行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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カレーラーメンライスにしない?

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 カレーライスをトレイに載せて空いた席を探す。

 昼休み。あれから一週間経った。同じクラスなので流介とは毎日顔を合わせているが、全然話さない。俺は目を合わせる気もない。氷堂の方は、違うクラスだし、あれからどうなったのか、動向は全然わからない。まぁ、もう俺には関係ないから、どうでもいいんだけど。

 氷堂の出演が取り止めになったことは、正式にアナウンスされた。

 これで当日の観客動員はまるで見込めなくなった。頼んでいた警備会社の警備もキャンセルになったという。氷堂が出演するということで宣伝にはなったとは思うが、出ないのであれば観に行く理由はなくなるだろう。

 音弧祭り当日まで残り一週間。打てる手は、まぁ、ないだろう。万事休すだ。校長は安堵しているに違いない。ひょっとしたらあの校長室の中で小躍りしてるかもしれない。目に浮かぶようだ。

 それにしても、なぜ流介は橘華蓮との氷堂の奪い合いから身を引いたのだろうか。

 意外としか言いようがない。まぁ、相手はあの次期国民的スター候補生筆頭の橘華蓮なわけだから、当たり前と言ってしまえば全くそうなのだが、なんせ流介である。こいつの性格やこれまでの行動を考えると理解不能だ。『負け犬の顔』を見て同情した、というのが理由なのかもしれない。それなら一旦納得はできはする。

 しかし繰り返すが、流介である。校長を殴り、百日間掃除をし、氷堂を利用し、挙句得体の知れない女が書いたであろう日記を持ってくる流介である。どういう風の吹き回しだろうか。とんでもない暴風雨が吹き荒れたものだ。

 しかし、流介の中でどんな脳内的天変地異が起こったのかは知る由もないが、氷堂の出演がなくなった現状として、声優部設立は風前の灯であることは間違いない。

 あいつは本気で声優部を作りたかったんじゃなかったのか? だったら、どんなド汚ねぇ手を使ってでも、それに邁進しなくちゃいけなかったんじゃなかったのか?

 窓に近い奥に空いた席を発見し、そこを陣取る。窓側ではなく、食堂に背中を向けた側にする。窓の外の景色が良く見える。こうして見ると、ウチの学校はグラウンドがたくさんある。野球、サッカー、ラグビー、陸上、テニスコートもある。随分無駄に贅沢な学校だ。

 さて食事にしようと、カレーライスを見下ろす。別に、カレーラーメンライスなんて食いたくはない。あんなジャンクなもの、食ってられるか。

「隣、いいかな?」

 後ろから、力石徹みてぇな低音の良い声が響いた。振り返るまでもなく(振り返ったが)氷堂だった。

「お、おぉ……」

 はにかんだ笑顔を見せて、氷堂はトレイを持って立っていた。トレイの上にはラーメンが置かれている。氷堂とラーメンというのがまるでそぐわないので、そのギャップに気圧された。

「ありがとう」

 氷堂は、隣と言いつつ、回り込んで俺の前の席に座った。まぁ、当たり前か。隣同士というのも、なんだか決まり悪い。そして、氷堂のトレイにはラーメンの他に皿が二枚置かれているのに気づいた。

「カレーラーメンライスにしない?」

 と言ってきた。

「ええええー!」

 あんまりにもびっくりしすぎたので、思わず声が出てしまった。割とデカい声になってしまったのが自分でもわかった。周囲の反応が怖くて、後ろを振り返れなかった。近藤さんの言うように、確かに俺はリアクションがデカいかもしれない。

「やっぱり、ダメだよね……」

「いやいやいやいやいやいや、いいよいいよ、全然いいよ。ちょうど、カレーラーメンライス、食いたいと思ってたし……」

「そうなの? よかった」

 しかし、なんでまたカレーラーメンライス? ラーメンでさえ氷堂には合わないのに、カレーラーメンライスとなると、もはや未知との遭遇レベルだ。

 しかしまぁ、せっかくだからと、一旦俺のカレールーを氷堂のラーメンの上に乗せ(国民的スター候補生筆頭のラーメンの上に、俺はいったい何をやっているのだろう?)、ライスを二つの皿によそい、カレーラーメンをそれぞれのどんぶりと皿に分けた。二人して、ズルズルと麺をすすり、ライスを口に含んで、ルーを流し込んだ。

「これ、おいしいね」

 そう言ってくれると嬉しいが、体が資本のスポーツ選手には、あまりお勧めはできないなぁ、と思った。

「今日は弁当じゃないんだ?」

「たまにはね」

「ふーん」

 そのまま、またズルズルと、お互いのカレーラーメンライスを食す。特に話すこともないまま、二人とも食い終わってしまった。一気に食ったなぁ。それだけカレーラーメンライスが美味かったというのもある。なぜジャンクな食い物はこうも美味いのだろう。

 俺はカレーラーメンライスを誘ってくれたお礼とばかりに、食後のお茶を氷堂の分も持ってきた。まぁ、俺が飲みたかっただけというのもあるが。

「あれからすぐ、今まで通り、華蓮と一緒に住むようになったんだ」

 お茶を一口すすった後、氷堂が話しだした。今まで通り、とは、高校に上がる前、ということだろう。よくよく考えれば俺たちはまだ、高校に入ってからまだ半年くらいしか経っていない。

「やっぱり……、あのマンションで?」

「うん」

「そうかぁ……」

「あの後、もう一度二人でよく話し合ったんだ。やっぱり、少なくとも、もうしばらくは、二人でやっていこうって」

 氷堂の気が変わったのは、やはり流介の一言が引き金になっていたからだと思う。相棒に対して無責任、と言われた後のうつむいた氷堂の顔が浮かぶ。

 何はともあれ、同棲を再開したということは、氷堂のソロや演劇部は(少なくとも当面は)棚上げとなり、二人はペアに専念するものと思われる。日本のフィギュアスケート界の危機は一旦闇から闇へ葬り去られたようだ。

 逆に、ひょっとしたら大きなチャンスを逃したとも言えるかもしれない。ソロとペアの二刀流、というプランは常識はずれな不可能事とは思われるが、成し遂げられれば歴史に残る大偉業だ。

「僕はちょっと、焦りすぎていたんだと思う」

「焦った?」
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