氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第四章 わたし、子を、授かりました

代理戦争の裏側で

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 群衆は波のようだった。
 ざわめきと熱気、恐怖と興奮が入り混じるなか、ホープとラシェルは互いに肩を支え合いながら、じわじわと前方へ進んだ。

「通してくれ! 王妃の命で来た!」

 ホープが叫ぶたびに、人々がわずかに道を開ける。

 やがて、その視界の向こうに、火刑台が見えた。
 黒髪の少女が、柱に括られて立っている。
 風に揺れる髪。震えも怒りも見せぬ、静かな顔。

「ジェード……!」

 ホープの声が漏れると同時に、ラシェルが気づいたように囁いた。

「今です、ホープ様。ここなら、声が届きます」

 ホープは頷き、深く息を吸い込むと、振り絞るように叫んだ。

「この火刑――待ってください!!」

 その声は、確かに届いた。
 人々が一斉に振り返る。神官たちが顔をしかめる。
 その緊迫に、ラシェルはそっとホープの腕に触れた。

「大丈夫。あなたの言葉は、届きます」

 ラシェルの一言に、ホープの目がすっと澄んだ。

「ぼくは、王都直属の聖徒、ホープ・ダークだ! この処刑には、不備がある! 正当な審問記録の提出が行われていない!」

 兵たちの動きが止まる。
 焚き木に手を伸ばしていた神官が、わずかに戸惑う。

 ラシェルはすかさず、封筒を掲げた。

「ここに、王妃様から宰相府に発せられた、照会命令がある!」

 封蝋の印章が太陽に照らされ、確かに王妃のものと分かる。
 群衆のざわめきがざっと広がる。

「この火刑は、儀式であって、法ではない! 王命に基づかぬ処刑は、信仰を名目にした越権であり、王国法に対する反逆と見倣される!」

 ホープは、痛む左肩を押さえつつ、それでも一歩も引かずに続けた。

「このまま火を放てば、王の許可なき処刑として、異端審問の越権が知られることになる! お前たちは、その責任を取れるのか!?」

「責任、だと……」
 その言葉に、焚き木へ火を近づけようとしていた神官が手を止めた。

 緊張の糸がぴんと張りつめるなか――
 ラシェルはホープの背に視線を送りながら、そっと胸の前で手を組んだ。

(お願い……止めて……)

 その小さな祈りは、言葉にはならなかったが、ホープの背に確かに届いていた。

 火刑台の上、ジェードがこちらを見た。
 そして、その眼差しが、少しだけ揺れた気がした。

(もう少し……もう少し、時間を稼げば……)

 ホープはそう確信し、また一歩、火刑台に近づいていった。
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