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第一章 初めての夜よりも、身体は確かに応えていく
波まかせの嫁入
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シーランド王国・レーヴェンヌ伯爵家を発って三日。
真冬の冷たい風が、馬車の小窓から吹き込む。
車輪は泥のついた石畳をゆっくりと転がり、時折、大きく揺れた。
窓の外では、農夫たちが霜の降りた畑を耕している。
鍬の音、土の匂い――これから行くヴァロニアの宮廷とはまるで別世界だろう。
シルヴィアは長椅子に腰かけ、裾の皺を丁寧に指で伸ばしていた。
「……この揺れで、到着まで無事に衣装を保てる方が不思議ですね」
護衛がわずかに口元を緩めただけで、何も言わない。
その沈黙を逃さず、シルヴィアは視線を向けた。
「そういえば――王太子殿下は、どのようなお方なのでしょうか。ご年齢は?」
「……二十五であらせられます」
(良かった。ものすごく年上や年下ではなくて。でも、そのお年ならいくらでもお相手はいたでしょうに、わざわざ敵国から選ぶなんて、よほどの事情があるのね)
「ご趣味やお好みは?」
護衛はわずかに間を置き、視線を逸らす。
「殿下は……聡明にして、ご寡黙なお方です……」
その声音には、どこか言いにくさが混じっているように感じられた。
シルヴィアはわずかに首を傾げる。
「ご寡黙……まあ、物静かなのは良いことですわ。お声は低いの?」
「……はい、低く……落ち着いておられます」
言葉はそこで途切れた。護衛の手が、手綱を握る御者に合図するように動く。
それ以上話す気はない――そう告げていた。
(はっきりとは答えないのね。まるで何かを隠しているようだわ)
モレスの港町に着くと、海路に切り替わった。
凍っていた港が解け始め、新年初出航だという大きな船に乗り込む。
石造りの波止場に並ぶ船の帆が、風をはらんで白く膨らんだ。
甲板に足を踏み入れた瞬間、潮の匂いが鼻を刺し、揺れが足裏に伝わった。
(ヴァロニアの王都は海の向こう……。わたしの婚礼衣装も、運命も、今は波任せというわけね)
船室は質素で、寝台と小さな机がひとつ。
長旅に備えて用意された果実酒と干し肉を見て、シルヴィアは小さく笑った。
「……これで『王妃』としての第一歩というのだから、歴史書の挿絵にしては随分と味気ないわね」
夜、甲板に出ると、星が海面にまで降りてきたかのようだった。
白い息をこぼしながら、空の星を見上げた。
あまりの寒さに頬が冷える。
しかし、使者が「お戻りを」と声をかけても、シルヴィアはすぐには従わなかった。
「いいえ、もう少しだけ。この景色は、ここまで来た者だけのものですもの」
そう言って微笑む姿は、まだ十八歳と思えないほど完璧な貴婦人だった。
まあ、なにせ夜なので、相手にはその完璧さは見えてはいないだろうけど。
シルヴィアの胸の奥では、未知の王都と未知の夫に向けられた、抑えきれない好奇心が静かに広がっていた。
真冬の冷たい風が、馬車の小窓から吹き込む。
車輪は泥のついた石畳をゆっくりと転がり、時折、大きく揺れた。
窓の外では、農夫たちが霜の降りた畑を耕している。
鍬の音、土の匂い――これから行くヴァロニアの宮廷とはまるで別世界だろう。
シルヴィアは長椅子に腰かけ、裾の皺を丁寧に指で伸ばしていた。
「……この揺れで、到着まで無事に衣装を保てる方が不思議ですね」
護衛がわずかに口元を緩めただけで、何も言わない。
その沈黙を逃さず、シルヴィアは視線を向けた。
「そういえば――王太子殿下は、どのようなお方なのでしょうか。ご年齢は?」
「……二十五であらせられます」
(良かった。ものすごく年上や年下ではなくて。でも、そのお年ならいくらでもお相手はいたでしょうに、わざわざ敵国から選ぶなんて、よほどの事情があるのね)
「ご趣味やお好みは?」
護衛はわずかに間を置き、視線を逸らす。
「殿下は……聡明にして、ご寡黙なお方です……」
その声音には、どこか言いにくさが混じっているように感じられた。
シルヴィアはわずかに首を傾げる。
「ご寡黙……まあ、物静かなのは良いことですわ。お声は低いの?」
「……はい、低く……落ち着いておられます」
言葉はそこで途切れた。護衛の手が、手綱を握る御者に合図するように動く。
それ以上話す気はない――そう告げていた。
(はっきりとは答えないのね。まるで何かを隠しているようだわ)
モレスの港町に着くと、海路に切り替わった。
凍っていた港が解け始め、新年初出航だという大きな船に乗り込む。
石造りの波止場に並ぶ船の帆が、風をはらんで白く膨らんだ。
甲板に足を踏み入れた瞬間、潮の匂いが鼻を刺し、揺れが足裏に伝わった。
(ヴァロニアの王都は海の向こう……。わたしの婚礼衣装も、運命も、今は波任せというわけね)
船室は質素で、寝台と小さな机がひとつ。
長旅に備えて用意された果実酒と干し肉を見て、シルヴィアは小さく笑った。
「……これで『王妃』としての第一歩というのだから、歴史書の挿絵にしては随分と味気ないわね」
夜、甲板に出ると、星が海面にまで降りてきたかのようだった。
白い息をこぼしながら、空の星を見上げた。
あまりの寒さに頬が冷える。
しかし、使者が「お戻りを」と声をかけても、シルヴィアはすぐには従わなかった。
「いいえ、もう少しだけ。この景色は、ここまで来た者だけのものですもの」
そう言って微笑む姿は、まだ十八歳と思えないほど完璧な貴婦人だった。
まあ、なにせ夜なので、相手にはその完璧さは見えてはいないだろうけど。
シルヴィアの胸の奥では、未知の王都と未知の夫に向けられた、抑えきれない好奇心が静かに広がっていた。
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