【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

文字の大きさ
42 / 182
第三章 わたしの身体で証明してみせます

恋人とは違いますか?*

しおりを挟む
 夜の帳が降りる頃、王妃の寝室には燭台の灯りがともり、淡い光が壁の織物に揺れていた。
 シルヴィアは鏡台の前で髪を梳きながら、ゆっくりと深呼吸をする。

 今日、ホープが帰還した。
 しかし、そこに亡国の第二皇子の姿はなく、ホープの双子の姉ジェード・ダークだけを連れて。

 シルヴィアは、昼間に、二人が謁見の間に入っていく姿を見かけた。
 その時に見たホープの姉は、何かを深く秘めたような漆黒の瞳だったのを思い出していた。



 やがて、扉を控えめに叩く音がして、ギリアンが寝室に入ってくる。
 衣を脱ぐこともなく、ギリアンは椅子に腰を下ろした。

「……陛下、少しだけお話をしても?」
「……もちろん」

 そう言ったギリアンに向かい合いながら、シルヴィアは言葉を選びつつ口を開いた。

「今日、ホープ卿が謁見に向かうのを見かけました」
「……少し問題がありましたが、心配には及ばない」
「何があったか、お聞きしても?」

 ギリアンは、少しの沈黙の後、口を開いた。
「例の第二皇子が、行方をくらませました」
 一瞬の静寂。
 シルヴィアは思わず両手で口元を押さえた。

「……護送任務は無事に終えたとばかり……」
「シーランド側……いや、僕の姉、リナリーの仕業だろう」

 淡々と告げながらも、ギリアンの声にはかすかに苛立ちが滲んでいた。
 リナリーのことは、政治に疎いシルヴィアでも知っている。祖国シーランドの『元』王妃だ。

「では、第二皇子を取り戻すのですか?」

 ギリアンはシルヴィアを見つめる。
「僕は、見捨てるべきだと思ったが……ジェード・ダークは、ラシーディアの情報と引き換えに、皇子の奪還を嘆願してきました」

「そのジェード・ダークさんと、第二皇子のことですけど……もしかしたら、お二人は、恋人同士なのではと……わたしは、そう思います」

 ギリアンの目が一瞬だけ細められたが、何も否定も肯定もせず、黙ってシルヴィアの言葉を待っていた。

「わたし……そんな風に、誰かを想ったことがありません。……誰にも、まだ」

 自嘲を含んだ笑みを浮かべながらも、シルヴィアの指先は膝の上で固く握られていた。

「……わたしたちは、恋人同士とは違いますか?」

 静かに置かれたその問いは、まるで一枚の羽のように落ちた。
 ギリアンは黙ったまま動かず、その目の奥に、小さな迷いの光が宿る。

「……すまない。その問いには、答えを持ち合わせていない」

 声は低く、普段通りの調子でありながら、その奥に揺れがあった。

 次の瞬間、ギリアンの手が彼女の頬に触れる。
 その手の熱さに、シルヴィアは不意に息を呑んだ。

 唇が重なり、体温が重なる。
 ただ触れるだけだった口づけが、少しずつ深くなっていく。
 それは義務ではなく、確認でもない。
 まるで名前のない想いを探すような、手探りのやさしさだった。

 背に回した腕に、シルヴィア自身の想いがこぼれる。
 その小さな一歩が、ギリアンの沈黙を溶かしていく。

 熱が、混じり合っていく。


(……いつもと、違う……)

 シルヴィアの予感は的中した。
 ギリアンの動きは慎重で、けれどどこか焦りがあった。
 肩を抱かれ、寝台に導かれながら、シルヴィアは戸惑いにも似た熱を感じていた。

 儀式のようだった夜とは、違っていた。

 ギリアンの指が肌に触れるたび、熱がじわりと広がっていく。
 髪を撫で、首筋に口づけが落とされ、腰を抱かれる――
 その一つひとつに、ギリアンの思いが滲んでいた。

 シルヴィアは、そっと自分から腕を伸ばし、ギリアンの背を抱いた。

 その小さな仕草に、ギリアンの動きが止まる。

 目が合う。
 そして、再び重なった。

 重ねられるキスは深く、肌の熱は混じり合い、シルヴィアの吐息が喉奥からこぼれた。
 ギリアンの熱が、体の中へと流れ込む。
 手が、脚が、ゆっくりと絡まり、ためらいが少しずつ愛しさに変わってゆく。

 まるで、何かを確かめるように。

「……君のぬくもりだけは、信じられる……」

 その囁きに、シルヴィアは思わず涙がにじみそうになった。
 ギリアンの声が、触れるよりもあたたかくて、なのに何故か苦しい。
 けれど、幸福だった。

 たった一夜で、すべてが変わるとは思っていない。
 でも、少しだけ。
 ほんの少しだけ、恋人のようになれた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...