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第四章 わたし、子を、授かりました
音もなく消えていく ※センシティブ(流産)
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その朝も、王宮の庭園は穏やかだった。
朝日が薔薇の垣根を照らし、鳥たちのさえずりが回廊にも届く。
シルヴィアは、椅子に座りながらそっと腹に手を添えた。
侍女が選んでくれた薄桃色の上衣には、小さく花刺繍があしらわれている。
ここ二週間、つわりが重く水さえ飲めなかったが、今朝から落ち着きが感じられた。ようやく白湯もすんなり喉を通った。
「……吐き気が今朝から急になくなったの。昨日は気持ち悪かったのに、ミュゲの香りももう平気」
静かに笑んだシルヴィアの声に、ラシェルが微笑んで頷いた。
「王妃様の頬色も、とても良いですよ」
ジェードは茶器の入った籠をホープから受け取り、穏やかに言う。
「もうすぐ安定期だと思うので、体調が良い日は、また散歩しましょう。妊婦も歩いた方がお産が軽くなるんですよ」
「そうね。この子も……きっと、無事に育ってくれていると思うわ」
シルヴィアは、春の日差しに包まれた腹部をそっと撫でた。
だが、その直後。
――ぐっ、と、鈍く重たい痛みが、腹の奥を貫いた。
「……!?!?……」
シルヴィアの瞳が一瞬、大きく見開かれる。
次に訪れたのは、背筋を走るひやりとした感覚。
こめかみから、突然、冷や汗が流れる。
直後に、温かい何かが腿をつたい、じわりと広がっていく。
最初に異変に気づいたのはジェードだった。
「……! 王妃様?!」
振り返ったラシェルも、シルヴィアの顔色とスカートの異常に目を見張る。
その布地には、はっきりとした赤色が滲み出していた。
春の陽を受けて、血はどこか不自然なほど鮮やかだった。
「侍女を! 早く――!」
「ホー! 医師を呼んで! 急いで!」
ホープは、言われるよりも先に駆け出していた。
その瞬間、庭園に吹き込んだ風が、ざわざわと木の葉を揺らした。
シルヴィアは足が震え、視界が霞んでいく。
誰かが彼女の手を取り、声をかけていたが、すでに耳は遠く……身体が、ゆっくりと沈んでいった。
身体の中に確かにあった小さな命が、音もなく消えていく。
何も語らず、何も訴えず、ただ静かに――。
* * * * *
その日の夕刻、王宮の一室は深い静けさに包まれていた。
薄く開いた窓から春の風が入り、カーテンがゆるやかに揺れている。
ベッドの上、シルヴィアは目を閉じていた。顔色はやや蒼白だが、眠っているようにも見えた。
傍らの椅子にはジェードが座り、ラシェルが静かに祈るように膝をついていた。
『……何が、いけなかったのかしら……』
シルヴィアの声は、言葉にはならない。
『黒髪の呪い?』
ヴァロニアの民はそう言うかもしれない。でも違うわ。シーランドでは、お産は魔女の得意分野よ。
『わたしが、体調管理を怠った?』
いいえ、転倒もなく、冷えもなく、食事もなんとか頑張ってとっていた。
「……誰のせいでもない……心拍が、自然に止まっていたと」
医師の言うとおり、誰のせいでもなかった。
無理をしたわけでも、気を抜いたわけでもなかった。
ただ、宿った命が、ほんの少しだけ早く、旅立ってしまった。ただ、それだけのこと。
それだけ? それだけのこと?
シルヴィアの胸の内に湧きあがるのは、喪失だった。
お腹の中に確かにいた命の気配が、今はもう感じられないのだ。
空っぽになった身体が、重く、冷たく沈んでいた。
『大丈夫なこともあるし、大丈夫じゃないこともある。命がけだし、そういうものだと』
確か、ジェードが、そんな風に言っていた。それは、魔女の囁く言葉に似ていた。
しかし、何の疑いもせず、自分は間違いなく『大丈夫』なのだと、特別なものなのだと、『大丈夫じゃない』のは別の誰かの話なのだと、そう思い込んでいた。
シルヴィアは、目を閉じたまま、ただ静かに息を吐いた。
朝日が薔薇の垣根を照らし、鳥たちのさえずりが回廊にも届く。
シルヴィアは、椅子に座りながらそっと腹に手を添えた。
侍女が選んでくれた薄桃色の上衣には、小さく花刺繍があしらわれている。
ここ二週間、つわりが重く水さえ飲めなかったが、今朝から落ち着きが感じられた。ようやく白湯もすんなり喉を通った。
「……吐き気が今朝から急になくなったの。昨日は気持ち悪かったのに、ミュゲの香りももう平気」
静かに笑んだシルヴィアの声に、ラシェルが微笑んで頷いた。
「王妃様の頬色も、とても良いですよ」
ジェードは茶器の入った籠をホープから受け取り、穏やかに言う。
「もうすぐ安定期だと思うので、体調が良い日は、また散歩しましょう。妊婦も歩いた方がお産が軽くなるんですよ」
「そうね。この子も……きっと、無事に育ってくれていると思うわ」
シルヴィアは、春の日差しに包まれた腹部をそっと撫でた。
だが、その直後。
――ぐっ、と、鈍く重たい痛みが、腹の奥を貫いた。
「……!?!?……」
シルヴィアの瞳が一瞬、大きく見開かれる。
次に訪れたのは、背筋を走るひやりとした感覚。
こめかみから、突然、冷や汗が流れる。
直後に、温かい何かが腿をつたい、じわりと広がっていく。
最初に異変に気づいたのはジェードだった。
「……! 王妃様?!」
振り返ったラシェルも、シルヴィアの顔色とスカートの異常に目を見張る。
その布地には、はっきりとした赤色が滲み出していた。
春の陽を受けて、血はどこか不自然なほど鮮やかだった。
「侍女を! 早く――!」
「ホー! 医師を呼んで! 急いで!」
ホープは、言われるよりも先に駆け出していた。
その瞬間、庭園に吹き込んだ風が、ざわざわと木の葉を揺らした。
シルヴィアは足が震え、視界が霞んでいく。
誰かが彼女の手を取り、声をかけていたが、すでに耳は遠く……身体が、ゆっくりと沈んでいった。
身体の中に確かにあった小さな命が、音もなく消えていく。
何も語らず、何も訴えず、ただ静かに――。
* * * * *
その日の夕刻、王宮の一室は深い静けさに包まれていた。
薄く開いた窓から春の風が入り、カーテンがゆるやかに揺れている。
ベッドの上、シルヴィアは目を閉じていた。顔色はやや蒼白だが、眠っているようにも見えた。
傍らの椅子にはジェードが座り、ラシェルが静かに祈るように膝をついていた。
『……何が、いけなかったのかしら……』
シルヴィアの声は、言葉にはならない。
『黒髪の呪い?』
ヴァロニアの民はそう言うかもしれない。でも違うわ。シーランドでは、お産は魔女の得意分野よ。
『わたしが、体調管理を怠った?』
いいえ、転倒もなく、冷えもなく、食事もなんとか頑張ってとっていた。
「……誰のせいでもない……心拍が、自然に止まっていたと」
医師の言うとおり、誰のせいでもなかった。
無理をしたわけでも、気を抜いたわけでもなかった。
ただ、宿った命が、ほんの少しだけ早く、旅立ってしまった。ただ、それだけのこと。
それだけ? それだけのこと?
シルヴィアの胸の内に湧きあがるのは、喪失だった。
お腹の中に確かにいた命の気配が、今はもう感じられないのだ。
空っぽになった身体が、重く、冷たく沈んでいた。
『大丈夫なこともあるし、大丈夫じゃないこともある。命がけだし、そういうものだと』
確か、ジェードが、そんな風に言っていた。それは、魔女の囁く言葉に似ていた。
しかし、何の疑いもせず、自分は間違いなく『大丈夫』なのだと、特別なものなのだと、『大丈夫じゃない』のは別の誰かの話なのだと、そう思い込んでいた。
シルヴィアは、目を閉じたまま、ただ静かに息を吐いた。
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