【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第四章 わたし、子を、授かりました

この先に続く未来のために

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 ギリアンの元に、その報せは、昼に届いた。
 護衛としてついていたホープからの急使が、王の執務室に息を切らして駆け込んできたのだ。

「……王妃様が……ご懐妊されていた子を……お失いになりました」

 陽の差す書斎に、その言葉だけが、ぽつりと落ちた。

 ギリアンは黙ったまま、その場で動かなかった。
 そして、数秒遅れて、ゆっくりと顔を上げる。
 まるで言葉の意味を、ひとつずつ確かめるように――。

「……失った……? ……子を?」

 ギリアンは立ち上がりかけたが、すぐにその手を机の上に落とし、深く椅子へと沈んだ。
 心の奥で、何かが崩れていくのを感じながらも、それを顔には出さなかった。

 沈黙ののち、淡々と命じる。

「医師団に王命を。王妃はしばらく静養する。……公には体調不良としておけ。それと、ジェードとホープの責任ではない。余計な噂が出ないよう、警備と侍女の口も封じるように」

 その声は、冷静に、ただ冷たく、静かだった。
 だが、執務室の扉が閉まったとたん、椅子の肘掛けを握る指先が、わずかに震えていた。

 



 ギリアンは、午後からは、誰にも会わなかった。
 部屋に戻っても、ベッドには寄らず、灯をつけたまま夜の帳を見つめていた。
 開け放たれた窓の向こうでは、五月の夜風が花の香を運んでくる。
 それはまるで、王妃が過ごしていた庭の残り香のようで、ギリアンの胸を締めつけた。

 

 ――シルヴィアは、『王』に詫びるだろう。

 その思考が、己の胸を刺した。

 『王妃』として。
 王の子を失ったことを、王家の損失として悔やむのか。
 だとすれば、それは、なんと、哀れなことだろう。

 

 違う。
 自分は、そうではなかったはずだ。
 政略ではあったが、シルヴィアに、ただ子を産む機械であってほしかったわけではない。
 選ばれた王妃としてだけでなく、ひとりの女性として、共にこの国を支え合う存在に……そう、願っていたはずだ。

 

 ホープからの報告で聞いていた、シルヴィアの様子を思い出す。
 白湯が飲めるようになった、と微笑んでいたと。
 小さな命を、慈しんで、掌で包むように抱きしめていたと。

 それらが、もう戻らない。

 

「……僕は……父になりそこねたのか」

 誰に向けるでもなく、ギリアンはつぶやいた。

 父。
 ギリアンにとってそれは、支配と恐怖の象徴だった。

 自分は、決してあの男のようにはなりたくないと、そう願い続けてきた。
 だが結局、向き合うことすら恐れて、シルヴィアからも、命からも逃げてしまった。

 

 だからこそ、もう逃げたくはなかった。

 黒髪を恥じていた自分に、正義を説いた少女が、その少女がいま、誰にも何も責めず、すべてを静かに受け止めている。

 ――彼女を、シルヴィアを孤独にしてはいけない。

 

 ギリアンは立ち上がった。

 今、自分ができること。
 それは過去を悔いることでも、罪を重ねることでもない。

 この先に続く未来のために、シルヴィアに寄り添う覚悟をようやく決めた。
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