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第五章 夜の海を揺蕩う舟のように
少女の面影
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謁見の式が終わってしばらく後、王宮の長い回廊に、ふたつの影が並んでいた。
冬の午後。
窓の外に広がる空は、まだ青さを失っていない。
「少しだけ……よろしいですか、ルビ」
その声に、シルヴィアは足を止めた。
翠の瞳が、呼びかけた青年――レオナールを見上げる。
「……その呼び方、懐かしいわね、レオ。でも、少しだけよ」
「君が王妃殿下なんて呼ばれる日が来るなんて、あの頃は想像もしていなかったよ」
レオナールの声には、柔らかな響きがあった。
どこか胸の奥を撫でるような、遠い日のぬくもりのような。
「わたしも、そう。……それに、あなたがこうしてシーランドから来てくれるなんて、思ってもいなかったわ」
「……嬉しくなかった?」
「そういう意味じゃないの」
ふっと笑うシルヴィアの表情には、まだ少女の面影が残っていた。
二人のあいだに、短い沈黙が流れる。
遠くから、楽器の音が聞こえてきた。誰かが舞踏の練習でもしているのだろう。
「……実はね、グラディスの館から、君のご実家に届け物があるんだ。去年の手紙の、返事だよ。覚えてるかな?」
「……ええ。あの時に頼んだ、薬草のことでしょう?」
「そう。あれは母からの手紙に添えて、君に託された。……実を言えば、それを届けるのが俺の本当の用事でもある」
「……そうだと思ってた」
シルヴィアは頷いたが、その瞳に、かすかな揺れが宿る。
レオナールは、それに気付いていた。
「……それから、もう一つ。これは俺の勝手な申し出じゃない。母が言っていたんだ。君の体調のことが心配だって」
「……」
「だから、もし……万が一に備えて、妹を紹介するように言われてる。君のためにも、ヴァロニア王家、そして炎派のためにも。もちろん、強いるつもりはないよ」
その言葉に、シルヴィアはすぐには返事をしなかった。
けれど、ドレスの裾をそっと握る指先に、レオは気づいていた。
「ありがとう。……それでも、わたしは……」
言いかけて、少しだけ言葉を止める。
そして、やわらかく微笑んだ。
「気持ちは受け取っておくわ。でも、あなたがわたしのために来てくれたことが、嬉しかった」
その一言に、レオナールの表情も緩んだ。
「……ルビは変わらないな。優しすぎる」
「でも、もう昔のわたしとは違う。今は、ヴァロニアの王妃なのよ」
「……そうだね。それでも、やっぱり、ルビはルビだよ」
まるで夢をなぞるような、懐かしい響きだった。
けれど、それ以上は何も起きないことが、いまの関係を物語っていた。
レオナールは一礼し、静かに言った。
「薬草は、明日、文書官を通して届けておくよ」
「ありがとう、レオ」
金の髪が、夕光に照らされて淡く輝いた。
そしてレオナールは、何も言わず、回廊の奥へと歩き去っていく。
シルヴィアはその場に立ち尽くし、遠ざかる背中を、そっと見送った。
冬の午後。
窓の外に広がる空は、まだ青さを失っていない。
「少しだけ……よろしいですか、ルビ」
その声に、シルヴィアは足を止めた。
翠の瞳が、呼びかけた青年――レオナールを見上げる。
「……その呼び方、懐かしいわね、レオ。でも、少しだけよ」
「君が王妃殿下なんて呼ばれる日が来るなんて、あの頃は想像もしていなかったよ」
レオナールの声には、柔らかな響きがあった。
どこか胸の奥を撫でるような、遠い日のぬくもりのような。
「わたしも、そう。……それに、あなたがこうしてシーランドから来てくれるなんて、思ってもいなかったわ」
「……嬉しくなかった?」
「そういう意味じゃないの」
ふっと笑うシルヴィアの表情には、まだ少女の面影が残っていた。
二人のあいだに、短い沈黙が流れる。
遠くから、楽器の音が聞こえてきた。誰かが舞踏の練習でもしているのだろう。
「……実はね、グラディスの館から、君のご実家に届け物があるんだ。去年の手紙の、返事だよ。覚えてるかな?」
「……ええ。あの時に頼んだ、薬草のことでしょう?」
「そう。あれは母からの手紙に添えて、君に託された。……実を言えば、それを届けるのが俺の本当の用事でもある」
「……そうだと思ってた」
シルヴィアは頷いたが、その瞳に、かすかな揺れが宿る。
レオナールは、それに気付いていた。
「……それから、もう一つ。これは俺の勝手な申し出じゃない。母が言っていたんだ。君の体調のことが心配だって」
「……」
「だから、もし……万が一に備えて、妹を紹介するように言われてる。君のためにも、ヴァロニア王家、そして炎派のためにも。もちろん、強いるつもりはないよ」
その言葉に、シルヴィアはすぐには返事をしなかった。
けれど、ドレスの裾をそっと握る指先に、レオは気づいていた。
「ありがとう。……それでも、わたしは……」
言いかけて、少しだけ言葉を止める。
そして、やわらかく微笑んだ。
「気持ちは受け取っておくわ。でも、あなたがわたしのために来てくれたことが、嬉しかった」
その一言に、レオナールの表情も緩んだ。
「……ルビは変わらないな。優しすぎる」
「でも、もう昔のわたしとは違う。今は、ヴァロニアの王妃なのよ」
「……そうだね。それでも、やっぱり、ルビはルビだよ」
まるで夢をなぞるような、懐かしい響きだった。
けれど、それ以上は何も起きないことが、いまの関係を物語っていた。
レオナールは一礼し、静かに言った。
「薬草は、明日、文書官を通して届けておくよ」
「ありがとう、レオ」
金の髪が、夕光に照らされて淡く輝いた。
そしてレオナールは、何も言わず、回廊の奥へと歩き去っていく。
シルヴィアはその場に立ち尽くし、遠ざかる背中を、そっと見送った。
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