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大歓声
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そして、本番までは五分を切った。客の入りはどうだろう? やはり気になるので、俺は客席を覗きに行った。全然変わらない。相変わらずスッカスカだ。
そりゃ数分で変化などあるはずない、と思ったらあった。校長がいる。ステージ正面の奥の壁中央に腕を組んで仁王立ちしている。何しに来たんだ? 鋭い眼光で客が来るのを防ぐつもりか? それくらい厳しい顔をしている。
こりゃさすがの流介もやりにくいだろうなぁ、と思っていたら、その流介から腕を引っ張られ、ステージ裏に戻された。
「何やってんだよ!」
「何って……客の入りはどんなんか見てたんだよ」
「そんなのどうでもいいよ!」
「いや、どうでもよくないだろ。むしろ一番大事だろ」
「太一はここにいないとダメだろう?」
「あぁ、そうなの? ……悪りぃ」
何か今日は流介によく怒られる日だ。流介のくせに生意気だ。
などと思ってる間に本番になった。午後三時ちょうど。声優部舞台の開演である。
「太一はそこにいてよ!」
そう俺に釘を刺し、流介はステージへと飛び出して行った。うるせーバーカ。そんなこと言われなくてもわかってる。
特に何のアナウンスもなく、会場の照明が落とされ、手伝ってくれている先生が幕を開ける。なんとも事務的だ。俺はステージ上手の袖から見ることにした。ここからは客席の様子もよく見える。
ステージ中央にスポットライトが当たり、その光の中に流介が佇んでいる。
それを見た、最後の最後まで氷堂の出演を諦めなかったであろう、中央最前列に陣取っていた女子二人がこうべを垂れ、わかりやすく落胆し、立ち上がった。そのあからさますぎる態度には正直腹が立ったが、そんな光景は至る所で見られた。気持ちはわからんではないが、せっかく来たのだから、ちょっとくらい見ていけばいいのに。
そんな中、校長は向こう正面の壁の前で微動だにせずに仁王立ちしている。ステージ上の流介を睨みつけたままだ。その流介はというと、少ない観客が更に少なくなろうと、校長が睨んでようと、特に動揺した素振りは見せない。
そして、いよいよ第一声を発っしようと、流介が口を開きかけたその瞬間、舞台の下手から最初の台詞が聞こえてきた。
女の声だ。
誰だ、と言わんばかりに流介は声のした方を睨みつける。これだけ険しい表情の流介を見るのは初めてだ。自分の最初の舞台を汚された。そんな感じだ。
薄暗い下手の舞台袖に女のシルエットがある。暗くてよくわからないが、タイトな服を着ているらしく、体のラインがよくわかる。小柄だが、手足が長く、真っ直ぐに伸びた背中の立ち姿が凛々しい。そして一歩一歩、舞台へと歩み出す。その歩き方もまた美しい。
舞台の明るみに出た声の主は、橘華蓮だった。
これにはさすがの流介も驚いたようだ。目を見開く音が聞こえてきそうだった。そして次の瞬間、大歓声が起こった。よくもまあ、これだけの少人数であれだけの音量が出たものだと感心するほどだ。会場には校長含め、十人はいなかった筈だ。
その校長を見ると、こちらは驚いた、というよりは愕然とした、という表現がぴったりな表情だった。目を大きく見開き、口が「あ」の形に開いたままだ。それだけ意外だったということだろう。
舞台に歩み出た橘華蓮はスキニーパンツと、襟や袖がフリルのようになった、カシュクールのタイトな長袖Tシャツを身に着けていた。シューズも全て白である。ジュニア世界選手権決勝で、純白の衣装に身を包んでいたのを思い出した。全身白で統一した衣装は、やはり黒一色の衣装の流介と、同じ意図であるのだろうか。
そして、そのまま歩をゆるめず、流介のいる中央へと向かって行く。そして流介に鋭い眼光を飛ばし、主役である娘の台詞を続けて喋り始めた。台詞は淀みなく、あたかも彼女が娘本人であるかのように台詞回しも自然で実存感がある。
橘華蓮が台詞を言い終え、流介の目の前まで来ると、今度は流介が母親の台詞でそれに応えた。流介が台詞を喋った瞬間、場内からは「おぉ!」と感嘆の溜め息が漏れた。大人の女のような声を出したのだ。まさに母親の声。見た目はどこにでもいる高校生男子なのに、年配の女性に見えてしまう。それに、何て言ったら良いのかわからないが、声が「立って」いるのだ。パキッと輪郭がハッキリしていると言うか。
流介の声優としての声を聞くのは初めてだった。台詞の稽古は氷堂のマンションで二人で行なっていて、その練習風景を俺は見たことがなかったからだ。正直に言おう。ド肝を抜かれた。さすがに、将来は声優になる、と言い切るだけのことはある。
これには逆に橘華蓮も驚いたようだ。「やるわね」というような表情を一瞬見せ、芝居を続けた。本来は一人芝居であるが、今即興で二人の間で役の分担が決まったようだ。阿吽の呼吸というやつだ。
それからの二人のやり取りはすごかった。流介に対抗するかのように、橘華蓮の演技も乗ってきて、それに呼応するように流介の演技の方も乗ってくる。何と言うか、グルーヴ感が出てきた。
しかし、なぜ橘華蓮はこんなにも台詞が入っているのだろう? いつの間に台詞を覚えたのか? 氷堂と同棲しているわけだから、台本自体はすぐに手に入るとは思う。しかし、あれだけ氷堂の舞台出演に反対していたのに、なぜ彼女は台本を読み、覚え、そして何より、なぜここに来たのだろう?
全く謎だが、しかし今はそれどころではない。兎にも角にも、もう一人の国民的スター候補生が声優部の舞台に立ったのだ。これは起死回生の一撃以外の何ものでもない。俺はすぐに橘華蓮の音弧祭り参戦を各種SNSで拡散した。
そりゃ数分で変化などあるはずない、と思ったらあった。校長がいる。ステージ正面の奥の壁中央に腕を組んで仁王立ちしている。何しに来たんだ? 鋭い眼光で客が来るのを防ぐつもりか? それくらい厳しい顔をしている。
こりゃさすがの流介もやりにくいだろうなぁ、と思っていたら、その流介から腕を引っ張られ、ステージ裏に戻された。
「何やってんだよ!」
「何って……客の入りはどんなんか見てたんだよ」
「そんなのどうでもいいよ!」
「いや、どうでもよくないだろ。むしろ一番大事だろ」
「太一はここにいないとダメだろう?」
「あぁ、そうなの? ……悪りぃ」
何か今日は流介によく怒られる日だ。流介のくせに生意気だ。
などと思ってる間に本番になった。午後三時ちょうど。声優部舞台の開演である。
「太一はそこにいてよ!」
そう俺に釘を刺し、流介はステージへと飛び出して行った。うるせーバーカ。そんなこと言われなくてもわかってる。
特に何のアナウンスもなく、会場の照明が落とされ、手伝ってくれている先生が幕を開ける。なんとも事務的だ。俺はステージ上手の袖から見ることにした。ここからは客席の様子もよく見える。
ステージ中央にスポットライトが当たり、その光の中に流介が佇んでいる。
それを見た、最後の最後まで氷堂の出演を諦めなかったであろう、中央最前列に陣取っていた女子二人がこうべを垂れ、わかりやすく落胆し、立ち上がった。そのあからさますぎる態度には正直腹が立ったが、そんな光景は至る所で見られた。気持ちはわからんではないが、せっかく来たのだから、ちょっとくらい見ていけばいいのに。
そんな中、校長は向こう正面の壁の前で微動だにせずに仁王立ちしている。ステージ上の流介を睨みつけたままだ。その流介はというと、少ない観客が更に少なくなろうと、校長が睨んでようと、特に動揺した素振りは見せない。
そして、いよいよ第一声を発っしようと、流介が口を開きかけたその瞬間、舞台の下手から最初の台詞が聞こえてきた。
女の声だ。
誰だ、と言わんばかりに流介は声のした方を睨みつける。これだけ険しい表情の流介を見るのは初めてだ。自分の最初の舞台を汚された。そんな感じだ。
薄暗い下手の舞台袖に女のシルエットがある。暗くてよくわからないが、タイトな服を着ているらしく、体のラインがよくわかる。小柄だが、手足が長く、真っ直ぐに伸びた背中の立ち姿が凛々しい。そして一歩一歩、舞台へと歩み出す。その歩き方もまた美しい。
舞台の明るみに出た声の主は、橘華蓮だった。
これにはさすがの流介も驚いたようだ。目を見開く音が聞こえてきそうだった。そして次の瞬間、大歓声が起こった。よくもまあ、これだけの少人数であれだけの音量が出たものだと感心するほどだ。会場には校長含め、十人はいなかった筈だ。
その校長を見ると、こちらは驚いた、というよりは愕然とした、という表現がぴったりな表情だった。目を大きく見開き、口が「あ」の形に開いたままだ。それだけ意外だったということだろう。
舞台に歩み出た橘華蓮はスキニーパンツと、襟や袖がフリルのようになった、カシュクールのタイトな長袖Tシャツを身に着けていた。シューズも全て白である。ジュニア世界選手権決勝で、純白の衣装に身を包んでいたのを思い出した。全身白で統一した衣装は、やはり黒一色の衣装の流介と、同じ意図であるのだろうか。
そして、そのまま歩をゆるめず、流介のいる中央へと向かって行く。そして流介に鋭い眼光を飛ばし、主役である娘の台詞を続けて喋り始めた。台詞は淀みなく、あたかも彼女が娘本人であるかのように台詞回しも自然で実存感がある。
橘華蓮が台詞を言い終え、流介の目の前まで来ると、今度は流介が母親の台詞でそれに応えた。流介が台詞を喋った瞬間、場内からは「おぉ!」と感嘆の溜め息が漏れた。大人の女のような声を出したのだ。まさに母親の声。見た目はどこにでもいる高校生男子なのに、年配の女性に見えてしまう。それに、何て言ったら良いのかわからないが、声が「立って」いるのだ。パキッと輪郭がハッキリしていると言うか。
流介の声優としての声を聞くのは初めてだった。台詞の稽古は氷堂のマンションで二人で行なっていて、その練習風景を俺は見たことがなかったからだ。正直に言おう。ド肝を抜かれた。さすがに、将来は声優になる、と言い切るだけのことはある。
これには逆に橘華蓮も驚いたようだ。「やるわね」というような表情を一瞬見せ、芝居を続けた。本来は一人芝居であるが、今即興で二人の間で役の分担が決まったようだ。阿吽の呼吸というやつだ。
それからの二人のやり取りはすごかった。流介に対抗するかのように、橘華蓮の演技も乗ってきて、それに呼応するように流介の演技の方も乗ってくる。何と言うか、グルーヴ感が出てきた。
しかし、なぜ橘華蓮はこんなにも台詞が入っているのだろう? いつの間に台詞を覚えたのか? 氷堂と同棲しているわけだから、台本自体はすぐに手に入るとは思う。しかし、あれだけ氷堂の舞台出演に反対していたのに、なぜ彼女は台本を読み、覚え、そして何より、なぜここに来たのだろう?
全く謎だが、しかし今はそれどころではない。兎にも角にも、もう一人の国民的スター候補生が声優部の舞台に立ったのだ。これは起死回生の一撃以外の何ものでもない。俺はすぐに橘華蓮の音弧祭り参戦を各種SNSで拡散した。
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