行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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俺だって声優部だぞ!

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「なんだよ、面子潰されたからかよ。小せえこと気にしてんじゃねぇよ。そんなもん、どうでもいいだろ!」

 どうでも良くないことは百も承知である。

「面子の問題じゃないんだ。そんなの、どうでもいいんだ」

 どうでも良かったようだ。

「じゃあ、何の問題だよ?」

「道理の問題さ」

「道理?」

「僕に一人芝居を勧めたのも、僕を音弧祭りの舞台に誘ったのも、流介だ。その流介が僕とは一緒にできないって言ったんだ。それなのに、流介が一緒にやろうと言ってるわけじゃないのに、僕がノコノコ舞台に現れて一緒にやろうなんて、そんなの道理が通らない」

 確かに、それはその通りかもしれない。そういう風に言われてしまうと納得するしかない。でも、そんなことは言ってられない。俺らとしては道理を蹴飛ばさなくてはいけない状況にまできている。何でもいいから何か言おうとしたその前に、氷堂は俺に言った。

「それに、流介と相談してここに来たわけじゃないんだろう? 太一くんの独断なんだろう?」

「……あぁ」

「流介に相談してたら、多分そういうことはしないでくれって言ったと思うよ」

「……」

 俺は言葉が出なかった。それは確かに、そう思う。特に理由があるわけじゃないけどそう思う。というより、そんなの知ってた。だから、相談もせず来たんだ。でも、図星を突かれた俺は、こう言うしかなかった。

「……そうかもしんねーな」

 流介のために来たのに、その流介が喜ばないんじゃ、引き下がるしかない。それを言われたら、もう終いだ。

「そういうわけだから、せっかく来てくれたのに、ごめん……」

 氷堂は俺に頭を下げた。

「あ、いや……、俺こそ、余計なお節介ですまなかった」

「でも、声優部なんだけど……、その、千人の動員、多分大丈夫だと思うよ」

「何でそう思うんだ?」

「そんな気がするんだ」

 そういう気休めはマジでいらねぇんだよなぁ。

 多少イラッとはしたが、俺はせっかく淹れてくれたのだからコーヒーを飲み干して(美味かった。良い豆使ってやがる)お礼を言い、部屋を後にした。玄関まで見送ってくれた氷堂が去り際に言った。

「でも、来てくれて嬉しかったよ。なんにせよ、人に必要とされるのは嬉しいもんだからね」

「俺は最後まで役には立たなかったけどな」

 また余計なことを言ってしまった。氷堂相手に自分の無能を嘆いたところで仕方ないし、何より失礼だ。なんだか今日の俺はどうかしてる。いや、ひょっとして今までも知らず知らずのうちに余計なことを言っていたのかもしれない。自分のことは案外わからないもんだ。

 そんなことを思い、一人勝手に自分のこれまでのプチ人生反省会をし始めた俺に向かって氷堂が言った。

「え? 役に立ってるじゃん」

「何の?」

「気付いてないの?」

「何に?」

「いや、まぁ、いいんだけど……」

 玄関口で氷堂は不思議そうに俺を見つめていた。


   ◇   ◇   ◇


「遅いよ!」

 楽屋に戻ると、いきなり流介に怒られた。いつになく怒っている。流介のくせに生意気だ。人の気も知らないで。

「あぁ、ごめん」

 俺は謝った。別に流介の怒りに気圧されたからではない。

「全然「ちょっと」じゃないじゃん! トイレ長すぎだよ!」

 なぜ謝ったかと言うと……、そう! 約束を違えてしまったからだ。人として謝らねばならない。そういうことだ、うん。

「それに、トイレいなかったじゃん! どこ行ってたんだよ!」

 こいつ、トイレ見に行ったのか。氷堂の家に行ってたとは言えねぇしなぁ……。いや、言ってもいいんだけど、何となく言わない方が良いような気がする。

「いや、トイレ、混んでたんだよ」

「混んでたぁ?」

「そうそう」

「こんな辺鄙なところのトイレが?」

「いや、時間帯によって違うんじゃないかな?」

「ふーん……。あ、目ェ逸らした」

「逸らしてなんかねぇよ!」

「あ、逆ギレした」

「キレてねぇよ!」

「それ、キレてるよね?」

「しつっけぇんだよ! 超絶長ぇウンコだったんだよ!」

「ふーん……」

「俺だって緊張してるンだよ!」

「舞台に立たないのに?」

「俺だって声優部だぞ! 舞台に出ようが出まいが緊張すんだよ!」

 俺がヤケクソ気味にそう怒鳴ると、流介は一瞬びっくりしたような表情を浮かべたが、すぐに満足そうな笑みを浮かべた。

「そんなの、当たり前だよ」

 流介はそう言ってパイプ椅子に座り、飲みかけの缶コーヒーをうまそうにすすった。どうやら再び緊張とやらを楽しむ作業に戻ったらしい。何なんだよ、一体。


   ◇   ◇   ◇


 時間が来たので、体育館のステージ裏に移動する。

 楽屋を出て、一旦体育館に出ると、ステージには緞帳が掛かっていた。座席は用意されておらず、床に座って見るスタイルだ。

 そして客は……案の定まばらだ。いや、まばらでも来てくれている方が奇跡的だ。というより、来た奴らは余程暇というべきか物好きと言うべきか。そして、中には氷堂の出演をギリギリまで夢見ているであろう女子も混ざっている。全く健気なことで。

 そんな、客なんてほとんどいない状況にも関わらず、緊張する。俺が出るわけじゃないのに緊張する。それは確かにそうなのだ。

 舞台裏に来ると、更に異様な緊張感が押し寄せてきた。

 舞台の裏側に来たのはもちろん初めてじゃない。小体育館は今ではほとんど使われなくなった場末体育館だが、他の体育館が使われていたりすると授業で使われることもある。そんな、たまに使われる体育の授業前とか、手持ち無沙汰な時とか、たまにブラブラと探検に来てた。正直、何の変哲もない小汚いステージ裏だ。

 でも、今のステージ裏は今までと全然違う気がする。同じ風景でも、こうも変わってしまうことを初めて知った。時と場合、立場や雰囲気で馴染みのある場所が全然違う場所になってしまう。今はこの場から敵意すら感じる。軽く吐き気がしてきた。何と言うか、キューッとなって、ハァーッとなって、オエッってなる。

 ふと、流介はどうだろうかと心配になって振り向いてみると、口の端に笑みさえ浮かべている。

「うー、来た来た来た! 本番って感じ! これだよ、これこれ!」

 なんだかすごく楽しそうだ。アトラクションにでも乗るみたい。心配した俺がバカだった。
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