を見て、わたしは母に会えた嬉しさよりも「捨てられたのじゃなかった」という安堵感の方を強く感じた。そしてあれ以来、わたしの中の「母にも捨てられるかもしれない」という感覚は消えていった。
わたしに生きる自信と、何より命を救ってくれた、あの背の高い、やせた、長い男の人は、まぶたの裏のヒーローになった。
わたしは、あの人にもう一度会いたいと思い、有名になりたいと思った。有名になれば、あの人は名乗り出てくれるかもしれない。
縁があるのなら運命が導いてくれる。そんなの嘘。運命なんて、気長に待ってられない。運命は、待つものじゃない。つかみ取るものだ。
そう思って、それまで習っていたバレエに本腰を入れ始めた。わたしはバレエで有名になって、お父さんにわたしを知ってもらう。日本のどこにいても、わたしのことがわかるように。
わたしにはヒーローがいた。彼が現れたのは、まだわたしが幼い頃。
母と一緒に買い物に出かけた日のことだった。月に一度のデパート。それはわたしと母の、祭にも似た、恒例の行事のようなものだった。
その頃のわたしにとって、デパートとはまさにおとぎの国だった。
一階入り口にある大理石の柱で、何億年も前のアンモナイトがわたしを出迎えてくれる。エスカレーターは動く「魔法の階段」だった。広いフロアに並ぶ品々は、明るい照明を浴びてキラキラと輝いていた。屋上に設えられた小さな遊園地は、まさに空にある夢の国だった。
その日もわたしは母にせがんで屋上の遊園地に連れていってもらった。いつものように、夢中になって夢の世界に入って行った。屋上の遊園地は同じ学校の子たちとの社交場でもある。
ただ、この日は知らない子が多かった。しかしそこは子供同士、初めての子でも遊んでいるうちに仲良くなって、そのうち夢中になった。
どれくらいの時間が過ぎただろうか。遊んでいた子たちは一人減り、二人減り、気がついたらわたし一人になっていた。わたしも母の元に戻ろうと探したが、姿が見えない。
また捨てられたのだろうか。
わたしはそう感じた。
わたしには父がいない。普通の家庭には父親という男の大人がいるということを知ったのは、幼稚園に上がった時だった。
参観日、後ろでわたしたち園児を見つめる母親たちの中に、男の人を見つけたからだ。最初見た時は違和感があった。男の人がいる、って「おかしい」って思って、ちょっと笑ってしまった。
しかし「おかしい」のは自分の方だと、後になって気づかされた。
母に、なぜうちには父がいないのか、と聞いたが、母は答えてはくれなかった。その母の様子を見て、察した。わたしたちは捨てられたのだ。
ただ母は、一枚だけ写真がある、と言った。その一枚は、どういう理由があるのかはわからなかったが、どうしても捨てられなかったのだろう。しかし、それ以外の写真はすべて捨てたという。母にしてみれば、わたしたちを捨てた父の写真など持っていたくはなかったろう。それでもその一枚を残したのは、ひとかけらの愛情かもしれなく、そんな写真をわたしに見せないのは、意地のようなものだったのかもしれない。
父に捨てられたことを知った私は、同時に「母にも捨てられるのではないか」という恐怖を持ったような気がする。
デパートの外へ出た。早く母を見つけなければ。母に追いつかなければ。焦ったわたしは、車道に飛び出した。
車がブレーキ音を響かせて、わたしに近づいてくる。やけにゆっくり迫って来たように見えた。しかし、体は動かない。
そんなわたしの体が、急激に上へと移動した。
気づいた時には歩道に転がっていた。男の大人に抱かれていた。しばらくは動けずに(多分、その人もだったろう)そのまま倒れたままだったが、やがてその人は立ち上がり、わたしも立たせてくれた。ついでに服についた汚れをはらってくれた。
「良かった。ケガはないみたいだね」
立ち上がったその人はやせていて、背は高かった。「長いな」と思ったのをよく覚えている。
わたしが迷子になったことを言うと、その人は一緒に母を探してくれた。デパートに戻って館内放送で母に呼びかけたが、三十分経っても現れなかった。三十分ほど外を探してみて、また戻って来ることにした。
その間、その人はわたしが不安にならないように励まし、たまに冗談を言って笑わせてくれた。冗談自体はつまらなかったものの、その心づかいが嬉しく、その一生懸命さに、つい笑ってしまった。公園の出店でアイスを買ってくれた。その時のチョコアイスの味はいまだに忘れられず、以来わたしの一番好きな食べ物となっている。
デパートの迷子案内に戻ってみると、母がいた。母は私を見るなり、駆けより、号泣して抱きついた。
気づくと、わたしを助けてくれた人はいなくなっていた。母に聞いても、そんな人はいなかった、と言われた。母も気が動転していて、気づかなかっただけかもしれないが。しかし、わたしはハッキリおぼえている。
あの人に会ってから、何かが変わった気がした。
あの日デパートで、わたしを見つけた母の様子を見て、わたしは母に会えた嬉しさよりも「捨てられたのじゃなかった」という安堵感の方を強く感じた。そしてあれ以来、わたしの中の「母にも捨てられるかもしれない」という感覚は消えていった。
わたしに生きる自信と、何より命を救ってくれた、あの背の高い、やせた、長い男の人は、まぶたの裏のヒーローになった。
わたしは、あの人にもう一度会いたいと思い、有名になりたいと思った。有名になれば、あの人は名乗り出てくれるかもしれない。
縁があるのなら運命が導いてくれる。そんなの嘘。運命なんて、気長に待ってられない。運命は、待つものじゃない。つかみ取るものだ。
そう思って、それまで習っていたバレエに本腰を入れ始めた。わたしはバレエで有名になって、お父さんにわたしを知ってもらう。日本のどこにいても、わたしのことがわかるように。
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