行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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ごめんで済んだら警察いらねぇよ!

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 例年以上に盛り上がっていた音弧野王者決定戦だったが、上位選手のほとんどが棄権してしまったのだ。

 トップを走っていた陸上部・山口、連覇のかかったラグビー部・松岡、そして、レスリング部・長瀬が次々と棄権。他にも、全国的に知名度のある選手が次々と怪我(正確に言うと「怪我の危険」)を理由に離脱していった。

 本来エキシビジョンなので大事をとって棄権するということは毎年必ずあるが、ここまで多いのは珍しい。しかも、これだけの大量離脱となれば、音弧野王者決定戦史上初の出来事ではないだろうか。


総合上位三傑(※全員棄権)
第一位 松岡(ラグビー部) 勝ち点11
第一位 長瀬(レスリング部) 勝ち点11
第三位 山口(陸上部) 勝ち点10


 そういうわけで、音弧野王者決定戦は残り4競技を残して観客への求心力をなくしてしまい、代わって橘華蓮がサプライズ出演している声優部の舞台へと観客が雪崩れ込んできたのである。


 場内がようやく落ち着きを見せてきたので、舞台は再開された。今や満員となった小体育館の中、少女の父親となった流介が舞台中央に佇み、新しく赴任した教師として自己紹介をする。

「はじめまして。今日から君たちの国語を担当する、」

 そういえば、あの小説には各登場人物の名前の記述はなかった。流介は何と名乗るのだろう?

「大熊正至です」

 場内がざわついた。何の冗談だ? 笑い声さえ起こった。ほとんどの観客が橘華蓮見たさに今来たばかりなのだから無理もない。

 流介が名乗ったのは校長の本名だった。俺は校長を見た。俺以外にも、多くの者が校長を振り向いた。例の如く、顔を真っ赤にして赤熊になって怒っているのかと思ったら、違った。校長は天井を見上げ、ゆっくり、大きく息を吐き出した。

「お父さん……? あなたは私のお父さんでしょう?」

 橘華蓮が芝居を続ける。その一言に、更に場内が騒然となる。

「誰だね、君は?」

「私は、あなたの娘、たちばなおるです」

 橘華蓮は自分の母親の名を名乗った。

 彼女の母親は有名なバレエダンサーで、芸名での表記は『橘カオル』である。更に場内が騒然となる。ちょっとした笑いを取ろうとしているのか。しかし、舞台上の二人の演技からはふざけた要素は微塵も感じられない。むしろ、鬼気迫るものさえ感じる。

 これは事実なのだろうか。橘華蓮の母であり、バレエダンサーである橘カオルと、音弧野高校校長・大熊正至は親子なのだろうか。

 しかしこれは舞台である。演劇作品である。事実とは関係な……、いや、どうだろうか?

 この舞台の脚本の元になったのは、出所不明のあの怪しすぎるノートではないか。あのノートは一体何なのだろうか。そして、流介はあの薄汚れたノートをどこから手に入れたのだろうか。

「華織……、君は華織なのか?」

 橘華蓮がうなずく。

「そうか、華織か……。そういえば、若い頃の母さんに似ている。大きくなったな……」

 流介が橘華蓮に歩み寄る。橘華蓮もまた、流介へと歩を進める。親子は一歩ずつ、近づいていく。そして、二人の距離が手を伸ばせば届く距離になって、父親は娘に言った。

「華織、すまなかった。俺は、お前を捨てた」

 今度は場内が静まり返った。もちろん、校長を振り向く者は少なくなかった。しかし、声を立てる者はいなかった。

 ここで「ごめんで済んだら警察いらねぇよ!」というなかなかにして酷い台詞があり、主役の少女が父親を殴って、「私はお前を許さない! 私はお前を必要としない! 私はこれから母さんと二人で生きていく!」という台詞で大団円(というより唐突な終幕)となる予定であった。

 ところが、橘華蓮が言った台詞は次の通りだった。

「お父さん、私のダンスを見て」

 ダンス? 突然どういうことだ? 全く唐突な展開だ。しかも、橘華蓮は相手役の流介を見て言ったのではない。舞台正面に向かって、小体育館の奥の壁、校長のいる方に向かって言い放った。

 橘華蓮が踊るためにポーズを取ると、流介が舞台袖にはけてきた。次の瞬間、音楽が流れた。こんな演出はなかったはずだ。戻ってきた流介に声をかけた。

「内容、変えたのか?」

「いや、俺にそのつもりはないよ」

「え! じゃあ、どうなってるんだ?」

「知らない」

「じゃあ、この曲かけたの、誰だ?」

「さぁ、誰だろね?」

 ひょうひょうとしてやがる。心当たりはあるのか?

 橘華蓮は一心に踊り続けている。鋭いターン、高いジャンプ、流麗な手の動き、そして豊かな表情。フィギュアの練習にバレエを取り入れているということを以前見たニュースで知ってはいたが、ここまで本格的に踊れるとは思わなかった。さすがに橘カオルの娘である。血は争えない、といったところか。

 いや、もちろん俺はバレエになんて詳しくないが、橘華蓮のバレエが本職レベルなのは観客の反応からも明らかだ。二千人もの観客が橘華蓮の踊りに魅了され、目を離すことができないでいる。

「あ! この曲……」

 そして、曲が進むにつれてわかってきた。この曲は、確かさっき氷堂のマンションに行った時に流れていたのと同じ曲だ。
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