【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第一章 初めての夜よりも、身体は確かに応えていく

戴冠式の夜

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 夜になっても、王宮の一角はまだ宴の余韻に包まれていた。
 遠くから楽の音と人々の笑い声が微かに届く中、ギリアンは静かに王妃の寝室を訪れた。

 扉の前にはラシェルが立っていた。
「陛下……シルヴィア様は、すでにお休みになられてます」
 囁くように告げられ、ギリアンは短く頷く。

「わかっているよ。少しだけ、顔を見たいだけだ」
 低く穏やかな声でそう言うと、ラシェルの横を通り、寝台のそばへ歩み寄った。

 薄明かりの中、シルヴィアは静かに眠っていた。
 胸元までかけられた毛布の端から、白い頬と、規則正しい呼吸が覗く。
 ギリアンはその寝顔の前で足を止め、しばし見つめた。

 昼間、あの冷たい視線と歓声の中に立ってくれた彼女。
 その覚悟と、背負わせてしまった重さが、胸の奥に静かに沁みてくる。
 何の罪もないのに、政略婚の相手として、最も都合良い駒として、ヴィンセントが選んだ女性。

 一歩、近づこうとして、ふとためらう。
 触れれば、この温もりを乱してしまうのではないかという恐れがあった。

 だが次の瞬間、そのためらいは消えた。

「……ありがとう、シルヴィア」
 呟くように言い、ゆっくりと顔を近づける。
 頬にそっと唇を触れさせた。

 その瞬間、眠りの中でシルヴィアの唇が微かに動いた。
 「……ギリアン……」と、ほとんど夢の中のような声で。

 ギリアンの胸に、温かい衝撃が広がる。
 彼は静かに目を細め、毛布の端を整えると、音もなく立ち上がった。

 背後で、ラシェルが視線を落としたまま、静かに立っている。
 目の前で交わされたささやかな一幕を、ラシェルは胸の奥にしまい込んだ。
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