【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第五章 夜の海を揺蕩う舟のように

肝に命じます

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 三日後に、ようやくリアナの謁見の申請が通った。

 玉座の間には、深紅の絨毯と金の装飾が整えられていた。
 だが、この日は儀式としての威圧感よりも、控えめな整えが目立つ。
 謁見者は王一人、ギリアン・フォン・ヴァロア。

 王の背後には、ヴィンセントが立っていた。
 その表情はいつものように無表情だったが、数日前の応接室の一件を経て、ギリアンに『リアナの手並み』を報告済みであることは明らかだった。

 扉が開く。

「シーランド王国、グラディス家より、リアナ・フォン・グラディス、謁見に参上いたしました」

 名乗りの声と共に、ひとりの少女が現れた。

 ドレスは品位ある白。髪には控えめな飾り。
 歩みはまっすぐで、緊張を包み込んだような沈着さがあった。

「進め」
 ギリアンの低い声が響く。

 リアナは絨毯の端でひざまずき、ゆっくりと頭を下げた。

「ヴァロニア王陛下に謁見を賜り、深く感謝いたします。わたくし、王妃殿下の従妹としてこの地に参りましたが、本日は我が家門とシーランド王国の代表として、礼を尽くしたく存じます」

 ギリアンは黙って、その姿を見下ろしていた。
 その視線は、ただ美しさや礼儀作法を測るものではなかった。
 王族としての矜持、覚悟、そして『目的』を見抜こうとする、試すような視線。

 しばしの沈黙ののち、ギリアンが口を開く。

「貴女の兄・レオナール殿は誠実な使節であり、薬草と贈り物も王妃を思いやる真心の表れだった。だが、貴女は?」

 リアナは静かに顔を上げた。
 その瞳に宿るのは、少しの怯えではなく、意志。

「わたくしは、王妃殿下に仕えるべく学んできた者でございます。その使命に従い、この地の空気を、陛下の王政を、そして王妃殿下の在り方を、自身の目で知りたいと考えております」

「……仕える?」

 ギリアンの声に、わずかな興味が混じる。
 リアナは頷いた。

「はい。陛下のもと、王妃殿下が信頼を得ておられることを、我が国も、兄も理解しております。しかし――もし万が一、王妃殿下に何かあれば、その座は――」

 言いかけたところで、ギリアンの瞳が鋭く光った。
 リアナの言葉が止まる。

「……貴女に、王妃の座を望む気持ちはあるか?」

 部屋の空気がわずかに揺らぐ。
 リアナは、ほんの少しだけ目を伏せてから、静かに答えた。

「正直に申し上げれば、ないとは、言い切れません。けれど、わたくしがここにあるのは、自ら望んでではなく、務めとしてでございます」

 その一言に、ギリアンは一拍の沈黙ののち、目を細める。

「……なるほど。兄君と同じく、貴女も分かっている者か」

 リアナは、深く頭を下げた。

「身の程をわきまえることは、王家に仕える者の責務と学んでおります」

 ギリアンは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩を進める。
 王の影がリアナの前に落ちる。

「……よかろう。貴女はしばらく、王妃殿下の身辺で学ぶがいい。但し、その目で見たもの、心で感じたこと。すべてを正直に、隠さず王妃に伝えることだ」

 リアナははっとして顔を上げた。

「……陛下ではなく、王妃殿下に?」

 ギリアンの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

「彼女は、貴女のような者を、甘やかさないだろう。……だが、嫌うこともない。誤魔化す必要はない。全ては、彼女の器に任せればいい」

 リアナの心に、奇妙な波が立った。
 これは試しではない。
 王自身が、王妃を誇っている言葉だった。

「……はい。肝に銘じます」

 その声は、少しだけ震えていた。
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