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なんだお前。イルカか?
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唐突に核心に斬り込んだ流介の言葉に、場が凍り付いた。
「証拠はあるのか?」
これは黒だな、とやけに確信めいたものを感じた。犯人というものは証拠を提出させたがるのが常だからだ。
「証拠は義母の小説と、ここにいる橘華蓮の証言です」
皆が一斉に華蓮の方を見る。
「なぁ、華蓮。おまえ、お義母さんに、おまえのお祖父さんは音弧野高校校長だ、って言われたんだよな?」
「はい……。確かにそう言ってました」
華蓮は流介ではなく、校長に向かって言った。そうでなければ敬語は使わないであろう。
「しかし……、それは失礼ながら、お母様の思い違いだと思います」
校長も、さすがに華蓮相手には言葉遣いは丁寧だ。他校の生徒というのもあるだろうし。
「なぜですか?」
流介が問いただした。
「黙れ。もういい」
「教えてください」
華蓮が懇願した。
「それは……ですね、先程も申し上げました通り、証拠的に今一つ不十分と思われるからです。なぜ、あなたのお母様は私のことを自分の父と思ったのですかな?」
「それは……、祖母が持っていた写真が、現文教師として高校に赴任してきた校長先生と同じだったから、だと思います」
校長は二、三うなずいた。
「そうでしたな……。しかし、それは多分、似ているだけだったと思います。こうだったらいいな、とう理想の補正もあったかもしれません。それに、写真の人は背が高く、痩せた人だと仰っていた。ですが私は……ご覧の通りの体型でして」
背は高いが、筋骨隆々とした、プロレスラーのような体型だ。
「いずれにしろ、写真が似ているというだけでは、確かな証拠とは言い切れないと思います」
それは俺も引っかかっていた。なぜこの主人公……つまりは橘カオルは、ことあるごと、迷子になった時に助けてくれた人や、赴任してきた教師を自分の父だと言い切れたのだろう? さすがに動機が弱いんじゃないだろうか。余程の特徴がない限りはそこまでは言い切れ……。
「そういうわけで、あまり……言いがかりはつけないでもらおう。憶測だけで事を進めないでもらいたい。そもそも、橘カオルさんに失礼だ。本人が今回のことを聞いたら、少なくとも良い気分はしないだろう」
流介も華蓮も黙ってしまった。もう、お開き的な雰囲気が漂っている。誰か、早く気づけよ。……誰も何も言わん。案外みなさん、オタンコスットコドッコイ間抜け野郎だったんですね。
「こここここ、校チョオ……」
ええい、仕方がない! 怖すぎるが、俺は声を上げた。
「ん?」
ものすごい睨みをきかされた。意識が飛びそうだったが、なんとか気合いで踏ん張った。バカになれ! 俺!
「しししし、しー! 失礼……、ですがはっ、」
「何だ? ハッキリ喋れ」
頑張れ、俺。
「その、そのそのその、御額の御傷は……いいいいいいいいいいいいつ頃、から……でしょう……か?」
「なんだお前。イルカか? この傷のことか? ……大学生の頃だ」
校長の額には大きな十文字の傷がある。かつて、志願兵として世界を転戦していた時の名誉の負傷だ。
「学生運動の時にな……」
違った。校内に流布している噂は嘘だったことが判明した。しかし、明るみにしたいのは、そこじゃない。
「ででで、でワ、橘ナナナ、カヲルさんのほ、高校に、ふふ、赴任され、されされされ、タアー、時にハ、既に……その、御傷は……、あったような感じ……でショウ……カ?」
「お前、日本語下手だな」
「校長、そいつ、学年トップクラスです。ちなみに、現代文と古文はトップでした」
流介が変な助け船を出した。
「あ、おめぇか、赤本っつーのは。すごいなお前。満点だったぞ」
初めて校長に誉められてしまった。まさかこういうタイミングとは思わなかった。しかし、生徒の顔と名前くらいは一致させとけよ、校長。
「そうか! ってことは、お義母さんは校長の額の傷を見て、自分の父親だって、核心したんだ。お婆ちゃんの写真は大学の卒業間近って言ってたから、学生運動をしていたんなら、その頃にはデコの傷はもうあったはずだ。体型はいくらでも代われるけど、その大きな額の傷は変わらない」
流介のバカがようやく気づいた。
「お、同じような傷持つ奴なんて、他にいくらでもいるだろう」
「いねーよ! そんな十文字のデカい傷、額にある奴なんて! 見たことねーよ」
「うぬぅ……」
「校長おおおぉぉ!」
バアンッ!と扉が開き、そう叫びつつ入ってきたのは星野だった。
「キャアーッ!」
と、華蓮が悲鳴を上げた。星野が海パン一丁というあられもない姿だったからだ。なんだどうした? その前に、もう一押しってところだったのに、何空気ブッ壊してくれてんだコノヤロー!
「ん? 星野! どうした? どうなった?」
「優勝しましたアアアァァ!」
「そうか!」
「やりました! 校長! ありがというございました! 校長のおかげです!」
「いやいや。貴様の努力の賜物だ。そうかそうか……。いや、良かった……」
星野は既に号泣しているが、校長も泣きださんばかりだ。
「約束通り、野球部の部費を上げよう。よく頑張った!」
「ありがとうございますぅぅ……。ううぅ……」
「あのぅ……」
星野に声をかけてみた。
「どういう、流れなんですか?」
「いや、実はな……」
星野の語るところによると、こうである。聞いた話である故、俺の演出も入っている。従って、ちょっと違うかもしれないが、大体合ってると思う。
◇ ◇ ◇
それは四月も下旬に差しかかる頃だった。
「証拠はあるのか?」
これは黒だな、とやけに確信めいたものを感じた。犯人というものは証拠を提出させたがるのが常だからだ。
「証拠は義母の小説と、ここにいる橘華蓮の証言です」
皆が一斉に華蓮の方を見る。
「なぁ、華蓮。おまえ、お義母さんに、おまえのお祖父さんは音弧野高校校長だ、って言われたんだよな?」
「はい……。確かにそう言ってました」
華蓮は流介ではなく、校長に向かって言った。そうでなければ敬語は使わないであろう。
「しかし……、それは失礼ながら、お母様の思い違いだと思います」
校長も、さすがに華蓮相手には言葉遣いは丁寧だ。他校の生徒というのもあるだろうし。
「なぜですか?」
流介が問いただした。
「黙れ。もういい」
「教えてください」
華蓮が懇願した。
「それは……ですね、先程も申し上げました通り、証拠的に今一つ不十分と思われるからです。なぜ、あなたのお母様は私のことを自分の父と思ったのですかな?」
「それは……、祖母が持っていた写真が、現文教師として高校に赴任してきた校長先生と同じだったから、だと思います」
校長は二、三うなずいた。
「そうでしたな……。しかし、それは多分、似ているだけだったと思います。こうだったらいいな、とう理想の補正もあったかもしれません。それに、写真の人は背が高く、痩せた人だと仰っていた。ですが私は……ご覧の通りの体型でして」
背は高いが、筋骨隆々とした、プロレスラーのような体型だ。
「いずれにしろ、写真が似ているというだけでは、確かな証拠とは言い切れないと思います」
それは俺も引っかかっていた。なぜこの主人公……つまりは橘カオルは、ことあるごと、迷子になった時に助けてくれた人や、赴任してきた教師を自分の父だと言い切れたのだろう? さすがに動機が弱いんじゃないだろうか。余程の特徴がない限りはそこまでは言い切れ……。
「そういうわけで、あまり……言いがかりはつけないでもらおう。憶測だけで事を進めないでもらいたい。そもそも、橘カオルさんに失礼だ。本人が今回のことを聞いたら、少なくとも良い気分はしないだろう」
流介も華蓮も黙ってしまった。もう、お開き的な雰囲気が漂っている。誰か、早く気づけよ。……誰も何も言わん。案外みなさん、オタンコスットコドッコイ間抜け野郎だったんですね。
「こここここ、校チョオ……」
ええい、仕方がない! 怖すぎるが、俺は声を上げた。
「ん?」
ものすごい睨みをきかされた。意識が飛びそうだったが、なんとか気合いで踏ん張った。バカになれ! 俺!
「しししし、しー! 失礼……、ですがはっ、」
「何だ? ハッキリ喋れ」
頑張れ、俺。
「その、そのそのその、御額の御傷は……いいいいいいいいいいいいつ頃、から……でしょう……か?」
「なんだお前。イルカか? この傷のことか? ……大学生の頃だ」
校長の額には大きな十文字の傷がある。かつて、志願兵として世界を転戦していた時の名誉の負傷だ。
「学生運動の時にな……」
違った。校内に流布している噂は嘘だったことが判明した。しかし、明るみにしたいのは、そこじゃない。
「ででで、でワ、橘ナナナ、カヲルさんのほ、高校に、ふふ、赴任され、されされされ、タアー、時にハ、既に……その、御傷は……、あったような感じ……でショウ……カ?」
「お前、日本語下手だな」
「校長、そいつ、学年トップクラスです。ちなみに、現代文と古文はトップでした」
流介が変な助け船を出した。
「あ、おめぇか、赤本っつーのは。すごいなお前。満点だったぞ」
初めて校長に誉められてしまった。まさかこういうタイミングとは思わなかった。しかし、生徒の顔と名前くらいは一致させとけよ、校長。
「そうか! ってことは、お義母さんは校長の額の傷を見て、自分の父親だって、核心したんだ。お婆ちゃんの写真は大学の卒業間近って言ってたから、学生運動をしていたんなら、その頃にはデコの傷はもうあったはずだ。体型はいくらでも代われるけど、その大きな額の傷は変わらない」
流介のバカがようやく気づいた。
「お、同じような傷持つ奴なんて、他にいくらでもいるだろう」
「いねーよ! そんな十文字のデカい傷、額にある奴なんて! 見たことねーよ」
「うぬぅ……」
「校長おおおぉぉ!」
バアンッ!と扉が開き、そう叫びつつ入ってきたのは星野だった。
「キャアーッ!」
と、華蓮が悲鳴を上げた。星野が海パン一丁というあられもない姿だったからだ。なんだどうした? その前に、もう一押しってところだったのに、何空気ブッ壊してくれてんだコノヤロー!
「ん? 星野! どうした? どうなった?」
「優勝しましたアアアァァ!」
「そうか!」
「やりました! 校長! ありがというございました! 校長のおかげです!」
「いやいや。貴様の努力の賜物だ。そうかそうか……。いや、良かった……」
星野は既に号泣しているが、校長も泣きださんばかりだ。
「約束通り、野球部の部費を上げよう。よく頑張った!」
「ありがとうございますぅぅ……。ううぅ……」
「あのぅ……」
星野に声をかけてみた。
「どういう、流れなんですか?」
「いや、実はな……」
星野の語るところによると、こうである。聞いた話である故、俺の演出も入っている。従って、ちょっと違うかもしれないが、大体合ってると思う。
◇ ◇ ◇
それは四月も下旬に差しかかる頃だった。
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