行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀水無月

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何色にも染まってねぇ

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 秋もすっかり深まり、音弧祭りに向けてどことなく浮足立った学校の雰囲気は完全になくなり、今はすっかり落ち着きを取り戻した。

 落ち着きを取り戻したと言えば、校長室に泥棒が入った件についても落ち着き、というよりは一件落着した。やはり流介が校長室の金庫に保管されていた、娘である橘カオルの小説が綴られたノートを盗んだのであったというのではもちろんなく、普通にどこかの知らないおっさんが家庭でむしゃくしゃしたことがあって、出来心で盗みを働いてしまったらしい。

 出来心であの監視を突破したのだから、なかなかにして泥棒としての才覚がある、と言わざるを得ない。そのおっさんが今どのような職に就いているのか知らないが、泥棒に転職をしてもいいのではないか。いや、そうなると犯罪者になってしまうので、やはりそれはやめた方がいいだろう。おっさん、気を確かに。

 ちなみにそのおっさんの家庭の事情とは夫婦喧嘩だったらしい。喧嘩できる相手がいるのだから、どんだけむしゃくしゃしようと、身に余る幸せを噛みしめるがよろしい。世の中には娘を一人授かっても、妻や娘と喧嘩のひとつもできなかった輩もいるのだから。

 ちなみに校長室の金庫に入っていたのは王貞治と長嶋茂雄のサインボールだったそうだ。この二つを揃えるとは、さすがスポーツ名門校の校長である。ちなみに二つのサインボールは雑誌のプレゼントに当選したとかそんなケチ臭いものではなく、お二方に直々にサインしてもらったそうである。さすがである。ちなみに俺はイチローのサインボールが欲しい。

「太一、アニメ作っていいよ」

「は? 熱っつ!」

 あまりに唐突なことを流介が言うもんだから、缶コーヒーをこぼしてしまった。しかも買いたてなので、熱々である。

「ほらぁ! お前が変なこと言うからぁ……」

「変なことなんて言ってないよ。極めて真面目な議題だ」

「何がどう真面目だ。俺はアニメは作らないし、そもそも絵がクソ下手だって前に言っただろ。何なんだよ一体、何があったんだよ」

「いや実はね、声優部を発足させたはいいけど、やることなくてさ。この間校長に、何も活動をしないのなら部費を減らすぞ、って言われちゃってね」

「また演劇やればいいんじゃね?」

「そしたら演劇部になっちゃうじゃん」

「そういや氷堂は演劇部まだやってんの?」

「さすがに今はシーズン中だからできないみたい。でも、本人的には全然一人芝居のことは諦めてないみたいね」

 十月に入り、フィギュアのシーズンも本格化する。氷堂と華蓮は今シーズンからはシニアに転向するという。厳しい戦いにはなると思うが、期待と楽しみもある。氷堂のソロ転向はやはり先送りにされたらしく、今シーズンもペアのみでの出場となる。しかし、一人芝居はやる気みたいだし、ソロとペアの二刀流も当然諦めてはいないだろう。

「だからさー、アニメ作ろうよ。アニメはいいよー。絶対作った方がいいって。絶対後悔しない。いやむしろやらなかったら絶対後悔するよ」

 こうも軽々しく「絶対」を連呼できる根拠はどこにあるのだろう? それとも何か策があるのだろうか。

「いやだから、無理だっつってんだろ!」

 とはいえ、無理なものは無理だ。安請け合いして上手くいくことなどあるはずがない。

「つーかよー」

 俺は流介に聞いた。

「ん?」

「お前、なんで高校で声優部作ろうなんて思ったの? 高校出て専門学校入るまで待てば良いだけの話じゃね?」

「んー、覚えてないかなあ?」

「何を?」

「声優部を作ろうとしたきっかけって、太一なんだぜ」

「なんで俺だよ。人のせいにすんじゃねーよ」

「入学して同じクラスになって、隣の席になったじゃん?」

「あぁ」

「俺、正直、ひよってたんだよね。デカい奴らばっかだし、有名な奴もいっぱいいたし」

 そういや思い出した。確かこいつ、「この学校でやっていけるかどうか心配」って言ってた。

「そしたら太一がさ、『あいつらは確かにスゲエが、野球やったりサッカーやったり、これから先、それぞれのスポーツを専門にやっていくしか道がねぇ。それに比べて俺たちはまだ何色にも染まってねぇ、まだ俺らは十五歳だ、俺らの勝負はこれからだ』って言ったんだ」

 あー、そういや、そんなこと言ったなぁ。正確には覚えてないが……。ただ、俺がそう言ったのは、受験に失敗したショックを引きずっていたからだ。俺の本当の勝負はここじゃねぇ、って思うようにしてた。俺の勝負は大学受験だ、って。

「だから、こいつは俺と同じことを考えてる、何色にも染まっていない、何色にもなれる、って思ったのさ。俺たちはこの学校で声優部を作るしかない、って」

 なんだか、勘違いしてる上、ものすごい勢いで飛躍してるが……。まぁ、そういうことだったのか。

「ところでさー、流介は何で音弧野高に入ったの?」

「太一は?」

「俺は……、第一志望に落ちたからだよ」

「ダセ」

「おまえェェェ。ホントに熱々のコーヒーかけてあげようか?」

「ダメ」

「じゃあ、お前はなんでなんだよ! なんでおまえみたいなヒョロヒョロもやしびちゃグソ野郎がこんなマッチョ高校に入ったんだよ!」

「ひどいな。うん、まぁ、それは勇騎がこの学校に入るっていうからさ」

「え?」

「ほら、離れ離れになっちゃうから、華蓮が心配だろ? だから、俺が勇騎のことは見張っててやろうと思ってね」

 ふーん。橘華蓮とはいえ、姉、しかも義理の姉のために明らかに自分には合っていない高校を選ぶとはね……。こいつ結構……、

「ちょっといいかな」

 突然、後ろから、しかも随分高いところから、カン高い声で、声をかけられた。

 振り向くと、とんでもない巨漢の男がいた。身長は百九十は軽く超えているだろう。横幅も分厚い。近藤龍之介だ。やはり近くで見ると、とんでもなくデカい。

「な、何なんスか?」

「君ら、声優部だよね?」

「そ、そうッスけど……」

「実は……、折り入って頼みたいことがあるんだ」

 OWEが俺ら声優部に何の用だ? 全く接点がないではないか。

「俺らにできることなら考えますけど、頼みって何ですか?」

 流介が問うと、近藤は答えた。

「実は……、俺のマイクパフォーマンスの声を充てて欲しいんだ!」

 プロレスにおいて、マイクパフォーマンスは殊の外重要である。観客を盛り上げる、という点では実際のファイト以上に重要な場合もあるくらいだ。

 確かに近藤はそのガタイに比べて声がカン高い。こんな声で怒鳴ったところで、巨体とのギャップもあって、却って笑われてしまうかもしれない。シリアスな場面では特に厳しい。

 そういや、オータムレッスルファイトの時、一言も喋ってなかった! あれはそういうことだったのか……。ひょっとしたら、近藤さんから「喋るな」と言われていたのかもしれない。

「俺で良ければ、やりますよ。なんせ、俺は声優ですからね」

 なんだか面白そうなことになってきた。俺たちは声優部だ。声が必要なところにならどこにでも行く。

 ま、俺は声優できないんだけど。
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