行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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ここはまずい

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 橘カオルは自身の思いを文章にまとめることにしたらしい。そして書いていくうち、それは小説の形式で綴った方が相応しいと思うようになった。

 華蓮は母親に、結局校長が父親だったのかどうか問い詰めた。しかし母親が言うには、校長は答えてくれないまま、学校を辞めてしまったという。極めて怪しいと言わざるを得ない。

 そして十数年が経った後、スポーツ強豪校の校長としてテレビに出ているのを見て驚いたそうだ。ただ、橘カオルとしては、今更どうでもいい話だと思っていた。しかし、今回娘のペアパートナーが音弧野高に進学すると聞いて、因縁めいたものを感じてしまったのだという。

 話を聞いた華蓮は母親にその小説を見せてもらい、しばらく借りることにした。母親は最初は断ったが(そりゃそうだ。自作の小説なんぞ、恥ずかしくて見せられないだろう)、娘の押しの強さに最後は根負けしたそうである(押し強そうだ)。

 華蓮は借りた小説をしばらく読み返していた。そして繰り返し読むうち、母と祖母を捨てた祖父に対して、華蓮自身も興味を持っていったそうである。

 当然、その話は同じ家に住んでいる流介の知るところとなる。話を聞いた流介もその小説に興味を持ち、流介は華蓮から小説が綴られたノートを貸りた。

 もうお分かりだろう。俺の悪い予感は当たった。やはりそうだったのだ。そのノートこそ、流介が駅ビルのサイゼで俺に見せたあのノートだったのだ。

 つまり、あのノートに書いてある内容はノンフィクションだったのだ。フィクションとして読むと極めてつまらなかったが、事実と思うと急に趣が変わってくる。

 その後、そのノートは今回の舞台の台本になって、華蓮の母親役を氷堂が演じるはずであった。しかし、そうとは知らずに、結果として華蓮がやめさせることとなる(もっとも、最終的にやめさせたのは流介であったが、きっかけとなったのは華蓮だ)。それもどことなく因縁めいている。

 しかし、華蓮は日が経つに連れて、氷堂がどんな役を演じることになっていたのか、気になってきた。そしてある日、自分でも理不尽ではあると思ったらしいが、華蓮は氷堂に台本を見せてもらったのだそうだ。

 華蓮がどうやって頼んだのか、気になって聞いてみたら、こう言ったそうである。

「ちょっと、台本見せなさいよ」

 ……いや、もうちょっと言い方あるだろう。

 で、台本を読んだ華蓮は当然のことながら驚いた。氷堂に話を聞いたが、当然氷堂は橘カオルのノートについては知らなかった。じゃあ流介だろうと、今度は流介を問い詰めたらあっさり白状したらしい。

 母親には無断で使用したということで、そこは怒ったらしいが、今回の舞台へと至る経緯も聞いたところ、これは校長が観る可能性が高いと思ったという。観客が千人入ったかどうか確認しなければならないからだ。

 であれば、校長がこの舞台を観てどんな反応をするのか見てみたい、と考えた。母親から聞いた話では校長が自分の祖父である可能性は高いものの、完全な確証があるわけではない。舞台を上演させれば真偽のほどがわかるかもしれない。

 だが、今更氷堂に舞台に出てくれとはさすがの華蓮も言いにくかった。だったら自分が出るしかない、と思い、今日舞台に上がったという。幸い、母親の小説とほぼ変わらない台本だったので、小説を繰り返し読んでいた華蓮にとって台詞を覚えるのは簡単だったらしい。



 そんな話を聞き、非常に中身の濃い移動時間を過ごしていたら、あッという間に大体育館に着いた。

 さて中に入ろうとしたら、出入り口からいきなり流介、それから氷堂が出てきた。二人が出てきた瞬間、華蓮がサッと俺の手を離したのは割と悲しかった。まぁ、仕方がないが。

「あ、舞台終わったの?」

 流介が挨拶がわりに他人事のように言いやがった。

「あんた、何でカーテンコール出なかったのよ!」

「だから華蓮に頼んだんじゃん」

「答えになってないのよ! なんでカーテンコールにも出ずにあそこから出てっちゃったのか、って聞いてンのよ!」

 華蓮の剣幕に、回りがこちらに注目しはじめた。当然のことながら、ここに華蓮がいるのがバレ始めた。おまけに今は氷堂まで一緒だ。これは音弧野王者決定戦があるとはいえ、パニックになる危険性がある。

「ここはまずい、一旦場所変えよう」

 俺がそう言って、他の三人を促した。三人共そのことに異論はないようだった。しかし、少し遅かったか、人が集まり始めた。

 これはヤバそうだ、と思った瞬間、折り良く大体育館の中から割れんばかりの大歓声がこだました。何か音弧野王者決定戦で動きがあったか。しかしそれが幸いし、回りの人間が一斉に大体育館の中に気を取られた。その隙に、俺たちはそそくさとその場を後にした。



 この時の大歓声は、やはりレスリングの決勝でのものだった。
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