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音弧野王者決定戦
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こっちに背中を向けていたので気づかなかった。向こうでも俺に気づいていないようだ。一心不乱に、何やらノートを見て呟いている。なんだ? いつかブン殴ってやる手帳か?
「……流介」
「おあっ!」
流介は驚いたようだ。振り向いた顔はいつになく焦っていた。流介のこんな顔を見るのは初めてだ。
「お。太一はひどい顔をしているなア」
「うるせーよ。余計なお世話だ。ところでおまえ、何やってんの?」
「セリフを入れてるんだよ。もう本番まで時間がないからね」
「え? 覚えるの? おまえが? なんで?」
「だって、俺が舞台に立つんだから」
「おまえが?」
「勇騎が出なくなっちゃったんだから、俺がやるしかないでしょ?」
こいつは大胆だ。氷堂勇騎の代わりを自分が務めるという。なかなかのナルシストだ。鏡というものを知らない可能性もある。
「声優は役者の一部だからね。だから基本的には役者なんだ。それに、勇騎は出ないけど話題にはなったから、多少なりともお客さんも来てくれると思う。そしたら、観てるお客さんがその場でネットで拡散してくれるかもしれない。そうなれば上演中も客が増えるじゃないか。要はトータルで千人集まればいいんだから」
「でも、お前は氷堂じゃない。千人なんて、素人で知名度もないお前が本当に集められると思ってるのか?」
「思ってないよ」
意外な答えだった。流介だけは千人集められると信じているのかと思っていた。
「それでもやらなくちゃいけないんだ」
そう言って、流介は氷の解けたファンタを一口すすった。
「できないからといって、何もやらないことほど愚かなことはないよ。自分のできることは全部やるべきだ」
「ま、……そりゃそうだよな。……貸せよ」
「え?」
「ノート。俺が覚えられてるかどうかチェックしてやるよ。一人じゃできねーだろ?」
「え……?」
流介はしばらく俺の顔を見ていた。
「……うん、当たり前だよ。もっと早く来てくれれば良かったのに。太一は相変わらず気が利かないなア」
「うるせーよ」
俺はノートを太一から受け取った。
◇ ◇ ◇
昼休み、いつものように学食で流介と昼メシを食っている時に一応聞いてみた。何か策はあるのか、と。流介のことだ。ひょっとしたらまだとんでもない反則スレスレの、いや人道をはるかに踏み越えた秘策があるかもしれない。
「ないよ」
しかし流介は俺ら特製カレーラーメンライスの麺をすすりながらシンプルに答えた。
「あ、そう」
俺はやや落胆したものの、そりゃそうかぁ、とも思った。そりゃそうだ。
「何にもないの?」
でも、粘って聞いてみた。
「何にもないよ」
「でも今までは周到に策を講じてきたじゃねぇか」
「え? 策って何?」
「氷堂を声優部の舞台に引っ張り上げようとしたり、あの得体のしれない日記を持ってきたり……」
「何だよそれ。全部成り行きじゃないか」
「え、そうなの?」
「そうだよ」
「あの小説も?」
「大丈夫だよ」
怪しい。しかし、あの日記と脚本は内容的にはほぼほぼ同じである。それを校長が見て特に何も言わなかったことを考えると、あの日記は校長室から盗んだものではないようだ。
「じゃあ、本番の舞台どうすんだよ。このまま何も策講じないと、声優部認めてもらえねぇぞ」
「舞台を成功させる以外ないよ」
「そりゃま、そうだな」
やれることをやるしかない。できることは全部やらないといけない。
俺たちはライスを口に含み、シールー(ラーメンの汁とカレーのルーを合わせた俺らの造語)を流し込んだ。
それから一週間程、さしたる動きもなく時間は流れ、遂に音弧祭り当日となった。
音弧祭りは開幕早々、今年も大変な盛り上がりを見せている。その理由はもちろん音弧野高校各部対抗スポーツ競技会、通称音弧野王者決定戦だ。
各運動部の代表選手が百メートル走、走り幅跳び、綱引き、円盤投げ、槍投げ、ビーチフラッグ、跳び箱、レスリング、ボディビルコンテスト、競泳個人メドレーという十種の競技で争い、各競技一位の選手には勝ち点5、二位の選手には3、三位の選手には1点が与えられ、その合計得点が最も高い選手にその年の王者の称号が与えられる。
今年は去年の優勝者であるラグビー部三年・松岡が創立以来初の連覇なるか、ということで特に注目を集めている。
しかも、第一種目の百メートル走には陸上部代表にして百メートル走全国大会三位の三年生・山口が登場したらしい。オリンピックも視野に入れる全国三位の本職がいきなり登場し、松岡と対決したのである。これで盛り上がらないわけがない。
結果の方はさすがに山口が一位だったが、二位は松岡。しかも僅差でゴールしたらしい。もちろん、山口は流して走ったのだろうが、それにしても松岡はバケモノだ。スピードもある上、百八十八センチの巨体はパワー系種目でも威力を発揮するだろう。連覇は固いかもしれない。
一方、野球部存続のため、優勝を課せられた星野は、得意のスピードで出遅れてしまったらしい。あやうし、星野!
そして、この音弧野王者決定戦が間接的に非常に大きな波となって、声優部の公演に影響を与えることになる。
「……流介」
「おあっ!」
流介は驚いたようだ。振り向いた顔はいつになく焦っていた。流介のこんな顔を見るのは初めてだ。
「お。太一はひどい顔をしているなア」
「うるせーよ。余計なお世話だ。ところでおまえ、何やってんの?」
「セリフを入れてるんだよ。もう本番まで時間がないからね」
「え? 覚えるの? おまえが? なんで?」
「だって、俺が舞台に立つんだから」
「おまえが?」
「勇騎が出なくなっちゃったんだから、俺がやるしかないでしょ?」
こいつは大胆だ。氷堂勇騎の代わりを自分が務めるという。なかなかのナルシストだ。鏡というものを知らない可能性もある。
「声優は役者の一部だからね。だから基本的には役者なんだ。それに、勇騎は出ないけど話題にはなったから、多少なりともお客さんも来てくれると思う。そしたら、観てるお客さんがその場でネットで拡散してくれるかもしれない。そうなれば上演中も客が増えるじゃないか。要はトータルで千人集まればいいんだから」
「でも、お前は氷堂じゃない。千人なんて、素人で知名度もないお前が本当に集められると思ってるのか?」
「思ってないよ」
意外な答えだった。流介だけは千人集められると信じているのかと思っていた。
「それでもやらなくちゃいけないんだ」
そう言って、流介は氷の解けたファンタを一口すすった。
「できないからといって、何もやらないことほど愚かなことはないよ。自分のできることは全部やるべきだ」
「ま、……そりゃそうだよな。……貸せよ」
「え?」
「ノート。俺が覚えられてるかどうかチェックしてやるよ。一人じゃできねーだろ?」
「え……?」
流介はしばらく俺の顔を見ていた。
「……うん、当たり前だよ。もっと早く来てくれれば良かったのに。太一は相変わらず気が利かないなア」
「うるせーよ」
俺はノートを太一から受け取った。
◇ ◇ ◇
昼休み、いつものように学食で流介と昼メシを食っている時に一応聞いてみた。何か策はあるのか、と。流介のことだ。ひょっとしたらまだとんでもない反則スレスレの、いや人道をはるかに踏み越えた秘策があるかもしれない。
「ないよ」
しかし流介は俺ら特製カレーラーメンライスの麺をすすりながらシンプルに答えた。
「あ、そう」
俺はやや落胆したものの、そりゃそうかぁ、とも思った。そりゃそうだ。
「何にもないの?」
でも、粘って聞いてみた。
「何にもないよ」
「でも今までは周到に策を講じてきたじゃねぇか」
「え? 策って何?」
「氷堂を声優部の舞台に引っ張り上げようとしたり、あの得体のしれない日記を持ってきたり……」
「何だよそれ。全部成り行きじゃないか」
「え、そうなの?」
「そうだよ」
「あの小説も?」
「大丈夫だよ」
怪しい。しかし、あの日記と脚本は内容的にはほぼほぼ同じである。それを校長が見て特に何も言わなかったことを考えると、あの日記は校長室から盗んだものではないようだ。
「じゃあ、本番の舞台どうすんだよ。このまま何も策講じないと、声優部認めてもらえねぇぞ」
「舞台を成功させる以外ないよ」
「そりゃま、そうだな」
やれることをやるしかない。できることは全部やらないといけない。
俺たちはライスを口に含み、シールー(ラーメンの汁とカレーのルーを合わせた俺らの造語)を流し込んだ。
それから一週間程、さしたる動きもなく時間は流れ、遂に音弧祭り当日となった。
音弧祭りは開幕早々、今年も大変な盛り上がりを見せている。その理由はもちろん音弧野高校各部対抗スポーツ競技会、通称音弧野王者決定戦だ。
各運動部の代表選手が百メートル走、走り幅跳び、綱引き、円盤投げ、槍投げ、ビーチフラッグ、跳び箱、レスリング、ボディビルコンテスト、競泳個人メドレーという十種の競技で争い、各競技一位の選手には勝ち点5、二位の選手には3、三位の選手には1点が与えられ、その合計得点が最も高い選手にその年の王者の称号が与えられる。
今年は去年の優勝者であるラグビー部三年・松岡が創立以来初の連覇なるか、ということで特に注目を集めている。
しかも、第一種目の百メートル走には陸上部代表にして百メートル走全国大会三位の三年生・山口が登場したらしい。オリンピックも視野に入れる全国三位の本職がいきなり登場し、松岡と対決したのである。これで盛り上がらないわけがない。
結果の方はさすがに山口が一位だったが、二位は松岡。しかも僅差でゴールしたらしい。もちろん、山口は流して走ったのだろうが、それにしても松岡はバケモノだ。スピードもある上、百八十八センチの巨体はパワー系種目でも威力を発揮するだろう。連覇は固いかもしれない。
一方、野球部存続のため、優勝を課せられた星野は、得意のスピードで出遅れてしまったらしい。あやうし、星野!
そして、この音弧野王者決定戦が間接的に非常に大きな波となって、声優部の公演に影響を与えることになる。
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