行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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たわけぇ!

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「校長お!」

 ノックもせずに星野は校長室の扉を開けた。

「む。何奴?」

「野球部キャプテン、星野球太郎です!」

「野球部の話など、聞くに値せん!」

「そこをなんとか、聞いてください!」

「たわけがぁ! そこへなおれ!」

 校長は、その巨体、及び老体に似合わず、軽快にデスクを飛び越え、星野の前に立ちはだかった。かと思うと、いきなりその岩のような拳で殴りつけた。

「ぐう!」

「大方、野球部の部費を下げたことを撤回しろとでも言うためにここへ来たのだろう」

「如何にも……」

「たわけぇ! 貴様らのようにチンタラやってる奴らは、部費をもらうことすらおこがましいわ!」

「チンタラぁ……?」

 星野は、口の端から真っ赤な血を流しながら唇を噛みしめ、校長を睨み上げた。

「どうした……? 何か言いたそうな。ならば、貴様の心の中で思っている本心をブチまけてみせよ!」

「今の言葉……、修正してもらおう!」

 星野は鍛え上げた全身のバネを拳に集約し、校長の顔面に叩きつけた。校長は避けようともせず、むしろ、その顔面で星野のパンチを受け取った。校長はパンチを顔面にメリこませながら思った。これが若さか……。

「おめぇ、面白れぇ奴だな」

 校長はニヤリと笑った。

「俺たちは、チンタラなんかやっていない! これでも、精一杯やってるんだ! ただ……結果が伴わないだけだ!」

、だと? 笑止! 結果が伴わないということは、それだけの努力しかしていないという証! 甘ったれるな!」

「……くっ! じゃあ、見せてあげますよ、結果ってやつを」

「面白い。どんな結果を見せてくれる? それ次第では、部費を元に戻すなどとケチなことは言わん。過去最大に上げてやる!」

「その言葉を忘れるな! 俺たちが見せる結果は、甲子園出場だ!」

「何ィ! まだ県大会準決勝にすら進めていないお前らが、甲子園出場……だと? 面白い。見せてみろ、その結果ってやつを!」



 三ヶ月後。

「負けました」

「たわけぇ!」

 星野はまたしても、校長の拳を浴びた。

「ぐぅ……。で、でも、初めて準決勝に進んだんです!」

「勝手に目標を下方修正するな!」

「くぅ……」

 星野はそう呟いた後、床に突っ伏して涙を流した。

「……なんだ? それで終いか?」

「……え?」

「何か言いたいことが、本当はあるのだろう。ならば、貴様の心の中で思っている本心をブチまけてみせよ!」

「……後輩たちのために、……部費を上げて欲しいです」

「……まだ、挑戦しようとは思わんのか?」

「え……?」

「一つの目標が終わったら、次の目標を設定せんか! 貴様、今、部費を上げて欲しいと言ったばかりではないか!」

「は、はい……。ですが……」

「たわけぇ! 貴様らみたいな若いモンが、そう簡単に諦めるな! 何か次の目標を設定してみろ!」

「ですが、もう僕は三年。夏も終わり、引退してしまいました……」

「もう一つ……。我が校には引退した三年でも出られる大会があるだろうが」

「三年でも出れる大会……、あ!」

「で、貴様、どうする?」

「お、俺は……、音弧野王者決定戦で、優勝してみせます! 見事優勝した暁には、野球部の部費を上げてください!」

「よく言った!」


   ◇   ◇   ◇


「心の中で思っている本心をブチまけろ、その言葉があったからこそ、僕は優勝できました! ありがとうございました!」

 星野は深々と校長に頭を下げた。パンいちで。

「本心をブチまけろ、かぁ。良い言葉だなぁ」

 流介が実に嬉しそうにつぶやいた。

「生徒に本心を言わせて、自分じゃ言わないってことはありえないよなあ。ね? 校長」

 校長は流介を睨みつけながら口元で何か呟いていたが、あまりに小さすぎて聞き取れなかった。

「校長、」

 それまで黙っていた氷堂が口を開いた。

「何だね?」

「今日、華蓮が踊った曲は、何の曲か、おわかりですか?」

「……ジゼルか」

 ええー! 知ってたの? 校長のくせに? 俺が知らなかったのに?

「ご存じでしたか……。ジゼルというバレエの曲です。フィギュアのために、僕たちはバレエのレッスンも取り入れているのですが、今日華蓮が踊った曲は練習でも華蓮が好んで取り上げる曲なんです。ジゼルというのは、主人公の女の子の名前なのですが、彼女は恋に落ちた男性に裏切られて命を落としてしまいます」

 そこで校長はほんの少しの間だけ、視線を手元に下げた。下がった、というべきか。

「しかしジゼルは、死して尚、自分を裏切った男性を許し、助けます。そういう、話です」

 そういう話だったのか……。つまりは、そういう踊りを華蓮は舞台の最後に踊ったのだ。これは、華蓮から校長へのメッセージである。祖母、母、娘という自分たち女をジゼルに見立てたのだ、と思う。

 氷堂の話を聞いた校長は、視線を机の上に落としまま、微動だにしない。沈黙を破ったのは華蓮だった。

「この曲を、私に教えてくれたのは母なんです」

 校長は顔を上げ、華蓮を見た。

「母も、この曲をよく踊っていました。子供の頃は、なぜ母がこのバレエを好きだったのかわからなかったんですけど、今ならわかる気がします」

 華蓮がそう言い終わると、校長は再び視線を机の上に戻し、浅く腰をかけ直した。

「私は、前科者だ」
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