【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第二章 されるがままに身を任せながら

ダンスの練習

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 日が傾き始めた頃、王宮の奥庭に面した練習場に、ラシェルはやってきた。

「……王妃様に頼まれて、様子を見に来ました」

 王宮の侍従と向かい合っている、黒髪の青年ホープが、慣れない様子でダンスのステップを繰り返していた。

 様子を覗きに来ただけだったのに、背の低い相手との練習が必要だと、なぜかラシェルが一緒に踊らされている。

「……あの、右足が、また……」
「すみません、なんか違いますか?」
「違います、し……なんか、変です」

 ホープは、苦笑いを浮かべながら何度も足を引き直していた。
 踊り慣れていないのは明らかだったが、それでも真面目に、懸命に取り組んでいる。

「……笑ってもいいよ?」

 その声に、笑いを堪えていたラシェルは肩を揺らして笑う。
 それを見て、ホープも照れたように顔をほころばせた。

「とりあえず、笑顔は合格ですね……」
「だって、ぼくの村では、舞踏会なんてないからさ。成人のお祝いとかお祭りでは踊るけど、あれは……もっと自由で、好き勝手に動いてるだけなんだ」

「成人のお祝い?」
「うん。毎年春には、成人を祝うお祭りがあるんだ。十六歳以上の未婚の男女が参加出来る。男は女の子に花輪を贈って、一緒に踊るんだ。結婚相手を探す名目なんだけど、もともと、婚約してる子同士だったり、家が近所なだけで決まることも多いよ」

「そういうの素敵ね……。花輪を贈るのは、もともと決まった相手にだけ?」 
「そうでもないよ。昔、花を三人に渡して、村中から怒られたやつもいた」

 思わずラシェルは吹き出した。
 気取らないホープの話し方には、どこかあたたかさがあった。
 飾らないのに、真面目で。それが、ホープらしいと感じられた。

「花輪を、本当に好きな子に渡す男の子はいる?」
「それ、うちの二番目の兄貴だよ。あの時は、相手の女の子もびっくりしてたなぁ」
「それで、お兄さんは、その子と結婚したの??」
「どうなったと思う?」
 ホープは楽しそうにラシェルに微笑む。

 その笑顔が、胸の奥に、少し痛いくらい優しく突き刺さった。
 何でもないやり取りなのに、鼓動が妙に速い。自分も自然と笑顔になり、それがホープに向けられていると気づいた瞬間、どうしようもなく恥ずかしくなる。

「じゃあ……ホープ卿は?」
「ぼく? ぼくは……」

 ホープはふと視線を落とした。

「……ぼくはもう、そのお祭りに参加しないって決めてる。今年の春も王都に居た。王に仕えると誓ったから。村にも、家にも戻るつもりはないんだ」

「……私も同じ」
 ラシェルは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「王妃様の侍女として、ずっとお傍にいるつもりです。……だから、たとえ誰かを好きになっても、結婚はしないって、決めてるの」

 ホープが驚いたようにラシェルを見た。
 けれど、ラシェルは笑った。
 その目が、まっすぐ自分を見つめているのが、嬉しかった。

「不思議。あなたみたいに、話してくれる人、今まで居なかったから……」
「美人に話しかけるのは、平民でも勇気が要るよ」

 ラシェルの頬が、ふっと赤く染まる。

「……じゃあ、あなたにとっては、私は話しかけやすい顔ってこと?」
「いや、君はとても綺麗だよ。多分、ヴィンセントの顔を見慣れてるせいで、ぼくの感覚が麻痺してるだけかも」
 
 そう言って、ホープが手を差し出した。
 ラシェルは、また顔が熱くなるのを感じながら、その手を取った。

 ――手のひらが熱い。違う、これはきっと自分の心のせい。

「もう一度、お相手をお願い出来ますか?」
「ええ。少しだけ、なら」

 緩やかな旋律を思い出しながら、二人はもう一度、ステップを踏み始めた。

 ラシェルは、このひと時が終わらなければいいのに、と思った。
 そして同時に、この気持ちが、シルヴィアが言っていた、恋なのかもしれない、と気がついた。
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