行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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大物気取りですか、コノヤロー

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 その裏で(どちらかというと、俺らの方が『裏』なのだが)、音弧野王者決定戦の方も盛り上がっていた。大方の予想を覆し、ラグビー部・松岡が苦戦しているらしい。しかも、陸上部・山口が走り幅跳びでもトップに立ち、独走態勢だという。綱引きではレスリング部ヘビー級オリンピック候補・長瀬が一位。長瀬は後の種目で本職のレスリングがあるため、優勝候補に名乗りを挙げた形だ。

総合上位三傑
第一位 山口(陸上部) 勝ち点10
第二位 松岡(ラグビー部) 勝ち点6
第三位 長瀬(レスリング部) 勝ち点5

 まだ三種目とはいえ、優勝争いは早くも混沌としつつあり、俄然盛り上がってきたが、星野の名前はまだ上位にはいない。どうした?星野!
 そして、この盛り上がりが、俺たち声優部の舞台にとって逆風になっていた。

 声優部の方はと言えば、舞台自体は絶好調で進んでいた。あれだけつまらなかった台本が、人が演じるとこうも違うものなのか。いや、単に人が演じるだけではこうはいかないだろう。二人が名優なのだ。

 橘華蓮は、氷堂にはあれだけ演劇をやることを否定しておきながら、自分はめちゃめちゃ演技が上手い。本職かと見紛うほどだ。やはり、表現する、という点ではフィギュアも演劇も同じ、相通ずるものがあるのだろう。ましてや橘華蓮は超一流の選手だ。一芸に秀でる者は多芸に通ずと言うが、まさにその通りだ。

 一方の流介は、これはもうド素人のはずだ。全国に名の知れた役者どころか、舞台に立つのすら初めてだと言っていた。それがどうだ。あの橘華蓮を相手に一歩も引かない演技を見せている。母親役の時は大人の女に、父親役の時は大人の男になるのだ。これは一体どういうことなのか? やはり天性のものなのか、生涯の職業として声優になりたいという強い思いが成せる業なのか。いずれにしろ、流介という男は底が知れない。

 観客の方はと言うと、……これがあまり芳しくない。確実に増えてはいる。しかし、期待した程の増え方ではないのだ。この時、音弧野王者決定戦の盛り上がりを知らなかった俺たちは、その原因がわからなかった。

 SNSでの拡散が思うように進んでいないのだろうか。それとも、橘華蓮は氷堂ほどの人気はないのだろうか。そんなことまで考えた。冷静になれば、それは考えにくかったはずだ。二人の人気は同等。少なくとも、それほど大きな差はないはずだからだ。その時の俺は、余程焦っていたのだろう。

 入り口からは絶えず人が入ってきてはいる。しかし、ペースは遅い。舞台は三十分ほどの短いものだ。時間内に千人集まるだろうか。

 俺が一人やきもきしているうちに、場面は橘華蓮演じる主人公の少女が心情を吐露するシーンとなった。一旦お役御免となった流介が舞台袖にはけてきた。

「お疲れ」

「いやあ、乗っ取られちゃったよ」

 何言ってやがる。でも、俺は言ってやった。

「お前、すごいな」

 流介は答えて曰く、

「知ってる」

 ちょっとイラッときたので言ってやった。

「まぁ、これだけ客が来たのは橘華蓮のおかげだけどな」

「そうだねー」

 俺のちょっとした嫌味を軽く受け流しやがった。大物気取りですか、コノヤロー。

「ただ、客は増えてはきてるけど、まだ全然足りねぇ。終わるまでに千人来るかな?」

「うーん。どうかねー」

 あんまり興味がなさそうだ。あれだけ声優部発足にこだわったのはお前だろ。なんだか様子がおかしい。さっきから流介は同じ方ばかり見ている。

 視線の先を追うと、校長がいた。興味がない振りをしているが、やはり気になるのだろうか。その校長はと言うと、舞台に釘付けだ。観客はまだまだ少ないものの着実に増えてはいる。しかし、そのことにはまるで関心がないように見える。ただひたすら、舞台上の橘華蓮の一挙手一投足、台詞の一語一語を見逃すまい、聴き逃すまいとしているかのようだ。

 その様子を見て、なんとなくわかった気がした。やはり校長は橘華蓮を欲しいのではないか。世界ジュニア選手権で優勝したペアが二人揃えば世間からの注目度は氷堂一人の今よりも高くなるだろう。しかし、音弧野高は男子校だ。現状では女子は入れない。とはいえ、あの校長のことだ。幾らでもルールなんか捻じ曲げるだろう。わけのわからない『特例』とか言い出しそうだ。

 そうこうしているうち、流介の出番となった。

 物語はいよいよクライマックス、娘と父の再会のシーンとなる。元となったノートの方では、父親が娘の高校の教師として赴任した後の記述はない。なので、流介はラストを書き加えた。いつかのサイゼで話した通り、少女が父親をブン殴って、一人で新しい道を歩んでいく、というようなラストだ。確かに、これならこの腑に落ちない小説もひとつスッキリして終わらせることができる。

 そして、観客は千人集まるだろうか。もうすぐ、舞台は終わる。残された時間は五分もないだろう。現在の観客は見たとこ、七百人といったところか。残り五分で三百人来るのだろうか。俺は、さっき書いた橘華蓮が急遽出演したというツイートをリツイートしまくった。悪あがきなのは百も承知。それでも、俺はできることをやる。

 流介が舞台に歩み出る。舞台に緊迫感が走る。見ると校長は凍りついたように固まっている。

 この時、にわかに小体育館の入り口が慌ただしくなった。客が一気に押し寄せてきたのだ。次から次へと人が入り口から雪崩れ込む。急に入ろうとするものだから、つかえてしまうくらいだ。

 結構な混乱となってしまったので、舞台の方も一時中断となった。小体育館のフロアは見る間に人で埋め尽くされ、座り見では対応できず、あっという間にオールスタンディングとなった。千人どころではない。二千人はいるのではないか。それでも、入り口は入りきらない人でごった返している。危険と判断したのだろう、係の先生が急遽、満員札止めということでドアを閉めてしまった。

 あまりに急のことで、その時は事態が飲み込めなかったが、後で聞いたら音弧野王者決定戦で更に動きがあったらしい。客が伸び悩んだのも音弧野王者決定戦なら、客が増えたのも音弧野王者決定戦だった。

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