行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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ごめんで済んだら警察要らないけどねー

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「そう、ジゼルだね」

 俺の言葉に反応して、流介は言った。

「あ、そうなん?」

 反射的に言ってしまった。正直なところが、俺の長所でもあり、短所でもある。

「え? この曲知らなかったの?」

「いや、知ってるよ」

 また流介にバカにされるのはムカつくので、嘘をついてみた。

「ま、そうだよね。三大バレエ・ブランの一つだもんね」

「へー、そうなんだ」

 つーか、バレエ・ブランって何だ? そもそもブランって何だ? ちょっとおいしそうではある。

「え? 知ってるんじゃないの?」

「いや、実はさっき氷堂のマンションで聴いたばっかなんだ」

 すぐに限界が来てしまった俺は、バレエのことなんか一つも知らないことが流介の尋問によってバレる前に正直に白状した。

「え? 勇騎のマンションに行ったの?」

 ボロを出すのを避けようとしたら、墓穴を掘ってしまった。

「何しに行ったの?」

「いや、元気かな、と思って」

「さっき行ったんだよね? さっき、っていつ? あぁ、トイレ行くって言った時か」

「あぁ……、まぁ……」

「じゃあ、俺に嘘ついたんだ」

「あぁ……、はい」

「困るなぁ」 

「あのー、……ごめんなさい」

「ごめんで済んだら警察要らないけどねー」

 そう言って流介は笑った。

「で、本当は勇騎のマンションに何しに行ったの?」

 俺は本当のことを話した。それについて流介は「ふーん」と言っただけで他には何も言わなかった。怒られるかと思ったらからちょっと安心したが、むしろ流介はやたらと嬉しそうだった。俺をとっちめたのが余程嬉しかったのだろう。全く小さい人間だ。

 そうこうしているうちに、橘華蓮の踊りが終わった。それと同時にそれまで水を打ったように静まり返っていた会場が爆発した。割れるような拍手、地鳴りのような歓声。それらが小体育館を包んだ。こんな音、今まで聞いたことない。これが橘華蓮か、と思った。

 しかし、その橘華蓮は舞台中央で踊り終わった体勢のまま、肩で息をして動けずにいる。元より小柄な彼女だが、より小さく見える。なんだか、それこそ小学生くらいの女の子に見える。

「この後どうなるんだ?」

 俺は流介に聞いてみた。

「いや、知らないけど、幕でしょ。これ以上は色んな意味で続けらんないよ」

 そう言ってすぐに、幕を下ろしてくれる先生のところに行った。流介は先生に一言告げると、幕はゆっくりと下りていった。その間、凄まじいばかりの音はやまない。だが、橘華蓮は同じ姿勢のまま動かない。いや、動けない。やはり本職のフィギュアとは勝手が違うのか。

 橘華蓮は動けないながらもその視線は前を見据えていた。しかしその視線はいつもテレビで見るような、自信に満ちた、不遜とすら言える視線ではない。不安な視線だ。だからさっき、俺は小学生の女の子のように感じたのか。小さくて頼りない存在。そして視線の先には、やはり校長がいた。その校長は、幕が下りきる前に、そそくさと小体育館から出て行ってしまった。それを見た橘華蓮が、がっくりと首を垂れた。

 すると、流介がドタドタとやかましく舞台に戻っていって、橘華蓮に駆け寄った。

「悪い! カーテンコールは一人でやって。俺、急用ができたから」

 拍手と歓声は幕が下りてからも全く止む気配はない。確かにカーテンコールがなければ、暴動でも起こりそうな雰囲気だ。え?という表情をして橘華蓮は流介を見上げたが、次の瞬間には流介は舞台を後にしてしまった。なんだか、珍しく焦っているようだ。戸惑う橘華蓮をよそに、幕はゆっくりと、だが一定のスピードで着実に上がっていく。

 幕が上がった瞬間に歓声は一段と大きくなり、華蓮の姿が見えると再びあの大音量が小体育館を包んだ。幕が上がった時の橘華蓮はもう、うなだれてはいなかった。背筋は真っ直ぐに伸び、両手を広げ、満面の笑み、自信に満ち溢れたいつもの笑顔で観客を迎えた。

 いやさすがだなぁ、と感動しながら見ていると、ふと小体育館の出入り口へ向かって行く流介が見えた。そしてその後を追う人影も。あれは、氷堂だ。

 アンコールは結局三回行われた。詰めかけた観客は当然のように一回では満足せず、幕が閉まっても拍手と歓声は鳴り止まなかった。それが二回繰り返され、三回目のアンコールが終わってようやく落ち着いた。落ち着いた、というと、まぁそれもあるのだが、それよりも、半分ほどの人間がいそいそと出て行ってしまったのだ。

 これまた、後から聞いた話だが、またしても音弧野王者決定戦が関係していた。ベースボールマシーン2号こと、星野が大躍進をしたそうである。
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