36 / 111
第二章 されるがままに身を任せながら
理性の輪郭*
しおりを挟む
帳が下りた王宮の奥、王妃の寝室には、燭台の灯りが静かに揺れていた。
もう花嫁衣裳ではない、夜の装い。
けれどその薄衣の重みも、金糸の刺繍も、いまのシルヴィアにはまるで別人のもののように感じられた。
この部屋に王が来るのは、政務の終わる頃。
扉の軋みが、きっとすぐに聞こえる。
心を整えようとするほどに、先日のラシェルの笑顔が浮かんでしまう。
『彼といると、胸が苦しくて』
(……わたしは、あんな顔をしたことがあるかしら)
やがて、扉が開く音。
静かな足音、威厳を秘めた気配。
シルヴィアはそのまま、ベッドサイドに膝を揃えて待った。
「シルヴィア」
ギリアンの声。低く、冷たく、けれど心地よい振動。
その手が肩に触れたとき、ぞくりと背筋が反応した。
(王としての義務……これは、王妃としての務め。心は要らない)
そう言い聞かせながら、シルヴィアは静かに顔を上げた。
唇が触れ合う。
初夜にはなかった口づけも、今は交わすようになった。
優しくはないが、乱暴でもない。
ただ、王の持つ『目的』と『規律』が、すべてを支配している。
そのまま、衣が肩から落とされてゆく。
温かい指先が、なぞるように鎖骨を撫でた。
ギリアンの手が胸に触れた瞬間、シルヴィアの喉から、かすかな息がもれた。
自分でも驚くほどに、それは甘く、欲望というよりも、戸惑いを帯びた反応だった。
ギリアンが動きを止める。
「……嫌だったか?」
その問いが優しさか、それとも義務感なのかは、わからなかった。
シルヴィアは首を振る。
「……いいえ。ただ……慣れてないので……」
言葉にしてしまった瞬間、頬が火照った。
ギリアンの蒼い目が、何かを探るようにシルヴィアを見た。
「……そうか」
そのまま、王は王妃の腰を抱き、寝台に導く。
シルヴィアは目を閉じた。
されるがままに身を任せながらも、指の触れ方、体重のかけ方――
すべてをいつもより鮮明に感じてしまっている自分に気づいていた。
ギリアンが自らの衣を脱ぎ、肌を重ねてくる。
唇が首筋を這い、太腿に手が這う。
ふと、囁かれる。
「……君が、こんなふうに息を漏らすのは、珍しいな」
その言葉が、なぜか、胸に響いた。
(わたし……何を、期待しているの)
この人に愛されたい?
この人を愛してもいいの?
そんなこと、許されるのかしら。
シルヴィアの身体が、小さく跳ねた。
ギリアンがゆっくりと、シルヴィアの中へと入ってくる。
痛みはもうなかった。
けれど、まだ快楽でもない。
ただ、どこか遠くにある熱が、身体をじわりと包み込んでいく。
「……あ……っ」
声が漏れた瞬間、ギリアンの動きがぴたりと止まった。
視線が交わる。
蒼い瞳が、わずかに揺れていた。
「……続けて……」
問われるより前に、震える声でそう言ったのは、自分自身だった。
ギリアンは再び動き出す。
浅く、深く、ゆっくりと。
やがて、理性の輪郭がほどけていくように、シルヴィアは、ギリアンを受け入れた。
(恋じゃなくても、いい。今だけは、私の心もここにいていいって思いたい……)
やがて、ゆるやかな絶頂が彼女の中を通り過ぎていった。
眠ることもできず、ただ肩で息をしながら、シルヴィアは自分の心の輪郭を、また見失っていた。
もう花嫁衣裳ではない、夜の装い。
けれどその薄衣の重みも、金糸の刺繍も、いまのシルヴィアにはまるで別人のもののように感じられた。
この部屋に王が来るのは、政務の終わる頃。
扉の軋みが、きっとすぐに聞こえる。
心を整えようとするほどに、先日のラシェルの笑顔が浮かんでしまう。
『彼といると、胸が苦しくて』
(……わたしは、あんな顔をしたことがあるかしら)
やがて、扉が開く音。
静かな足音、威厳を秘めた気配。
シルヴィアはそのまま、ベッドサイドに膝を揃えて待った。
「シルヴィア」
ギリアンの声。低く、冷たく、けれど心地よい振動。
その手が肩に触れたとき、ぞくりと背筋が反応した。
(王としての義務……これは、王妃としての務め。心は要らない)
そう言い聞かせながら、シルヴィアは静かに顔を上げた。
唇が触れ合う。
初夜にはなかった口づけも、今は交わすようになった。
優しくはないが、乱暴でもない。
ただ、王の持つ『目的』と『規律』が、すべてを支配している。
そのまま、衣が肩から落とされてゆく。
温かい指先が、なぞるように鎖骨を撫でた。
ギリアンの手が胸に触れた瞬間、シルヴィアの喉から、かすかな息がもれた。
自分でも驚くほどに、それは甘く、欲望というよりも、戸惑いを帯びた反応だった。
ギリアンが動きを止める。
「……嫌だったか?」
その問いが優しさか、それとも義務感なのかは、わからなかった。
シルヴィアは首を振る。
「……いいえ。ただ……慣れてないので……」
言葉にしてしまった瞬間、頬が火照った。
ギリアンの蒼い目が、何かを探るようにシルヴィアを見た。
「……そうか」
そのまま、王は王妃の腰を抱き、寝台に導く。
シルヴィアは目を閉じた。
されるがままに身を任せながらも、指の触れ方、体重のかけ方――
すべてをいつもより鮮明に感じてしまっている自分に気づいていた。
ギリアンが自らの衣を脱ぎ、肌を重ねてくる。
唇が首筋を這い、太腿に手が這う。
ふと、囁かれる。
「……君が、こんなふうに息を漏らすのは、珍しいな」
その言葉が、なぜか、胸に響いた。
(わたし……何を、期待しているの)
この人に愛されたい?
この人を愛してもいいの?
そんなこと、許されるのかしら。
シルヴィアの身体が、小さく跳ねた。
ギリアンがゆっくりと、シルヴィアの中へと入ってくる。
痛みはもうなかった。
けれど、まだ快楽でもない。
ただ、どこか遠くにある熱が、身体をじわりと包み込んでいく。
「……あ……っ」
声が漏れた瞬間、ギリアンの動きがぴたりと止まった。
視線が交わる。
蒼い瞳が、わずかに揺れていた。
「……続けて……」
問われるより前に、震える声でそう言ったのは、自分自身だった。
ギリアンは再び動き出す。
浅く、深く、ゆっくりと。
やがて、理性の輪郭がほどけていくように、シルヴィアは、ギリアンを受け入れた。
(恋じゃなくても、いい。今だけは、私の心もここにいていいって思いたい……)
やがて、ゆるやかな絶頂が彼女の中を通り過ぎていった。
眠ることもできず、ただ肩で息をしながら、シルヴィアは自分の心の輪郭を、また見失っていた。
0
あなたにおすすめの小説
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる